そっか
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―――周りの人達が悲しんでる
1人ずつ、真っ白な棺の前まで歩いて花を添える。
親族 友達 知り合い 先生も、皆泣いてる。
閑散で、誰かの嗚咽混じりの声だけがやけに響いてる。
辺りに漂う清潔な線香の匂いの中に微かに臭う花の香りに包まれて、私は1つの棺の前に歩き、そっと見下ろす。
見慣れた、馴染み深い顔。
色んな化粧が施されたその顔は、生きてる時となんも変わってないように見えた。
「呆気なかったな...」
その言葉が頭の中に浮かんで、私は自分自身の冷静さと、凪いだ感情に少しだけ落胆した。
―――結局は、あれからなんも変わってない。私の記憶通りなら、私は酷く冷たい人間だったはずだ。
何を言われても無表情。かけられた言葉より、教室の喧騒に埋もれてる時計の音の方が耳に残る、本気でそう思っていた。
周りの人の声は、ただの静かな空っぽの空間を埋めるために再生されてるラジオに過ぎなかった。
例え声を出しても、言葉はどれも平坦な音だけだった。そこに感慨なんて、何もなかった。
そんな私に、その子が親身に話しかけてくれた時、最初は正気か疑った。誰かの罰ゲームなのか、それとも...
「なんで私なんかに... ? 」
何回も思った、何回も何回も。
けれど、その疑問もその子と話していくにつれて勝手に消えていった。残ったのは無性に居心地の良い温もりだった。
その子が亡くなる前まで、私はようやく人間らしい人間になれたと思ってた。
くだらない事を話して、一緒に行動して、笑いあって、悔しがって。
だけど――――
結局は、太陽の光に照らされてただけだったんだね。
私はその子の顔をもう一度見る。
何の感慨もない、また前と同じに戻るだけ、孤独なんて飽きる程に摂取してる、何も身構える必要すら無い。
なのに
なんで胸がこんなに痛むのか。
なんで目から溢れるものを堪えられないのか。
なんで上手く呼吸が出来ないのか。
壊れかけの粗雑な木の杭を凍らせて、胸に何度も次へ次へと突きさされてるみたいに痛い。
あの子が亡くなってからだった、この痛みは。
そう、あの子が居なくなってから―――
「...そっか...」
ようやく、私は理解した。
自分の心がどれほど麻痺していたのかを
その麻痺を溶かしてくれたあの子に、どれほどの思いを寄せていたのかを。
だけどあの子はもう居ない。
分かりきってる、だけどこの熱は無くならない。
私は目を雑に拭って、花をその子の手に握らせる為に触れた。
冷たかった、人はこんなにも冷たくなれる。
その事実に僅かな、いや、ハッキリとした痛みを感じた。
そして、歩きだした。
何のためかは分からない、だけど淡々と進む。
嗚咽混じりの泣き声が遠ざかって行く、
あの鼻に残る線香の香りが薄れていく、呼応するように、新たな静寂が世界を占めていく。
出口の扉を開ける。
空は深く淡い曇りだった、小雨が振ってるが構わない、濡れたっていい、今は。
ただ、あの子の温もりを吸い取ったみたいに脈動するこの熱を忘れたくなかった。
その一心で歩き続けている。
どこまで歩いていたか、最初は耳に僅かに入ってきていた小さな雨音も、次第に消えていって、空は明るさを帯びてきていた。
さらに歩き続けて空を見上げる。
晴れていた、先程までの空とは見違えるほどに。加えて、虹も出ていた。
前はモノクロに見えて、綺麗と思えなかったそれを見て、目元がまたじわりと熱を持つが、今度はそれを拭わなかった。
「こんなに綺麗だったんだ...」
もう周りには雲ひとつ無いのを見てから考える。
「もう少しだけ...あと数分...」
いや...
無くなってしまうまでここに居よう。
じんわりと脈打つ体の感覚に耽りながら、心から思う。
凍りきって動かなくなっていた歯車はとうに溶けきって、色んな歯車と噛み合って動いていた
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