9話 失敗の後始末
朝、もうそろそろ正門というところで、ラウル先輩と会った。
「ラウル先輩、おはようございます」
「おはよう、もう良くなったのか」
「はい。ご迷惑おかけしてすみません」
「ん、いーよ。俺は」
立ち止まって頭を下げる。ラウル先輩はすぐに受け入れて、歩き出した。私も胸を撫で下ろし、並んで歩く。
「セリア起きてすぐ、コカトリスに負けて悔しがったんだって?」
「えっ? なんでそれを⋯⋯」
「アレイシオ殿下以外ないだろ。俺はそれが面白くて昨日は酒が進んだ」
なんか今日静かだなと思っていたけど、ラウル先輩もしかして二日酔いなのかな。
じーっと見てみるが、わからない。
「おい、二日酔いじゃねーよ。ちょっと寝不足なだけ」
「そうなんですね」
「おうよ。で、先輩として一つ助言な。魔法工事課長、お前が寝てる間に監督責任で機構に連れ戻されたから、昨日の宴会参加してねえの。そこは謝っとけよ」
「わかりました。ありがとうございます」
あれ程コカトリスに固執していた課長が、宴会に参加できなかった。
相当残念だっただろうな。と昨日の申し訳なさがもう一度、心の中でむくむくと育っていく。
そうして執務室に着き、ラウル先輩にはもう一度お礼を言って別れた。
自席に荷物を置いて、すぐに課長の席へと向かう。昨日の今日だから少し早めに来たつもりだったが、課長はもう席に座って、書類を確認しているようだった。
「おはようございます、課長。昨日はご迷惑おかけし申し訳ございませんでした」
「おう、セリア。体調は良くなったか?」
「おかげさまで良くなりました」
課長は怒ることなく受け入れてくれる。いつもあんなに怒りっぽいのに、今日は怒らない。
今なら改善できるから怒るんだ! という課長の口癖を思い出し、怒られるより怒られないほうがしんどいと思う。
そして課長は持っていた紙を机に置き、引き出しから別の紙を取り出した。
「これ確認してくれ。合ってるか?」
紙の内容は私が倒れたことについて時系列上にまとめられており、内容に齟齬はない。
ますます迷惑かけたことを実感する。
「合ってます」
「じゃ、右下にサインする欄あるから、急ぎサインしてくれ。十時までに魔法局長に出さなきゃいけん」
「あ、はい」
十時まではあと一時間あるが、とりあえず席に戻ってサインを書く。
「書きました。色々ご迷惑をかけて本当にすみません。それにあのコカトリスも⋯⋯」
書類を渡すついでにもう一度謝ると、課長がこちらを向いた。
そしてなぜか、顔に「お前そんなこと気にしてんのか」って書いてある気がする。
「え?」
「ついでにこの書類も確認しろ」
机に置いてある書類を渡され、内容を確認する。
コカトリス譲渡契約に基づく抗議?
内容をよくよく確認してみれば、毎年うちの課長とダンジョン警備課長は、どちらがコカトリスを手に入れても一緒に分け合って一緒に食べる、という協定を結んでいるらしい。
だが去年、ダンジョン警備課長が裏切って、課員たちと食べたため、今年こそは一緒に食べろという、抗議文書だ。
「えっと、いけるんじゃないでしょうか⋯⋯?」
「じゃあ、俺は食えるから気にしなくていいぞ。お前の分はないけどな」
気を使ってくださったのだとわかり「ありがとうございます」と頭を下げる。
課長は「お前の分はないって言われて、何お礼言ってんだ」といつも通り悪態をついた。
そのまま、アレイシオ殿下のもとへ昨日の謝罪とお礼を言いに行き、自分の席に戻ると、なぜかヴィオラがいた。
「おはようセリア」
「おはようヴィオラ。朝からどうしたの?」
「熱中症で倒れても、コカトリスとの勝敗を気にする、負けず嫌いな同期の顔を見に来たの」
真っ先にヴィオラにもからかわれ、広まってるんだこれと実感する。
「嘘よ。心配で様子を見に来たの。場合によっては、明後日の約束も延期にすべきでしょう」
「それが、一晩経てばすっかり元気ってやつなんだよ」
「無理は禁物よ」
「わかってる」
私が即答すれば、ヴィオラは私の顔をじっと見たあと、満足したように頷いた。
「でも明後日はわたくしの家に変更しましょう。迎えの馬車を寄越すわ」
「ありがとう。お土産に希望はある?」
「じゃあ前にもらった、梅のシロップが残っていたら持ってきてほしいわ」
それに私が頷けば、話は終わりとばかりに手を振ってヴィオラは去って行った。
本当にいい友人だ。
***
休日の昼前、約束の時間通りにヴィオラの実家、ネレイス伯爵家の馬車が下宿の前に止まる。
私は梅シロップが入った瓶という、まあまあ重たいものを抱えて馬車に乗り込んだ。
ネレイス伯爵家の正門ではなく、なぜか馬車は裏手に向かっていき、私は裏門に入ってすぐのところで下ろされた。
「ごきげんよう、セリア」
「ヴィオラ。こんにちは」
柔らかく微笑むヴィオラは自慢の黒髪を一つにまとめて団子にしており、いつもの令嬢然としたワンピースではなく地味なシャツに地味なスカートという服装だ。
一体どうしたんだろう。
「その格好、どうしたの?」
「そんなことより、早くこちらにいらっしゃい」
ヴィオラに手を引かれて行った先には、バーベキューセットがあった。
「ヴィオラ、まさか」
「ええ! コカトリスのお裾分けをもらったの。運営調整課の先輩が貢献しすぎて、たくさんお土産にもらえたんですって!」
諦めたコカトリスをまさか食べられる機会がこんなにすぐあるなんて!
ヴィオラもいつになく興奮した様子で話す。
「ヴィオラ! ありがとう!!」
「さっそく食べるわよ!」
感謝のあまりヴィオラの手を握りしめる。ヴィオラもぐっと握り返し、決意表明とばかりに宣言した。
バーベキューセットにさらに近づければ、使用人が既に焼いていてくれていたようで、すっと皿に乗ったコカトリスが渡される。
意外と小ぶりなそのお肉を口に運ぶ。
「何これ! 美味しすぎ!!」
お肉の臭みがまったくないのに、噛めば噛むほど旨味が広がる。歯ごたえもちょうど良い柔らかさで、今まで食べた鶏肉の中で、一番美味しいかもしれない。
「でしょう! 美味しいから、絶対にセリアにも食べてほしかったの」
そう言っていつもの伯爵令嬢の微笑みではなく、お転婆なお嬢様のようなカラッとした笑顔を見せてくれる。
ヴィオラは最高の友達だと、改めて思った。




