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期待してしまった日のこと

作者: コウ
掲載日:2026/03/25

明日は何を着て行こうか。クローゼットから色々と服を引っ張り出しながら一人ファッションショーをする。やはり最初のデートだからパンツスタイルよりスカートの方がいいよね?

こんな風にデートの服装を吟味するなんて一体何年ぶりだろう。というかデート自体何年ぶりだろう。連絡先を訊かれて、連絡しますと言われてから半月余りも放置されていた相手に今更デートに誘われるとは思っていなかった。しかし誘われたら誘われたで嬉しいものだった。以前仲の良い男友達に言われたことがある。お前はもう人としての需要がないのだと。一緒にいた女友達はその発言に猛烈に怒ってくれたのだけど、私としては妙に納得してしまい、腹も立たなかった。そんな需要のない私を誘ってくれたのだ、できる限り誘わなきゃ良かったとは思わせたくない。

相手は私が働くアパレルショップの隣のショップの店員だった。黒髪に黒ぶちメガネ。地味だけど端正な顔をしていると思う。正直休憩時間が一緒になると、フードコートなどでたまに話すくらいの関係だったから、連絡先を訊かれた時は驚いた。

私自身そういう対象とは微塵も思っていなかったので、当然向こうからも思われていないと思い込んでいた。相手に不満があったわけではない。自分に需要が無いとわかってから、誰かを求める事を完全に忘れていたのだ。とはいえ、今の私は浮かれているといって差し支えなかった。

翌日、あまりよく眠れなかった私は目の下のクマをコンシーラーで隠して準備をした。

まだまだ寒いのでダウンジャケットを着ようとして、いやさすがにダウンじゃ色気が無さすぎるかと、白のバルマンコートを羽織った。これは社割で買っても結構高くて、なかなか外に来ていけなかった私のとっておきだった。

待ち合わせ場所には三十分も早く到着してしまった。張り切っているみたいで恥ずかしい。

ところがそんなに早く着いたにも関わらず、既に彼の姿があった。

「ごめんなさい、お待たせしましたか?」

「いえ、ちょっと僕が早く来すぎただけなので……」

……そうだよね。さすがに私に落ち度ないよね?

彼が車で来ているという事で、私は助手席に乗り込んだ。大きな黒い車で、

「いい車ですね」

と声をかけたら、車が趣味だったらしく延々と車の説明をされた。私は気の利いた相槌の一つも言えず、はぁだのへぇだのを繰り返すことしかできなかった。普段接客業をしているくせに、全くスキルが活かされていない。あまりにデートが久しぶり過ぎてやり方を忘れてしまった。

なんとなく行き先は動物園という事になり、私はなんとなく沈黙になりにくそうな場所に行く事になってホッとしていた。

動物園なんて高校生の頃来た以来だった。カナダカワウソやレッサーパンダ、ペンギンなどを見ても、

「かわうぃー!」

などとぶりっこできる年齢でもなく、間を埋めるためだけに、おそらく見返す事さないだろうなと思いながら、動物たちの写真を撮った。

それと、さっきから全然会話が弾まない。一生懸命話題を提供しても話を膨らませようとしても、ずっと一問一答かと思うほど会話が続かない。私この人ともうちょっとスムーズに話してたような気がしてたんだけど……

私的に気まずい沈黙が続きながらゴリラの檻に行った時だった。私の記憶ではいつでもほぼ動かず置物のようだったはずのゴリラが、めずらしくウロウロと檻の中を動き回っていた。彼もそれが気になったのか、

「なんだか今日は元気ですね」

と言ったので、彼の方を向いて何か答えようとした私の肩にびちゃっという水音と共に衝撃が走った。

「えっ……?」

見ると右肩と首から右頬にかけて、黄土色の泥のようなもので汚れていた。

それが何かを理解する前に、鼻が悪臭を捉える。

「うそ、でしょ……」

初デートでうんこぶつけられる女って、どんだけ日頃の行いが悪いの?

せめて彼が笑い飛ばしてくれれば良かったのに、引き攣った顔のまま何も言えずにこちらを見ているだけだった。

「ごめんなさい、ちょっと、洗って来ます」

押し出すようにそれだけ言うと、私はトイレへ走った。まずは首と顔を洗い、半泣きになりながらコートの肩口を流す。汚物は取れたものの、染み込んだのか黄土色に汚れた部分が綺麗にならない。

このコート、高かったのに……

心なしか匂いも取れてない気がする。

しょんぼりしながら彼の元に戻ると、

「今日のところはもう、帰りましょうか」

と言われた。通常ならこの後ご飯でも行くのだろうけど、私としてもうんこ臭いままご飯屋さんに行くのは嫌だったので、帰る事にした。

帰りは家ではなく近所のクリーニング店でおろしてもらい、私はそのままコートを出してから家に帰った。さすがにコート無しで歩くには寒過ぎたが、あの状態のまま歩くのも、家にあのコートを持ち込むのも嫌だった。

外気温が私の体を芯まで冷やす。

今日張り切ってスカートを履いてきた事を後悔した。

家に着いてから彼に『今日はありがとうございました』とLINEをしたが、既読すら付かなかった。

……でも、私が悪いのか?

あんな形でデートが台無しになったのは確かだけど、被害者は私だ。

動物園に行こうって言ったのはそっちなのに。

無視すること、ないじゃんか。

服までは汚れていなかったが、シャワーを浴びて部屋着に着替える。着ていた服は洗濯機に突っ込んだ。

まだ夕方にもなっていない時間だったが、私はベッドに倒れ込んだ。

なんだかぐったりと疲れている事に気がついた。

「楽しみに、してたのになぁ……」

メイクも、服も、ちゃんと選んだのに。

白いコートのことを思い出して、少しだけ息が詰まる。

じわっと滲んだ視界には気づかないふりをして、私は目を閉じた。

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