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44話 王子様にも初めてがある

 明日は休日という今日、終業の鐘が鳴ると我先へと皆が執務室の出口へ向かう。

 私は不在期間が長かったから、もう少し進めたいと書類に向かう。そうやって魔法工事課は私と課長の二人だけになった。


「セリアー! ちょっと来い!」


 課長、今居残りの時間ですよ。そう言いたいのをぐっと堪えて、課長の席に行く。


「セスどうだー?」

「えーと、頑張ってると思いますよ」

「そうかそうかー」


 含みのある聞き方に、小骨が引っかかったような気持ちになる。


「何かあったんですか?」

「お前が戻って来てからなんか元気やからな」

「そりゃ私に仕事全部返せば、封印開発課に戻れますし、元気にもなるのでは⋯⋯?」

「ん? あいつ正式に配属替えにするぞ」


 一切全く聞いていない話が持ち上がって、目を瞬かせた。セスは封印開発課の方が向いてると思うけど。


「前は封印開発課に戻りたがってたけど、お前が来てからはこっちの方がいいらしい」

「えと、そうですか⋯⋯」


 理由に心当たりがなく、ただただ首を傾げる。実質仕事が半分になったからだろうか。でも封印開発課の頃も、そこまで仕事が多いようには見えてなかった。


「セリアの教え方が丁寧らしい。後輩初めてだろ? 評判いいぞ! 良かったな!」

「えぇ? ありがとうございます!」


 これお褒めだったんだ。課長の珍しい褒め言葉に、結構びびる。居残り中に呼び出されたし何事かと思っていたから、一安心だ。


「ついでにこれやる」

「何ですか?」


 課長からぽいっと紙を一枚渡される。見てみれば、何かの割引券だ。


「牡蠣小屋の割引券。冬の間ほとんど春の島に応援に行ってたし、まだ行ってないだろ」

「ありがとうございます! まだ行ってないです!」


 牡蠣は秋の島でも食べられる場所があるけど、私の地元からは遠くて行ったことがない。これは、かなり嬉しい。



 席に戻ってキリがいいところまで仕事を片付ければ、日は完全に落ちてしまっていた。やっぱりこの時期は日が落ちるのが早い。

 忘れないようにもらった割引券をカバンに入れようとして、気づいた。この割引券、明日までじゃん。

 来週ヴィオラを誘って行こうと思っていたのに⋯⋯。


 ダメ元でヴィオラがまだ残っていないか確認するため、とぼとぼを階段を上る。案の定、もう帰っていた。

 仕方がないから一人で行くかと、もう一度階段を下りようと執務室から出ていく。


「セリア? こんな時間に二階に来てどうしたんだい?」

「お疲れ様です、アレイシオ殿下。ヴィオラが残っていないか見に来たんです」


 上席管理官室からアレイシオ殿下が出てきた。居残りなんて珍しい。けどよく考えてみれば、アレイシオ殿下も春の島へ行っていたわけで、仕事が溜まっているのかもしれない。


「こんな時間に? 何か困っているなら手伝うよ」

「いえ、課長から明日までの牡蠣小屋の割引券を貰ったんです。それでまだ残っていたら誘おうかなと」

「なるほど、それは残念だったね」


 アレイシオ殿下も帰宅するところだったようで、二人で並んで階段を下りる。


「アレイシオ殿下は牡蠣小屋行かれたことあるんですか?」

「ないよ。機会があれば行ってみたいけどね」


 その言葉に、鞄の中にある割引券の存在が頭を過ぎった。これって、機会では?


「⋯⋯じゃあ、行きます? 明日ですけど」


 その言葉に、アレイシオ殿下は声を上げて笑い出した。やっぱり、王族を前日に誘うって不敬だったのかな!?


「急に誘ってすみません⋯⋯」

「ごめんね、違うんだ。セリアならそう言ってくれるだろうと思ってたんだけどね、それでも面白くて」


 ピンと来なくて困ってしまう。それにしてもアレイシオ殿下、私で遊んでるよな。


「王族を牡蠣に誘ってくれる人っていないんだよ。当たったときが怖いから」

「あっ! 失礼しました! 一人で行くのでお気になさらず」


 足を止めて大慌てで頭を下げる。そりゃそうだ。


「待って待って取り下げないで」

「えと?」

「一緒に行こうよ。ね?」


 頭を下げた私を、アレイシオ殿下が覗き込む。綺麗な男の子に機嫌を伺われるって、なんだか破壊力がすごい。

 すごいスピードで脈打ち出した心臓に、出口がすぐそこで良かったと思いながら、小さな声で承諾の返事をした。



***



 牡蠣小屋へは、私の住む下宿から箒で半刻ほどかかる。

 しかも乗り合い馬車があまりない夏の島では、箒で移動する魔法使いがそれなりにいる。

 休日の空は混み合うのだ。


 他の魔法使いにぶつかることがないよう、一人で慎重に飛ぶ。とっても暇だけど、アレイシオ殿下と一緒に行くことにしなくて良かったとも思う。こんな大勢の中で一緒に飛んでいたら、目撃情報多数で大変なことになってしまう。


 牡蠣小屋の前に到着して、きょろきょろと周囲を見渡す。アレイシオ殿下はまだ到着していないようだ。


「セリア、おはよう」


 後ろから知っている声に話しかけられ、振り向く。確実にアレイシオ殿下なのだけど、髪色が違う。いつもの煌めくブロンドは、平凡な茶色の髪になっているのだ。


「えっ? アレイ」

「今日は殿下って言わないこと。遮ってごめんね」


 アレイシオ殿下に発言を遮られ、小声で囁かれる。周囲の目を警戒しているのは、どうやらアレイシオ殿下も同じらしい。


「わかりました。アレイシオさん、でいいですか?」

「うん、それで頼むよ」



 牡蠣小屋に入って、炭火を挟んで向かい合うように座る。

 大量の牡蠣を受け取り、焼き方を教えてくださいと、運んでくれたおじさんに伝えた。


「二人はどっから来たと? 旅行と?」

「旅行じゃないです! 二人とも夏の島に住んでるんですよ!」


 おじさんは牡蠣の焼き方を実践しながら、私たちに雑談を振る。旅行客も多いのか、焼いてあげることに慣れているのだろう。


「じゃあ兄ちゃん、夏の島の男なんかいな!」

「えっと、そうですね?」


 多分アレイシオ殿下はこういう絡まれ方に慣れていない。救いを求めるような目を向けられた。

 合ってますよと、目だけで返す。


「夏の島の男っち言うたら、牡蠣くらい焼けんといかんっちゃろ! 女の子に逃げられるばい!」


 やばい、牡蠣小屋のおじさんに怒られるアレイシオ殿下、面白すぎる。慣れないことにたじたじのアレイシオ殿下の手前、我慢しようと思っていたけど無理だった。

 笑いが漏れていまって、アレイシオ殿下に恨みがましい目を向けられる。


「今日、勉強して帰ります!」


 割り切ったアレイシオ殿下が大きな声で宣誓して、思いっきり声を立てて笑う。いやそれは反則ですって。



「これは⋯⋯レモンが最高だね!」

「私もそう思います!」


 自分たちで牡蠣を焼けるようになり、もはや何個目かはわからない。色々な食べ方を試し、レモンをかけて食べるのが一番美味しいという結論にたどり着く。


「美味しいー! もう当たってもいいー!」

「いや当たらないでね? セスが泣くよ」


 庶民だらけのこの空間に馴染んみきったアレイシオ殿下が、牡蠣の殻を開けながら言う。


「セス? なんでですか?」

「評判だよ。セリアの教え方が良くて、ずっと元気がなかったセスが最近元気だって」


 嬉しいけど照れるし、なんか今じゃないかも。褒められているはずなのに、なぜか負の感情がよぎる。

 じゃあ私はアレイシオ殿下と一体何の話がしたいのか。今日の私はなんだか我儘だ。


「それはそれは⋯⋯仕事の話やめません?」

「んー。じゃあ気になっていたけど、セリアは言葉が綺麗だよね」


 敬語という意味だろうか。確かにアレイシオ殿下は、今日は普段より少し砕けた言葉遣いだと思う。とはいえセリアも敬語を使わないでと言われても、絶対に無理。


「敬語ですか?」

「ん? あぁ。そうじゃなくて、秋の島の方言出ないよね」

「魔法学校でしっかり矯正されたんですよ」

「そうか。紅葉の学府卒だったね」


 そうですと私が肯定すれば、アレイシオ殿下は、さらに学生時代の頃を深掘りしてくる。こういう共通の話題じゃない話って、盛り上がらなさそうで、結構怖いぞ。



「じゃあセリアって、空から素麺流して空中で食べる遊びも、池に飛び込むギリギリで飛行魔法発動するチキンレースもしてないの!?」

「いやそれ両方男子の遊びですから。そりゃしないですよ」


 愕然とした顔を見せるアレイシオ殿下に、私だって驚く。この人学生時代、相当やんちゃだったんだな。いや、気配は感じていたけれど。


「セリア箒早いし、絶対男子に混ざって遊んでたと思ってたんだよ」

「偏見です偏見」


 箒自体は、魔法学校を卒業している魔法使いなら、当然皆乗れる。だけどスピードや高度は本人の技量次第で、まあ私は結構得意ではある。もっと言えば理由にも心当たりがある。


「女子は結構、五人乗りとかしてたんです」

「そういえばしてたかも。でもあれって、四人暇じゃない?」


 アレイシオ殿下の言葉に、わかると内心相槌を打つ。男子は自分で箒の操縦をしたい奴ばかりだし、女子はなぜか面倒くさがる。


「なんか女子箒嫌いな子多かったんですよ。だから私の操縦率高くて、上手くなりましたね」

「五人乗りって上達するの⋯⋯!?」


 アレイシオ殿下が真剣に唾を飲み込む。その顔が面白すぎてゲラゲラと笑ってしまう。


 私が最初に心配したのは裏腹に、牡蠣小屋での会話は驚くほど盛り上がった。なんかこう、引くほど笑った。

ここまでお読みいただきありがとうございます。

水・土に更新します。

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