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2話

 苦しい……。

 息が詰まる感覚と、何かに縛られた感覚。双方が私の身体を襲う。

 暗がりの中、手探りで歩いて行く。動きたくはないのに、動かなければいけない、という衝動に駆られた故だ。

 じっとりと額に汗の玉が浮かぶ。だが、それを拭う余裕など持ち合わせてはいなかった。

 速く浅い呼吸を繰り返し、酸素が身体を回りにくくなってしまった。頭がくらくらと揺れだし、歩数が曖昧になっていくのが分かる。自分の軌跡(きせき)は直線ではないだろうが、それを気にする余裕も、持ち合わせてはいない。

 鼓動が速くなる。今まで叱咤し続け、必死に動かしてきた足も限界だ。

 がくんと、自分の意に反して、膝が地面にめり込んだ。

 早く抜け出したい。楽になりたいのに、身体は鉛のように動かなくなってしまった。

 ぎりりと歯を食いしばり、必死に上体を起こす。

 目の前に。いつしか見たことのある、血だらけの女の顔があった。

「っ―――!!」

 息を呑み、目を見開く。……いつもの、部屋の天井だ。

 はぁはぁと息を継ぎ、明るみの差した窓の外に視線を投げかけた。

「ゆ……夢、か…」

 あの、血だらけの女の顔―――――前に、ホラー番組で見たことがある、記憶のものだ。

 ほっとため息をつき、目を閉じる。

 ―――身体が、重い。

 息苦しさも消えてはいなかった。

 そっと、自分の胸元に視線を向ける。

「……………」

 途端に、眉根をぎゅっと寄せた。口端をぴくぴくと痙攣させ、朝一番の不機嫌な顔になる。

 布団の中で手をつき、一気に上体を起こした。同時に、蒼い塊があらぬ方へと飛んでいく。

 べしゃ。

 間抜けな音を立てて、蒼い塊が部屋の隅に落下した。

「うぎゃーっ!?」

「このっ……人の安眠を邪魔するなぁ!!」

 寝床から起き上がり、だんっと片足を鳴らす。怒声一発、少女が不機嫌な顔で、蒼い塊に枕を投げつけた。

 部屋の隅で、逆さになっていた蒼い塊は、未だに体制を戻すことができず、思いっきり枕が直撃してしまった。実に間抜けな画だ。

 ぺいっと枕を跳ね除け、蒼い塊が逆さのままで抗議する。

「この野郎っ! せっかく人が気持ちよく寝てたってのに、何をする!!」

 毛並みが乱れてはいるが、蒼い塊の正体は紛れもない。猫だ。

 肉球をこちらにびしりと突きつけ、ぎゃあぎゃあと物言ってくる猫。いや、普通ではありえない。化け猫だ。

 可愛らしい外見とはかけ離れた口調で抗議を続ける化け猫に、少女、千雅(ちか)は嫌味ったらしく言い渡した。

「人のみぞおちで呑気に寝て、悪夢を見させた上に安眠を邪魔するな、か…」

 そもそも人ではないだろ、と内心で思ったことは今は置いておこう。

「だったら、もっと普通に起こせばいいだろ!? ってか起き上がれないんで助けてくださいっ!」

 しゃべる猫は、涙目になりながら訴えた。

 むすりと口をへの字に結んだ千雅は、一言も発しないまま半眼で猫を睨めつける。

 こめかみに青筋がぴくぴくと浮かんでいるところを見ると、不機嫌なようだ。それはもう、間違いなく。

「……だったら…思いっきり殴って起こしたらよかった? 拳で」

「動物愛護団体に訴えるぞこの野郎!?」

 ばしばしと逆さのまま床を叩き、必死で身を起こそうとする猫。

「動物愛護団体は、化け猫なんか相手にしてくれないと思うけどね」

 それをさらりと受け流し、千雅は眠い目をこすりながらぼそりと呟いた。

「私が寝起きの機嫌が悪いの、大分前から知ってるだろ……よし、寝直そう」

「た~す~け~ろ~っ!! お願いします、このとーり!」

 前足を合わせてみせ、必死に頼んでくる猫。

 しかし千雅は、聞こえないとでも言った風にもう一度布団をかぶり直した。

「お休み~、佐吉(さきち)君。いい夢見てね~」

「寝れるか、畜生っ!!」

「あっ!! 枕が無いっ!?」

「ざまみろ、バカ千雅!!」

 ぎゃーぎゃーとそんなやりとりをしている時刻、午前五時。

 これから、とある田舎の町が朝を迎える―――


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