7話 セリア・ノアル
私の人生はひと言で言えば「二択を全て外してきた人生」だった。
まずは生まれた秋の島の話からしよう。秋の島は少し特殊で、昔は秋の島に王都があった。
百年前、ダンジョンの発生が集中した秋の島は危険すぎると、王宮が春の島に移った。遷都することになったのだ。
秋の島から王都を奪ったダンジョンは、奪うだけでなく新たな利益をもたらした。ダンジョンに挑戦する冒険者たちが集う、にぎやかな街並み。ダンジョン攻略が進めば、次はダンジョンの魔法資源を利用した魔法具の開発が進む。
私が生まれたときには既に、秋の島は魔法具開発が自慢の、魔法と工学の島だった。
だけど私の両親は、数少なくなったダンジョン攻略をしている冒険者。私も周囲の子供たちと同じように魔法具士に憧れれば良かったのに、どうしてか両親のような冒険者に憧れてしまった。
これが最初に外した二択。
冒険者に憧れ、魔法適性のあった私は、こっそりと魔法の練習をしていた。
その魔法は、秋の島の光とも呼ばれる第一王女ルミエナ殿下の得意魔法ーー干渉光魔法だ。
両親への憧れも強かったが、やはり強くてかっこいいお姫様も、当時の私にとって憧れの存在だったのだ。
そしてこれは奇跡のような偶然だが、私は干渉光魔法を発動し、それをたまたまルミエナ殿下の関係者が見ていた。
そして私は流されるままにルミエナ殿下の影武者になった。
いや、流されるままにというのは語弊があるだろう。渡された契約書もよく読まず、説明もろくに聞かず、両親へも相談せず、契約書にサインしてしまったのだ。
だから流されるままというよりも、憧れのお姫様の役に立てるという誉れに飛びついた、が正しい。
これが次に外した二択。
どうしてその選択が外れだったかって?
影武者としての仕事はひとつ。ルミエナ殿下として冒険者たちとダンジョンに潜り、干渉光魔法を使うこと。
そして影武者の存在がバレないように、契約書には「ルミエナ殿下が国王として即位するまでは干渉光魔法を使わない」と書いてあったのだ。
私が魔法具士を目指す普通の子供ならそれで良かった。だけど冒険者を目指すなら、絶対に干渉光魔法は使えた方が良かったのに。
***
下宿先の扉が叩かれ、寝ぼけ眼を擦りながら開けると、何故か約束もしていないヴィオラが立っていた。
「ヴィオラ? 約束は来週じゃなかったっけ⋯⋯」
布団に戻って寝たいと思いながらボソボソと話す。そんな私の反応に、艶やかな黒髪を揺らしてヴィオラは反論する。
「それはいいのですわ! 心配で見に来て差し上げたの。昨日の宴会、大荒れしたんですって?」
「あ、そゆこと。それは⋯⋯ありがとう」
それは無下にはできない。バシバシと瞬きしてなんとか目を覚ます。
同期であり、ダンジョン保全機構 夏の島管区の運営調整課に勤める彼女は、変人だ。
伯爵令嬢でありながら、ダンジョン保全機構に就職しているのがまず変。その理由が、夏の島以外の貴族との縁談ばかりを持ってくる父親に「わたくしは絶対に夏の島を出なくてよ」と主張するためと来た。
夏の島の貴族とはを体現したような人間だが、それを伯爵令嬢で実行したのは流石に彼女が初めてらしく、出会った当初に「面接官の皆様を困らせるつもりはなかったんですのよ」と微笑んでいたのが印象的だった。
そんな彼女とはなぜか新人研修で意気投合し、その後も手紙のやりとりが継続していた。そしてつい先日、私が夏の島に配属替えとなり、再会することができたのだ。
「食事に行くわよ。わかったならさっさと準備なさい」
「わかったわかった」
あくびしながら部屋に戻り、超特急で準備をする。せっかく来てくれたのだから、聞きたいことが結構あった。
準備を終えて、ヴィオラの乗ってきた馬車に乗り、ヴィオラ一押しの料理屋に行く。
料理屋とはいっても、比較的カジュアルな店らしい。
通された席こそ、いつも行くような食堂より少し綺麗だが、一品一品は普段の食事より僅かに高い程度だ。
「私とラウル先輩って何か処分ありそうだった?」
「処分なしで決定しそうですわ」
ヴィオラの所属する運営調整課は、関係部署や関係者が非常に多い。彼女自身、伯爵家出身で顔が広いから、情報を手に入れるスピードが半端じゃないのだ。
「良かった。豚みたいなジジイの方は?」
「あなた反省していないわね? アレイシオ殿下がセリアとラウル先輩の言動を咎めないかわり、自分への無礼を不問にするとおっしゃったそうよ」
「えっ!? 不敬罪じゃんあれ! 不問なの!?」
「そうよ。わかったなら反省なさい」
ーーあなたたちを庇うために、不問になっているのよ。
その無言の圧にうっと言葉を詰まらせる。
やっぱり大人は沈黙と我慢が正義なんだな⋯⋯。
「必要以上に落ち込む必要はなくてよ。あなたまだ夏の島の名物もろくに食べてないでしょう?」
「食べてない。そういやさっき頼んでくれたチキン南蛮って何?」
「運ばれて来るまで楽しみに待ってなさい。あなた秋の島でこれの偽物を食べて喜んでいたから、多分好きよ」
その言葉に、本当に心配してくれたんだなと心が温かくなる。ヴィオラの押し付けがましくはないけれど、必要以上に優しさを隠さないところが、私は好きだった。
出てきた料理は、色の変わった唐揚げのようなものと、タルタルソース。鶏肉を揚げたあと甘酢に漬け込んでいるらしい。タルタルソースとめちゃくちゃ合う! 好きだこれ。
感想を言いながら食べ進め、昨日から少し引っかかっていたことを、ヴィオラに相談しようと決める。
「ヴィオラ、覚えてるかわかんないんだけど。私ってルミエナ殿下に援助してもらって、それで学校行ってたって言ったじゃん」
「親が冒険者でその縁⋯⋯で合ってたかしら?」
「うん、そうそう」
ヴィオラが言った経緯は、表向きの嘘である。本当は影武者をすることへの報酬が魔法学校の学費だった。
私の通った魔法学校は、平民が通える中では最上級の学校で、もちろん学費もそれ相応。私の実家の懐具合では、到底払えないものだった。
だからルミエナ殿下の援助自体を隠すことは難しく、親がルミエナ殿下とダンジョン攻略したこともある冒険者という事実を、外向きの理由に使っていた。
「これって、アレイシオ殿下にとっては、結構望ましくない話なのかな?」
「間諜のことを聞いたのね」
「まあ、そう」
ずっと夏の島管区にいるヴィオラは、当然間諜のことも知っていたようだ。
「あなたが心情的にルミエナ殿下派だったのを知ってるから、わたくし上っ面の慰めはできなくてよ」
「うわ、やっぱりあんま良くないんだ」
「でも実際、ルミエナ殿下の王位のために何かしているわけではないのでしょう。多少は複雑でしょうけど、一番気にするのはそこでしょうし、大丈夫じゃないかしら」
ヴィオラは、私がルミエナ殿下の影武者だったことを知らない。本当にただ、親が王女殿下と仕事をして、その縁で援助してもらっただけだと思っている。
冒険者たちと共にダンジョンを攻略する、勇敢で、目の前で苦しむ民に手を差し伸べてくれるお姫様。
秋の島の希望と呼ばれ、その勇敢さと強さこそが王にふさわしいと称えられる気高き人。
ルミエナ殿下のイメージ戦略に、私は一役買っていた。
ーーそれこそ、影武者がばれたら王位継承者争いが再熱するだろうほどに。




