41話 マレーナ・アクア
宴も終盤になってくると、私は一人でワインを持て余していた。
そんな私のもとに、見知った部下が歩いて来る。
「マレーナさん、探したんすけど」
「リオネルくん、わざわざ私のこと探してくれたの?」
少し酔った様子で杯を合わせた彼と共に、ワインを一口含む。
素直じゃない部下、後輩だった期間の方が長い彼が、私のことを探していたなんて珍しい。
「なんで普通に旦那さんといないんすか?」
「貴族に囲まれるの、嫌なのよ」
だから必要最低限よりはそれなりに多い挨拶をこなした後、わざわざ人気のないところを探したのだ。
それよりも彼は、今まで一体どこにいたのだろう。リオネルくんを厳しい先輩だと思っている後輩たちがこの姿を見ていたらと思うと、かなり面白い。
「魔法班の皆も、囲みたがってましたよ」
「最初は一緒にいたじゃない」
「そっすね。だから戻らなくていいすよ」
「あらあら、何を言っているのかしら」
支離滅裂なことを言っている。かなり酒に飲まれているようだ。
だけど私より彼こそ、アクアハース・リストレーションも功労者だろう。現場を知らない上司を支えながら、魔法工事の案を出し調査をし、モンスターの相手までさせられた。
なのにこの功績に、班長として残る名前がマレーナ・アクアなのが申し訳ない。
「今日くらい、俺が独り占めします。結婚してからマレーナさん飲み来ねえし」
「あらあら」
ついさっき言ったばかりの言葉を、困ったようにもう一度繰り返す。確かに私はお酒が好きで、独身の頃はよく後輩たちを連れて、飲みに行っていた。
「魔法班長として乾杯の音頭取ったくせに、気づいたらアクア男爵家としてお礼言ってまわってるし」
「リオネルくん。アクア男爵家次男の嫁、という立場が私にはあるのよ」
むしろその立場あってこその、魔法班長という肩書だった。この保険を使わなくて済んだのは良かったことだけれど、良い方に転んだからと女性の立身出世の代表格みたいな扱いを機構から受け始めたから、かなり複雑だ。
私はもともと、アクア男爵家の意見も取り入れたという記号でしかなく、現場で魔法管理官を引っ張り続けたのは、リオネルくんなのだから。
「それは知ってますけど、セリアのこと気に入ってるのが一番ムカつく。ムカつきます」
「言い直しても一緒よ」
「ああいう若手好きですよね。現場好きで、魔法技能高くて、仕事早いやつ」
「その条件の部下を嫌いな上司はいないんじゃないかしら?」
「あ、認めた!」
幼く騒ぐリオネルくんに、どうしましょうこの子と生温かい目を向ける。この間、二十五歳になったはずなのだけど。
「セリアちゃん苦手だったの?」
「そらそうすよ!」
一も二もなく肯定されて、記憶を振り返る。セリアちゃんを邪険に扱っているような様子はなかった。
むしろセリアちゃんにとっても成長になるだろうと、二人合同の仕事を増やしたし、時間も余裕もない中で、よく面倒を見てくれていたと思う。
「表に出さず仕事を進めてくれて、ありがとう。リオネルくんも成長したのね」
「⋯⋯うす」
満足そうに、リオネルくんはまたワインを飲んだ。すぐお酒に負けるところは中々成長しないわね。
今でこそ、こんなに懐いてくれているリオネルくんだが、六年前初めて会ったときは「マレーナさんって美人なだけで何もしないって有名な人だろ。先輩ハズレすぎ」と目の前で言い放ってくれた。
それを思い返せば、セリアちゃんに対する態度は、かなり成長している。
まあ、仕事ができなくても、ちやほやされていた当時の私にとっては、いい薬だった。
「ついでに相談いいすか」
「あら、今の状態で相談に乗っても、リオネルくん覚えておけるの?」
「覚えておけます。ってか素面で無理っす」
酔っていないとできない相談だと言うリオネルくんに、首を傾げる。プライベートの話なのかしら。
私も少し理性を崩すかと、もう一口ワインを含む。
「色んな人から、セリアが春の島管区に来たばかりの俺みたいだって、言われてんすけど」
「そうねぇ」
リオネルくんが春の島管区に配属になったのは、ちょうど六年前。当時のリオネルくんは十九歳で、確かに現場が好きで、魔法技能が高くて、仕事の早い若手だった。
先輩を恐れないところも、似ているかもしれない。
「あいつ十七なんで、比較しないでほしいし。実際でも、十九の俺より仕事できてるかもしれねえし」
「うーん、仕事は同じくらい。だけど素直さはセリアちゃんに軍配ってところかしら」
「冷静な分析やめてもらっていいすか? それに今日の魔法工事、俺の名前残らねぇのにあいつの名前残るんすよ⋯⋯」
「そうねぇ、セリアちゃんの評価は一段階上がるでしょうねぇ」
「マレーナさん、それ追い打ち。で、さっきセリアにインターフェア教えてくださいって言われたんすよ」
リオネルくんがやさぐれている理由を察する。干渉光魔法インターフェアは、他の魔法管理官にはない、リオネルくんの強みだ。
一年くらいかけて習得した当時、ちょうど席を並べて働いていた。
自分に似ていて、その上自分より優秀かもしれない後輩に、おいそれと渡したくはないだろう。
「引き受けたの?」
「や、保留に⋯⋯。あの、マレーナさん。俺がこれ断ったら、やっぱ引くすか?」
「それは⋯⋯理由によるわね」
真面目に回答すれば、リオネルくんは驚いた顔をしたあと、困ったとばかりにワイングラスをぐるぐる動かした。
「なんなんすか⋯⋯。絶対引くって言うと思ったのに」
「干渉光魔法は今すぐ必要ではないし、リオネルくんの仕事はそれを教えることじゃないでしょう。干渉光魔法を教えることが、リオネルくんの心の負担になって、仕事が上手く回らなくなるなら、やめておいた方がいいと思うわ」
「やめておきます。ってか見透かされて驚いてます」
リオネルくんは安心したのか、残っていたワインをぐいっと飲み干した。こういうところが、まだまだ心配なのだ。
「かわりに仕事の面倒は、しっかり見てあげてね」
「そりゃ、そうしますよ⋯⋯」
良い返事をした割に、目が回ると言ってリオネルくんはその場にしゃがみ込んだ。
私はもう現場で魔法管理官として働く仕事はできないだろうし、現場の知識も魔法技能も上がらないだろう。
だけど優秀な後輩たちが、こうやって相談してくれるから、少しでも気持ち良く働けるよう、頑張って行こうと思う。
女性の立身出世の代表格なんて称号も、不相応だと思うけれど。私が矢面に立つことで、セリアちゃんたちが伸び伸びと働けたらいい。
潰れた後輩を見ながら飲む酒は、旦那と飲む酒とは違う美味しさがあるはずなのに。今日はワインが苦かった。
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来週から、水・土の週二回更新します。




