6話 祝杯という名のお仕事
「時代に取り残された、不要の王子。王宮からそう言って追い出されたあれを、管理卿が引き取ったときは驚きましたけどね。こういう利用方法があるのかと。はは、管理卿は先見の明がありますなぁ」
酒の場は無礼講とはよく言われるけれど、これは明らかに無礼講どころか侮辱だ。
この知らないおじさん。いや、豚みたいに肥えたジジイを殴り倒したかった。
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国王陛下も気にしていらっしゃるという、封印の欠陥によりダンジョン自体に歪みが発生しているーーいわゆる封印瑕疵。
期待の若手として名を馳せた私を、わざわざ夏の島まで引っ張ったこの案件は、封印が解け簡易封印を施すという予想外の動き方をすることになった。
だがその簡易封印計画の成功を、アレイシオ殿下が王宮に報告していたらしい。ダンジョン保全機構 夏の島管区には、王宮からわざわざお褒めの手紙が届いた。
そして今日、立役者の私とラウル先輩をいたわるという名目で、祝杯が開かれている。
だがしかし言おう。正直に。
夏の島管区で一番偉い、管理卿まで出席されるこの飲み会は、完全に仕事です。いたわるつもりがあるなら、やらないでください。
「おいおまえら、主役のセリアの杯が空いてるじゃないか」
「そろそろ管理卿に注いでもらう頃合いだと思いましてね」
「そうかそうか、それなら私が注いでやるしかあるまい」
管理卿はそう言ってエールを持ち上げる。
弱いからもう飲みたくないです。それが本音だけど、言えるわけないからお礼を言って、注ぎやすいよう杯を持ち上げるしかない。つらい。
「管理卿にもお注ぎしますね」
お酒を注がれたら注ぎ返せ。基本に忠実にエールの瓶を受け取ろうとすれば、なぜか管理卿に止められる。
「わしゃもうエールはいらん。あれ出せあれ」
「わかりました。置いてもらってる焼酎一本!」
下座に座っていた名前も知らないおじさんが、店員に何かを頼む。
「焼酎?」
「夏の島の酒だよ。飲んだことないのか」
「ラウル先輩!」
いつの間にか隣に戻ってきていたラウル先輩が、焼酎の説明をしてくれる。
夏の島ではエールは最初だけで、そのあとはずっと焼酎を飲み続けるのが鉄板らしい。
口調こそいつもとわからないが、先ほどまでおじさんたちにもみくちゃにされていただけあって、顔は相当赤い。飲まされたなー。
「おい逃げるぞ、エール持て」
「はい?」
「ここにいたら、一生焼酎作り続けさせられる」
焼酎を作るって何? 今注文してたじゃん!
よくわからないまま、ラウル先輩の言う通りエールを持って移動する。
「アレイシオ殿下! お疲れさまっす」
「お疲れ様。⋯⋯ラウル、酔ってるね」
たまたま空いていたアレイシオ殿下の正面を陣取り、ラウル先輩は強引に杯をぶつける。
アレイシオ殿下は少し驚きながらも、穏やかにラウル先輩の醜態を受け入れた。
そうですよね、この人やっぱ酔ってますよね。
私は空いてる席がなく、元の席に戻ろうかと悩んでいれば、気を利かせた魔法工事課の先輩が席を譲ってくれる。
規模が大きい宴会のため、こういう顔も名前もわかって、助け舟を出してくれる人はめちゃくちゃ貴重だ。無限の感謝の念を送っておこう。
あ、これ。私も飲まされて結構酔ってるな。
「アレイシオ殿下。私もその、お疲れ様です」
「セリアも一緒に来たんだ。お疲れ様」
乾杯後エールをぐっと飲み込む。うぅ、もうしんどい。酒やだー。
でもそれを顔に出さないのが一流の魔法管理官だって言ってた。誰だ? え、誰が言ってたんだ?
「セリアも⋯⋯赤いね。無理に飲んじゃダメだよ。誰か水頼んであげて」
「上司が、酒の場で、優しい⋯⋯」
「この職場、お酒激しいもんね」
アレイシオ殿下は呆れたように呟き、届いた水を手渡してくれる。お水、おいしい。殿下、好き。
「ところで二人は何で移動してきたの?」
「セリアが焼酎の水割り一生作る刑に遭いそうだったんで、拾ってきたんです」
「あぁ、なるほどね」
ラウル先輩が、棒で飲み物をかき混ぜるような仕草をする。
そんな穏やかな会話の最中、太ったおじさんが私たちのテーブルに近づいてきた。私は知らない人だが、年齢的にもどこかの部署の偉いおじさんだろう。多分。
「懐いているなぁ、二人とも。そりゃ王子様が王宮に報告してくれたおかげで、誉れにありつけたんだもんなぁ、懐きもするよなぁ」
「えっと⋯⋯」
初手から感じの悪すぎるおじさんに、どうしたものかと迷う。
一旦、ラウル先輩の様子を伺えば、即頼れないと判断できた。ダメだ、ピキッてる。
「時代に取り残された、不要の王子。王宮からそう言って追い出されたこれを、管理卿が引き取ったときは驚きましたけどね。こういう利用方法があるのかと。はは、管理卿は先見の明がありますなぁ」
酒の場は無礼講とはよく言われるけれど、これは明らかに無礼講どころか侮辱だ。
この知らないおじさん。いや、豚みたいに肥えたジジイを殴り倒したかった。職場の宴会で無ければ。
「アレイシオ殿下は時代取り残されてなんかねえ!! 魔法も使えて、来たばかりのダンジョン保全機構の実務にも関わって! 知識も当事者意識もあるすげえ人だ!!」
多分私は、自分の拳を抑えるのではなく、ラウル先輩の拳を抑えるべきだった。
そう、私が殴り倒すまでもなく、ラウル先輩が普通に殴った。
「ラウル先輩! ここで暴力はまずい! 隠ぺいできない」
「ラウルもセリアも落ち着いて」
酔ったクソジジイには、ラウル先輩の暴力も、私の高い声も、アレイシオ殿下の落ち着いた声も、怒りを促す材料にしかならない。
「時代に取り残された負け犬だよそいつは!! 同母兄が王位継承者争いに負けて、王宮での意見は何一つ通らなくなった! 兄の力になることもせず、宿敵が王になったあとも臣下として情けなく生き残ることを選んだ!!」
ラウル先輩は一切我慢せず、もう一発殴った。
先輩が好き勝手やってるからもういいかと、私も怒鳴る。
「それの何が悪い! 一人でも多くの王族が、自分や権力のためじゃなく、国のため民のため尽くしてくれた方がいい!! 私は権力にこだわらず、ここで働いてくれるアレイシオ殿下が好き! お前は黙って死ね!」
落ち着け、先ほど席を変わってくれた先輩がそう言いながら、私の頭を軽く叩き、なんかやばいこと言ったぞと頭が冷えてくる。
そのまま他の先輩たちがクソジジイを回収していき、不快の発生源は遠のく。
恐る恐るアレイシオ殿下を見てみれば、珍しくポカーンと口を開け、私とラウル先輩を見ていた。
「あの、調子乗りました。いや違う、やりすぎました? とりあえずごめんなさい」
「俺は謝りません。向こうが間違ってます」
慌てて謝る私と、自分の主張を通しつつアレイシオ殿下を窺うラウル先輩。
それを見て、アレイシオ殿下は困ったように笑った。
「そうじゃなくてね、嬉しかったんだよ。二人がここまで言ってくれて。だけど、次からはダメだよ。二人の将来に傷がついてしまう」
わかったかい? と穏やかに問いかけられて、二人そろって「はい」と返事をする。
駄目なことをしたのに。怒る前に嬉しかったと言ってくれたこと、それが心にじわじわと沁み込んで、なんだか体が少し温かくなったような気がした。
それなのに、次のひと言で私の体は凍りつくことになる。
「それにルミエナ殿下の間諜がダンジョン保全機構に入ったりしてね、迷惑をかけているのは事実なんだ。セリアも、前は疑って悪かったね」
前に「秋の島出身の平民というのは本当か?」と聞かれたときは、ただの出身地と身分の確認をされていると思った。
だから動揺しなかった。ルミエナ殿下の間諜という疑いから聞かれていると知っていれば、確実に顔に出た。
私はルミエナ殿下の間諜ではないけれど、ルミエナ殿下の元影武者。
ーールミエナ殿下の関係者であることは間違いない。




