三ヶ月の恋
キスの魔法 キスの魔法1 の続編。
いよいよ幸は入院を決める。支えでいてほしい正史は幸のそばで彼女を守り続ける事ができるだろうか。
楽しかった10月の小旅行も終わり、アルバムの写真を眺めると笑ってる二人が写っている。
正史は周りで何が起ころうが物事を前向きにとらえ、「プラス思考やし、笑ってられるんや。」と話す。
幸も今日があるから明日があると考えるので、毎日笑っていたかった。
幸が正史に出会った時、幸には恋人がいたがもう何年笑ってないだろうと感じてて、そろそろ別れがくる事を予想していた。
いつも懸命に頑張ってる人に目が行く幸の前に、突然入り込んできたのが正史であった。正史にとっては、元嫁と子供との同居に自分の居場所を感じられず、2年前から付き合い始めた彼女とは週1回ほど会うくらいで、独りが寂しくなると居場所を求めて会いに行っていた。
そんな中、すぐ近くに住む幸と幸の家は自分にとってすぐに行ける居心地のいい場所ー基地ーになったのだった。
「やっぱり、この景色はいいなぁ。」
マンションのベランダから見下ろせる広い公園を見て正史が言う。何も考えず、自分の広い庭を眺めているように見える。
「私よりも公園?」
「お前がいて、この景色があって、この空間があるんや。」
出会った九月の暑さが随分と秋らしくなり、夜は寒さも感じられた。
いつものように、食事をしながらお酒を飲み肌を重ね、時間は瞬く間に過ぎていく。
「ずっと一緒にいたい。でも、無理はわかってる。まぁくんの笑ってる顔を見ていたい。手の暖かさを感じていたい。まぁくんの響く声が好き。」
率直に気持ちを伝える幸に「幸の気持ちはよくわかってる。一番大事にしてる。将来の約束はできないわ。俺、いつ死ぬか寝たきりになるかわからんしな。でも、お前をちゃんと守ったる。」
そう言って幸の髪を優しくなでる。そんなひとときが幸にとって幸せな時間だった。返って来る答えはいつもわかっていたし、今日、今のこの瞬間の幸せを大事にしようと思っている。
「ところでさぁ、来月の病院はちゃんといこな。逃げるなよ。」
「わかってる。今はまだ死にたくないし、ちゃんとみてもらう。」幸は内心、心配していた。以前病院で診察を受けた時に、すぐに子宮全摘出の手術をしないと、これ以上大きくなったら開腹しないと取れないといわれていた。
あれから2年が過ぎてる事を考えると、肌に傷を残したくなくてもどうしょうもないかもしれない。
正史が幸の傷のない体をちゃんと覚えてくれているならそれでいい、病状がわかっていて放置し後に他の病気を併発してしまうより、まだ生きていたいと思った。
「車で迎えにくるしな。一緒にいこうや。」正史は地元でかなり顔が知れてる事もあり、近所に住む人たちに出くわすと何を言われるかわからない中、車の助手席に彼女として乗せてくれる。夜に食事を終え帰りの別れ際に道の真ん中であっても人目をはばからずキスをして別れる。
「人は人。俺はれっきとした独身や。隠れて付き合う必要ないし、何か言われてもお前は俺の女やって堂々と言える。日陰でいたくないやろ?」
幸が正史と付き合う前に別れた彼氏は既婚者だった。堂々と街中を歩けなかった幸の寂しさを知っていて、自分はいい加減な気持ちで付き合うのではない事を示していた。
幸は正史のそんな一言一言が嬉しかった。
お互いに仕事も忙しく会う回数も減っている中でメールのやり取りと二日に一回は電話で話をしながら、10月は過ぎて行った。
明日は病院だ。
11月と言うと紅葉の季節だ。病院に向かう中、観光客が紅葉を楽しんでる姿を目にした。
「今年は一緒に紅葉を見にいけるかなぁ?来月の12月には嵐山のライトアップも見に行きたいなぁ。」
先の楽しみを次々に想像しながら病院で受ける診察を忘れたい気持ちだった。
正史は予約時間が決まっていた。幸は受付をしなければならないので、正史は朝早くに幸を迎えにきた。
「心配すんな。ちゃんと俺が横にいるから。」
幸の内心を察した正史は幸の頭を撫で、ポンポンと軽く叩く。いつもの優しい仕草だ。
大きな病院に来るのが久し振りだった幸は受付から戸惑った。受付から支払いまで全てコンピューターで処理されている。どこに行けばいいのかわからない幸を正史は手を引いて教えてくれた。
「俺、ちょっと行ってくるし。また戻ってくるしな。ちゃんと呼ばれたら入れよ。」
見張ってないと逃げ出してしまいそうな幸を見てそういった。
正史の今回の検査は尿と血液の簡単な検査のみだった。
検査を終えて結果を聞くまでにはかなり時間がかかるようだ。さすがに大きな病院だ。
幸が受ける診察は婦人科だが、ここもかなり混んでいる。大抵は予約で、その合間に初診の人を診てくれるようだ。
病院に着いたのが九時。診察まで2時間は待たないといけないようだ。
検査を終えて戻ってきた正史が「飯でも食べにいこか?」と言った。
病院の中には食堂や理髪室がある。一般の人も入れる食堂に入って食券を買い正史はカツサンドのセット、幸はたまごサンドのセットを頼んだ。
「朝からカツサンド?キツくない?」
「肉を食べないと。ガッチリ食べるで。」
「すごいね。私は朝はコーヒーくらい。これも食べ切れるかなぁ。」
「しっかり食べやぁ。体重減ってるんやし。俺のも食べろ。」
そう言ってカツサンドを幸の皿に置いた。
「無理、無理。」
幸は正史の事を考えない日はなかった。一緒にいれない時間に彼は何をしてるんだろう?もう一人の彼女にあってるんだろうか?
家族と家にいる時は作ってもらった食事をとり、会話をし、生活の身の回りの事を全て元嫁にしてもらってるだろう事を考えると、幸は食事が喉を通らない。周りの人たちが目で見てわかるほど体重は減り、後ろ姿のトレードマークだったヒップも一廻り小さくなっていた。
いわゆる恋煩いのようだ。
「食べろ。食べろ。」の言葉に促され幸は皿のサンドイッチをたいらげた。「よし。そんじゃぁ、診察もどろうか?」
幸は現実にもどった。
婦人科に戻ると、名前が呼ばれた。「小池幸さん。」
「はい。」
幸は診察室に入って行った。
今まで受けてきた婦人科での治療や診断を告げた。
8年ほど前にお腹に激痛がはしり診断結果は最近よく聞く子宮内膜症だった。3ヵ月ほど軽いホルモン剤のピルを内服し一時痛みは随分治まっていた。
それから3年たった頃に再度激痛が走り入院。安静にしながら抗生剤で痛みをとっていった。それと同時に今まで形もなかった筋腫が年々大きくなり始め、2年前に「今なら膣からの手術で摘出できるが、引き伸ばすと開腹術になるかもしれない。」と言われていた。
今回診察を受けたところ、大きな筋腫が3つ。一つは直径5cmほどになっており、それが子宮の外に出きているので、放置しておくと腸や尿道を圧迫し肝臓や腎臓に支障をきたすかもしれないとの事だった。
「お腹を切らずに手術できますか?」
幸は恐る恐る聞いた。「腹腔鏡を使ってお腹の中をみて、腸に癒着していなければ子宮の靭帯を切って膣から取り出せるかなぁってとこですね。いくつか検査を受けていただいてスタッフと相談しましょう。ただし、万が一の時は10cmほど切る事をご理解下さいね。」
幸が予想していた通りの結果だった。
診察室を出てきた幸に正史は声をかけた。
「何、泣きそうな顔してるねん。」
「やっぱり手術だって。」
「生きるための手術やろ?いい方に考えろ。」
「おなかに傷が残るの絶対ゆるされへん。」「誰もそんな傷気にしないわ。」と笑い飛ばした。
「俺がついてるから。安心せぇ。」
手術が恐いんじゃない。自分の唯一自慢できるウエストラインに傷をつける事が幸にはゆるせなかった。
「嫌ってわめいても、結局は切る事になるんやろうね。」
今回この病院についてこなければ、あと何年かはキレイな体でいられたかもしれない。
ずっと避けていた手術に向き合わなくてはならないのもわかってる。正史と出会っていなければ…
正史についてこなければ…
頭の中を色んな事が走馬燈のようにかけめぐった。
正史と出会い、自分を理解し大切に思ってくれる唯一の人だから、正史と一緒の時を過ごしたいから手術を受ける事に踏切った。「幸は強がり言うけど、弱いからなぁ。」
「アタリ!」
自分の心の奥まで見とうせる人に今までどうしてであわなかったんだろう。
診察を終え、正史は幸を家まで送り届けた。車を降りる幸の様子を見てほっておけないと感じた正史は幸の家で一緒に時間を過ごす事にした。
何も語らず、ただ寄り添って窓から見える公園を二人で見下ろしていた。
日は傾き辺りが暗くなっても二人はただ寄り添い生きている事だけを感じていた。
「来月に手術かぁ。」幸がポツリと言った。「生きてられる事に感謝しないとなぁ。」
「そうだね。」正史と付き合い始めてから幸は同僚の結子としばらく個人的な話をしていなかった。
病院の検査も終わり、入院の報告と正史との進展を伝えたいのもあって、11月の半ばに幸の家で夕食を取りながらゆっくり話す事にした。その時に結子に正史を紹介したいと思った。
日が過ぎて行く中で、正史の人間関係や考え方を結子に伝えていた。それは、後に顔を合わせた時にもめないためでもあった。
もめるかもしれない二人をどうして会わさなければならないのか?幸には理由があった。
幸にとって結子は同僚でもあり唯一の女友達で10年来の親友でもあった。お互いの恋愛の話もすれば家計のやりくりの話など、包み隠さず話せる友達である。
ただ三年前の事。幸は彼氏がいるのにもかかわらず結子の彼氏からの不意の誘いにのって一夜を共にした事があった。恋愛ではなく幸も彼も寂しさから肌を求めたにすぎなかった。でも結子にとっては一大事であり、彼を許すか 幸との友情関係はこれで絶つのか…随分悩ませた。
結果、幸も彼も捨てられないと言った結子は今も普通に幸に接してくれている。
今、幸には新しい恋人も出来て結子にいらない心配はしなくていいと感じてほしいがために正史と顔を合わせてほしいと願っている。「ねぇ、幸。元嫁と彼女がいて、その上に幸を大事になんてできるの?私、黙ってられないと思うよ。」
「結子のいいたい事はわかる。普通に考えたらおかしい事や。でも、必死に生きてるから今まで関わった人をすぐに切り捨てられない。男やから女を守らないとって考える人やねん。」
「幸はそれで幸せなん?100%の愛情じゃないねんで!」
「元嫁や彼女に満足してはったら私に何かを感じる事もなかったって思う。最後に私が選ばれたから今一番大事にしてもらってるって感じてるよ。まぁくんの精一杯の愛情と時間をもらってる。」
幸と結子の話が平行線のまま正史との顔合わせの日がきた。
いったい何が起こるんだろぅ。何も起こらず今の幸せが続く事を願ってる幸だった。
幸の家。
「幸が手術を受ける決心をした事は山下さんに感謝します。幸はこの2年間逃げてたからね。傷が残る事に異様に執着してたから。それは、女としてずっとキレイでいたいって事なんだろうけど、それをうち破らせてくれてありがとう。」
「いゃ。俺自身もまだ死にたくないし、幸にも生きててほしいしなぁ。手術は生きて行くための方法や。」
「それとは別件で、ホントに幸を幸せにできるの?幸の次の女の人のカギは作らないって約束できる?」
「えぇっ。俺、今精一杯コイツの事考えて幸せにしたってる。
見ててわからへんか?他の女、ほったらかしで幸の事大事にしてるで。なんでそんな事を初対面のお前にいわれなあかんねん。」
「幸に幸せになってほしいから言うてるねん。ちゃんと公言してほしいだけや。」
正史と幸にとって将来の約束などない。明日どうなるかわからない二人にとって今日を精一杯笑って幸せに過ごす事が大切な事であり、何人の人を好きであったとしても関係ない。今、この時に100%の愛情を向け合っている事が必要だった。
こんな考え方を結子に押し付ける気もなければわかってほしいとも思ってなかった。
ただ、暗黙の了解で、こんな考え方をする似通った二人がいて、幸せに笑って暮らしてる事を知っててほしかっただけだ。
話はエキサイトしてきたあげく、正史は帰ると言った。
玄関のドアごしにさよならを言うとしたらそれっきりになるような気がして、一緒に夜道を歩いた。
「俺、幸の事一番大事にしてへんかぁ?」
「わかってるよ。大事にしてくれてる事、肌で感じてるよ。」
正史は頭を抱えていた。
居心地のいい、幸と一緒にいれるあの空間ー基地ーが壊された事を感じた。もうあの基地に足を踏み入れたくない。
そんな思いの中、夜道を幸と歩き、幸が嫌いではないのに家にいけない。自分のもっているカギは何の意味も持たない事になってしまう。
熱く熱していた恋がガラスの鏡だとしたら、ほんの小さな石が投げ込まれただけでもろくも粉々に砕け散ってしまったようだ。
別れ際に幸はうすうす感じてはいた。正史が何かで怒る事があったり、嫌だと思う事があれば、それは修復不可能な事で、すぐに割り切って別れが来るだろうと感じてた。
「まぁくん、キスして。」
バス通りにまだ電気の明かりが照らしている中、始めて交わしたのと同じキスをした。二度…三度…
あれからどれほど日がすぎただろうか。
辺りはメッキリ寒くなり、カレンダーも12月になっている。
正史とのメールのやり取りの回数も減り、返ってくる言葉の一つ一つに疑問を感じてた幸は次に正史に会う時はケジメの時かもしれないと思っていた。
一方、正史はやはり幸の家に足を踏み入れる事ができず、カギを返して終わりにすべきだが、12月に受ける幸の手術が気になっていた。今、別れ話をすると幸は強がって「大丈夫」と言うだろうが、手術を受ける事から逃げるんではないだろうか。ホントは俺がアイツの支えになってやらないといけないのに。
たくさんの想いが交錯する中、結論を出せずにいた。
12月は幸の誕生日とクリスマスと、そして入院。今年の締めくくりまでイベントずくめのはずだった。
「まぁくん、しんどいでしょ?」
「あの日以来、もうお前を守ってやらないとって気持ちが失せた。手術もあるし、来年まで黙ってようかと思ったけど、無理やった。毎日うなされてる。」12月に入ってすぐに仕事帰りに二人は近くの居酒屋で待ち合わせをし、話をする事にした。
「私、まぁくんを苦しめる為につきあってるのと違うしね。笑ってたかったから付き合う事にしたんやし。」
「俺もそうや。お前と笑って生きていけるって思ってた。」
「もう私はまぁくんに守ってもらえないの?」
「答えがでないんゃ。お前が嫌いなんちゃうねん。」
お前が嫌いって言われたほうがどれだけ楽だったろう。自分の言動や行動が原因ならあきらめもつく。そうでないならなぜ割り切れないんだろう…とも考える。
あの日以来、結子とは一言も喋っていない。時間を巻き戻す事が出来たらどんなにいいだろうと思った。
正史に出会い恋の予感を感じ、熱く胸を焦がした三カ月だった。彼の為になら死さえもおそれない。一緒に死ねるとまで思った。
だから反対に彼が生きるなら私もまだ生きていたいと思った。
彼には縁の切れない人たちがいて、それぞれに対して男としての責任を果たそうとしている。私に対してはやはり恋だったんだろう。私が熱くなったように彼も熱い想いで同じ時を過ごしてくれた。
人はオギャーと生まれたと同時に何年か先には別れが約束されている。
出会いがあれば必ず別れがある。別れがイヤだからいつも「私の一日後に死んでね。」と言う。
この別れも来るべきものだったんだろう。それは受け入れられる。が、本当に正史を恋人ではなくただの知り合いとして位置付けできるかが気掛かりだ。
涙がポロポロとこぼれる。手術までにもう一度抱かれたくて仕方なかった事や正史の手の暖かさ、その感触、響く声、アハハと笑う声ーやさしいキスー簡単に忘れられそうにない。
正史を苦しめたくない。その為にはカギを返してもらわねばならない。そうなった時に私はこの想いをどこに持っていけばいいのだろう。高校時代から一日として男をきらした事がなかった私が今ホントに一人になろうとしている。いつも誰かを頼りにしていたのに、それがなくなってしまう。どんな生活がはじまるんだろう。ちゃんと立っていられるだろうか。
「カギは返してもらうね。まぁくんが持ってる意味ないからね。でも、私はまぁくんを嫌いになったわけじゃないからすぐに忘れるなんてできないと思う。誕生日もクリスマスも入院もホントは一緒にいてほしい。でも私の片思いって事にしとく。またメールや電話するかもしれない。
一応ケジメはケジメ。カギを返してもらって終わりにする。いつか、まぁくんがもう一回つきあってって言うてもその時私フリーとは限らないしね。でもすぐ何もかも捨てて飛んでくるかなぁ。」
何をどう言えばよかったんだろう。好きなものは好き、嫌いなものは嫌いで結論を出して生きてきた私には自分の気持ちをコントロールする事は無理のようだ。今回は違っていた。
キスで始り魔法にかかったように恋に落ち、毎日、彼の事を想い彼から想われ、笑ったり悩んだり泣いたり怒ったり…ここ何年も沸いてこなかった感情を表に出し歩いてきた三ヶ月だった。
カギを返してもらいながら別れにどちらからともなくキスをした。
これで魔法がとけるだろうか。
これで魔法はとけるだろうか?
幸の手術、生きて行くための心の支え。
次話のキスの魔法3で区切りをつけようと思います。




