3話
むすりと朝から不機嫌丸出しの千雅が、ぺんぺんと茶碗に米をよそっていた。
「千雅、何やってんの? そんなにしゃもじで叩いても、何も出てこないわよ?」
母に横から覗かれ、やっと気づく。
「………つぎすぎた…」
「だよなぁ、間抜け~。ま、育ち盛りなんだし、食えばどうだ?」
べしぃ。
母ではない方の横槍を、無言のままに払い落とす。払い落とすと言うより、弾き飛ばした、と言ったほうが言いかもしれない。絶対に。
間抜けと言った方が、更に間抜けに床に落ちる。落ちた猫(化け猫)、佐吉は、上目遣いに千雅を睨めつけた。
「………鬼ぃ…」
「なんか言いましたかね、佐吉君?」
「何でもないでござる、千雅殿…」
口調がおかしくなっている一名と一匹だが、最早これは日常風景のようだ。千雅の母親は、動じる気配を全く見せない。むしろ爽やかに笑んでいるほどだった。
「でも千雅、そろそろ支度しないと学校遅れるわよ?」
千雅と佐吉が、同時に壁時計を振り仰ぐ。
午前七時二十四分。学校へ行くのに、十分はかかる。
「……母さん………そう言う大事なことは、もう少し早く言おうか?」
「何言ってんの。起こしても起きなかったのはあんたでしょ」
だって、五時にこの猫が起こしたんだし、ともごもご口の中で呟く。まあ、二度寝したのは自分の責任だ。
急いでニ階の自分の部屋に駆け上がる。背後から母の声が聞こえるが、佐吉が言い置いてきたようだ。しばらくしてそれも聞こえなくなった。
ハンガーに掛かった制服を着付け、腰元まである髪を軽く束ねる。
ばたばたと忙しなく手を動かしているうちに、佐吉がやっと2階に上がってきた。
「千雅ー。ぎゅうぬう持ってきたー」
「牛乳な。ありがと」
コップに入った牛乳をぐぐっと飲みきり、机の上に空のコップを置く。
鏡の前に立ち、身だしなみの確認を、頭の上から爪先まで抜け目なく確認する。
「おい、寝癖」
背後から、凛とした低い声が聞こえた。
くしゃりと髪を撫でる、大きな手があった。
「ん、ありがと。じゃ、行ってくるね」
それが当たり前のように、千雅は部屋を駆け出していく。
後に残っていたのは、人ではない。化け猫の、佐吉だけだった―――