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で、終われば良かったのに。

 初めの頃。僕は君が怖かった。僕が触ってしまえば、君は壊れてしまいそうで、いなくなってしまいそうで。


 君は雪だった。白くて綺麗で無垢な雪。見るものを浄化する程に清く、僕に触れるだけで溶けてしまう。それ程に、とても弱い存在。弱く、儚く、淡い。細やかな感情を抱いたことがなかった僕ですら、一目見て感じた。君は雪の様だと。


 だから、真っ白な雪を、真っ赤に染まった手で触ることは出来なかった。触れることは出来なかった。綺麗なものを汚いもので穢すようなことは、断じて出来なかった。その雪を大切に思っていればこそ。君を心から想っていればこそ。


 だけれど。雪は構わず上から舞い降りてきた。誰にも等しく降るように、僕の所にも。


 私は、あなたが怖いなんて思わないです。血とか穢いとか、そんなことは関係ないですよ。


 そう言って、ずっと君を抱きしめることを躊躇っていた僕の代わりに、君はこの腕の中に飛び込んで来た。


 ほら。私は消えません。


 君の笑顔は白くて綺麗で無垢。酷く優しい。そっと触れないと壊れてしまいそうなぐらいに。


 初めて抱き締めた君は、僕の腕の中にちゃんと収まってしまった。柔らかくて、これが人の感覚。大切な君の感覚。


 何で泣くんですか。心配そうな君の声には何も答えられなかった。そんな弱い所は知られたくないのに。いつも強い僕でありたいのに。


 力任せに抱き締めると、君は苦しいですと言う。僕はただ、ひたすら謝った。こんな僕ですまないと。君と出逢った男がもっと綺麗なら、君は綺麗なままでいられたのに。雪のままでいられたのに。


 君と出逢ったのが僕でなければ、君は普通の幸せを感じていられた。好きだと言った男に、ずっと抱き締めてもらえただろう。当たり前の生き方が出来ただろう。君は戸惑いながら、それでも微笑んでいた。


 私は綺麗なんかじゃありませんよ。雪でもありません。私はあなたと同じ、ただの人間です。


 ただの人間。何も知らない君は、こんな僕でもただの人間だと言う。そんなことは、絶対ないのに。


 あなたは汚くなんかないんですよ。あなたは真っ白で、不器用で、優しい人なんです。私はそんなあなたが大好きで、そんなあなたを大切に想っているんです。


 君は最後に照れ臭そうに笑う。真っ白な笑顔で、真っ赤な僕に笑いかける。


 僕は人として君を裏切り続けているのに。



 君は言っていた。


 悪人だって、大切に想う人がいれば、地獄に行かなくて済むのかもしれません。仏様はだって、とても慈悲深いですから。だからきっと、人を好きになる気持ちを、とても重く扱ってくれるはずです。


 人を大切に想う気持ち。それは罪すら凌駕する。カルマさえ断ち切る。君はそう言ったけど。僕はそうは思わない。


 人で無しが人に恋をする。それは獣が雪に恋をするのと同じだ。触ることも叶わないものに焦がれて、ただ苦しむだけだ。そんな想いのどこに慈悲をかけられるのだろう。


 身の程知らず。叶うはずもなく。認められるはずもない。


 眼には眼を。歯には歯を。

 だから。



「もう、辞めようか」


 君に出逢ってから時が経って、君に多く救われた。けれど僕は何も変わっていない。君は白くて僕は赤くて、君を裏切って辛いだけ。裏切りが続いて苦しいだけ。初めの頃と何ら変わりない。それでも時間は迫ってきている。


 僕の行く先はもう、決まっているけど。それに君を巻き込む気なんて更々無い。君は、僕と一緒に居てはいけない人だ。僕は、君の側に居てはいけないヒトだ。


 もう全て、終わりにしよう。


 君は目を瞬かせて僕を見る。僕は精一杯の笑顔で君を見る。君の悲しい笑顔は見たくないから。君の苦しい微笑みは見たくないから。君は僕と一緒に、地獄に行くことはないんだ。君は空の上で残念がる側だから。


 最後に君の頭を撫でた。暖かいその感触も、これでお終い。もう僕と君は他人だよ。頭を撫でられ俯く君を見ながら、声を出さずにお別れを言った。


 そろそろ時間だから、と撫でる手を離す。仕事だと呟いて。が、手は僕の服のポッケに入る前に、君に握られてしまった。両手でしっかりと握られる。


 君は泣いていた。


 驚いた。その必死な顔が、まるで全てを知っていると言っているような気がして。僕の決意も想いも、全て分かっていると言っているような気がして。そんなことは自分の勝手な願いだというのに。


 君は必死に言い訳を語ってくる。我儘を聞いて下さい。もっと一緒にいさせて下さい。僕の手を痛いほどに握って、けれどそんな姿を見てしまえば、胸の方が痛くなって。


 何か言わなければ、決心が揺らぐのは目に見えている。君から離れられなくなる。勝手な願いを叶えてしまう。


 他人なんてどうでもいいから、なんて。


 今まで僕が壊してきた人達を差し置いて、きっと言ってしまう。身の程も知らず、罪も償わず、何も背負わず、平然と今まで通りに生きてしまう。それは出来ない。してはいけない。叶ってしまってはいけない。


 僕は、幸せになってはいけない。


「大丈夫だよ」


 一言、君に言って手をそっと握り返した。何が大丈夫なのか、自分でも分からないまま。時間は進んだ。僕は綺麗に笑えていただろうか。真っ赤な笑顔だろうか。


 辛そうな顔をしている君に背を向けた。これ以上ここにいたら、また緩々と時間が過ぎて行くだけだ。


 ごめんなさい。


 小さな頼りない声が聞こえた気がした。振り向かず手だけ振る。喉が締まって何も言えなかった。



 静かな辺りに一人分の足音だけが響いた。歩み出してしまった脚はもう止まらない。止めてはいけない。


 仕事をしたら、帰ってきて、君を抱きしめて眠る。僕には恵まれ過ぎていた、微温湯に浸っていたような時間。仮初めだとしても、いけないことだとしても。


 そんな淡い日々もこれで最後。お終い。終焉。破綻。どれでもいい。


 僕らは、幸せだった




 読んでいただきありがとうございました。一応連載物ですので、続きも読んでもらえると嬉しいです。

 ちなみに、最後の一文の句読点は仕様ですので、ご安心下さい。

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