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5話 簡易封印計画②

 地図を見ながら対象箇所をまわり、調子良く二十五個目の簡易封印を設置できた。三十個の簡易封印のうち、三個は予備だからあとは二箇所だけ。

 だが、最初のホーンラビットが出てきたであろう、解けた封印が見つからない。


「早く解けた封印見つけて安心したかったんですけどねー」

「おっまえ馬鹿か」

「え? なんでですか?」


 最初の緊張感も忘れ、ラウル先輩に管を巻けば、急に馬鹿と罵られる。


「解けた封印が一つとは限らないんじゃないかな」

「あっ」


 その答えがアレイシオ殿下からもたらされ、恥ずかしくなる。めちゃくちゃ初歩的で楽観的な落とし穴にはまってた。

 どんどん顔が赤くなり、ラウル先輩にまで「まあセリアまだ二年目だもんな」とフォローを入れられる。

 でもそれも悔しいです、ラウル先輩。私ずっと「セリアまだ二年目!? 優秀だなぁ!」って言われてきたタイプなので。



 この失われし評価は仕事で取り戻すしかない。ぐっと気合を入れ直す。

 その時だった。どこからか低い唸り声が聞こえたのは。


「止まってください。音も立てないで」


 すぐさまラウル先輩が指示を出し、私もアレイシオ殿下も足を止める。

 前方から「グォォォ……ン」ともう一度獣の鳴き声が聞こえる。


「ディアウルフだ。四、五匹いる」


 咄嗟に「資料にはいないって書いてあったのに」と思い、弁明のために声を出したくなってしまうが、音を立ててはいけないと踏みとどまる。

 ラウル先輩がわかっているとばかりに頷いてくれたから、多分顔には出ていた。


「かなり近いし、ここはダンジョンの中でも奥の方⋯⋯。逃げるより、戦うか。いや、迷うくらいなら。逃げましょう、俺がしんがり、セリアが先頭だ」

「はい!」


 ラウル先輩の指示に従い、走り始める。その後ろにアレイシオ殿下、ラウル先輩と続く。

 だが最初の曲がり角で、またディアウルフと遭遇してしまった。


「なんでこっちにも!?」

「挟まれたか、最悪だ」

「ラウル、私の存在で判断を変えないように。一人の魔法使いとして数えてくれるかい?」


 アレイシオ殿下の一言に、ラウル先輩が短く息を吸った。どうやら、殿下を危険な目に合わせたくないという判断で逃げるのを選んだらしい。

 ディアウルフは後方に四匹、前方に一匹。もう戦うしかないが、先ほどより状況は悪くなっている。

 とりあえずできることを伝えた方がいいと、私も口を開いた。


「十回くらいディアウルフに突進されても壊れない結界なら作れます! 私とアレイシオ殿下が入れるサイズで!」

「セリア、お前のできることはわかった。が、あえてその上で言う。一匹任せた、五匹の相手は俺が死ぬ」

「えっあっはい!」

「アレイシオ殿下はセリアのフォローをお願いします。ご武運を」

「わかった。ラウルもご武運を」



 待ちきれないとばかりにディアウルフが吠え出す。咄嗟に杖を取り出して叫ぶ。


「結界術展開!」


 咄嗟に展開した壁状の結界にディアウルフが突進する。間一髪だったようだ。

 その好きにアレイシオ殿下が水の矢でディアウルフを攻撃してくれるが、あまり効いている様子はない。私も攻撃に参加したいが、この程度の結界では、次の突進で壊れるだろう。

 私が追加で結界を展開すると同時に、アレイシオ殿下の放った水の矢が、ディアウルフの肩を穿つ。攻撃の強度を上げたようだ。


「光属性魔法を指向固定、収束ーー放出」


 結界が二枚あればいいだろうと、私も攻撃に参加する。

 数発の矢を受けてもディアウルフは怯まず、吠えながら結界へと突進する。衝撃に結界が軋み、ひびが走った。


「次で割れる……!」


 即座にもう一枚、結界を重ねる。二重の壁が突進を受け止め、ようやく勢いが止まった。

 その隙に、光の矢と水の矢が雨のように降り注ぐ。

 そうやって、体感的には長い時間が経ったあと、ディアウルフは動かなくなった。


「ふぅ⋯⋯これ、終わった、でいいんですよね?」

「そうだね。私もディアウルフ討伐は初めてだけど。倒したと思っていいんじゃないかな」

「疲れましたね⋯⋯。でも、私はラウル先輩の応援に行かないと。アレイシオ殿下、一応見張っといてもらってもいいですか?」


 アレイシオ殿下に了承いただき、後ろを振り返ろうとしたとき、ラウル先輩の「右に避けろ!!」と叫ぶ声が聞こえる。

 咄嗟に右に跳んでから後ろを振り向けば、さっきまで私のいたところにディアウルフがいて、また私の方に向かって来ている。

 遠くに「クソッ」と鬱陶しそうに、ディアウルフを一匹を斬って遠ざけようとするラウル先輩が見える。待っていたら確実に食われる。自分で魔法を展開しないと。


 止まった頭を放って、体が勝手に動いた。結界術ではなく光魔法を使った。

 冷静になれば結界を張って攻撃を防ぎ、ラウル先輩を持っても良かったし、もう一度アレイシオ殿下に協力してもらって、光の矢と水の矢で倒すこともできた。

 ただ、本当に反射で動いてしまった。


 その光魔法は、一瞬だけあたり一面を照らしすぐに収束した。そしてその一瞬でディアウルフが倒れ、隣のアレイシオ殿下が「え?」と驚いたような声を出した。

 やらかしたと気づいたが、それ以上にディアウルフを退けた安心が勝って、その場にずるずると座り込む。言い訳、考えないと。


「大丈夫か!?」


 ラウル先輩の足元に纏わりついて邪魔していたのが、最後の一匹だったらしく、それを切り捨てたラウル先輩が駆け付けてくれる。


「あ、はい。なんとか」

「良かった。ところで最後の魔法、ありゃ何なんだ?」

「退魔的な効果がある光魔法です。モンスター専用の目潰しみたいなもんで、普段はこんなに効果ないんですけど」


 駆けつけてもらうまでの十数秒間で考えた言い訳を披露する。ラウル先輩の顔を直視して嘘をつく勇気は出ず、自分の杖を見ていたら何故か先端が震えていた。

 ラウル先輩は「コイツ結構ダメージ入ってたからな」と疑問に思う様子はない。


「お前、手震えてんぞ」

「これ震えてるの、杖じゃなくて手だったんですね」

「大丈夫か。大丈夫なら、最後の二つの簡易封印もやっといた方がいい。じゃなきゃ次もディアウルフと戦う羽目になる」

「大丈夫です。やります」


 ラウル先輩は、ちらちらと私たちの戦いも見ていたらしく、アッサリと計画続行の判断をした。

 その後は特段モンスターに遭遇することもなく、淡々と簡易封印を設置し、入り口まで戻ることができた。


「無事、簡易封印が完了して良かったです。セリアの仕事はここからが本番だろうから、お前はまだまだ気張っていけ」

「はい! ありがとうございます!」

「じゃ、無事戻るまでが計画ってことで。行きのセリアの箒が若干早かったので、帰りは俺が先頭を飛びます」

「すみません」


 アレイシオ殿下はディアウルフのことがあってから無口で、それまでは楽しそうに笑っていたラウル先輩の軽口にも反応しない。


「アレイシオ殿下、大丈夫ですか? お疲れでしたら近くの宿に泊まりましょうか?」

「いや、大丈夫だよ。少し気になることがあってね」


 そう言いながらアレイシオ殿下は私の方を見る。ああ、やっぱり気になりますよね。


「あーセリアの光魔法。あれすごかったですもんね」

「あんまり言わないでくださいー! 本当にただの目潰しなんです」

「はいはい、わかったわかった。まあ大丈夫そうなので出発しますが、途中でも疲れが出たら言ってください」


 ラウル先輩が出発し、アレイシオ殿下と私もそれに続く。



「セリアはあの魔法が得意魔法なのかい?」


 箒の後ろでアレイシオ殿下に話しかけられ、困る。

 しかも、そういう聞き方をされるとは思っていなかった。

 予想外だけど、アレイシオ殿下は知ってたんだ。異母姉であるルミエナ殿下。いや、同母兄に王位継承者争いで勝った第一王女の、得意魔法を。


「違いますよ。初めて覚えた魔法だっただけです」

「初めて? あの魔法は使える人が限られている特殊魔法のはずだけど」

「それは別の魔法ではないでしょうか⋯⋯私の魔法はただの目潰しのようなものです」


 苦しい言い訳を続ける。

 きっと、アレイシオ殿下は見たことがあったのだ。ルミエナ殿下の干渉光(かんしょうこう)魔法ーー光魔法の一種でありながら、使う人の限られる特殊魔法を。


「そう。似ていると思ったんだけどなぁ」

「何にですか?」

「姉上の得意魔法に」

「姉上ってル」


 名前を呼びかけた私を、アレイシオ殿下は「こらこら。その続きは言わないように」と冗談めかして止める。


「私の兄と喧嘩されてね。私の前では名前も出してはいけないことになってる」

「激しい喧嘩ですね」

「そうなんだよ。おかげで姉上の魔法を見る機会も失ってしまってね」


ーーだから今日、似ている魔法を見ることができて良かったよ。


 その言葉に、不信感を抱かれていないという安心感よりも、アレイシオ殿下が良かったと思えたのなら、今日のあの魔法は使って”良かった”と思ってしまった。

 だって、内緒の話みたいに、姉の話をするアレイシオ殿下がなんだか可愛らしく見えてしまったんだもん。


 危険な橋を渡ったというのに、私はいまいち反省しきれなかった。

 そしてそれが、次は取り返しのつかないミスになってしまったのだ。


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