38話 光干渉魔法インターフェア①
アクア男爵領の病院で、ひたすら手を握りしめている。
ラウル先輩はダンジョンを出たところで、しゃがみ込んでしまった。大慌てで病院に運び込まれ、治療している。
ここには、私とアレイシオ殿下だけが残って、他の皆は機構に戻っている。
帰り際に制圧班長が、急いで夏の島に連絡を入れろと指示していたのが、もうよくわからないほど怖かった。
「セリア! ラウル先輩が怪我をしたって」
「ヴィオラ⋯⋯?」
病院の廊下をヴィオラが走っている。機構にいるはずのヴィオラがどうして。
「リオネル先輩が箒に乗せてくださったの」
私の手を上からギュッと包み込んだヴィオラが、先手を打って私の疑問を解消してくれる。
「実家は南の島で両親や兄弟はすぐに来られない。ここではお前らが家族のようなものだろう」
リオネル先輩の言葉に、心臓がギュッと掴まれて、自分の思う通りに脈を打つことができない。
正面を見れば、ヴィオラが静かに涙を流していた。
泣くヴィオラを抱きしめて長い時間が経った頃、やっと治療室の扉が開いた。
「大丈夫、無事ですよ。後遺症も残りません。倒れたのは、血を流したまま動き続けたからです。目が覚めたら怒ってあげてください」
先生がそう言った瞬間、ヴィオラが声を上げて泣き出す。私もつられて、もう一度涙が出た。
「うわぁぁん! 良かったぁ、良かったぁ」
「良かった、わたし、私のせいで⋯⋯」
私たちの後ろで、アレイシオ殿下が先生たちと詳しいことを話していてくれている。絶対に間違っているとはわかってるけど、この涙を止める方法も、しゃっくりを止める方法もわからない。
「セリア、俺はラウルの無事を伝えに機構に帰る。また多分誰か来るから、目が覚めるまでいてやれ。わかったか?」
「っひく、はい」
リオネル先輩はそう言って、病院を出て行った。
入れ違いに戻って来たアレイシオ殿下と一緒に、ラウル先輩の病室に向かう。
ラウル先輩の目は既に薄く空いていて、案内してくれた看護師が「回復早いですね」と小さく呟いた。
「セリア?」
「ラウル先輩!」
小さく呟いたラウル先輩に、三人揃って身を乗り出す。
「無事か? アレイシオ殿下もお怪我ありませんか? ⋯⋯他の皆も」
「無事です!」
「私も他の皆も無事だよ」
「良かった⋯⋯」
もう一度目を瞑ったラウル先輩に、ヴィオラが大声を出した。
「良くありませんわ! ラウル先輩に何かあったら、わたくし⋯⋯わたくし!」
他の人に迷惑でもあると、宥めるようにヴィオラの背中を撫でる。
「ヴィオラ? 落ち着けって。お前、せっかく可愛いんだからさぁ⋯⋯」
そう言うと、ラウル先輩は穏やかな寝息を立て始めた。ヴィオラの顔は真っ赤だったけど、泣いたせいなのか怒ったせいなのか何なのか。それはわからなかった。
***
ラウル先輩が二度目に目を覚ました頃、制圧班長が来て、状況を教えてくれた。
まず、ラウル先輩の無事を家族に伝えられたということ。ラウル先輩は、アクアハース・リストレーションへの復帰が難しいため、一足先に夏の島に帰ること。ソレニオ殿下が見舞金をくださったこと。
制圧班は再発防止案を考えていること。ソレニオ殿下が内々に王立騎士団への協力を取り付けてくれて、明日正式に協力依頼に行くこと。
今後アクアハースに入れる魔法班員は、対モンスター適正がある魔法管理官に限定すること。それに伴って、マレーナさんはアクアハースにはもう入れないこと。
私とヴィオラは明日仕事を休んでいいということ。
「本当にいいんですの? わたくしたちまで」
「構わないよ。こうやって緊急時に使うために、使用人も雇われているからね」
アレイシオ殿下は、ソレニオ殿下からラウル先輩のことを任されたからという大義名分で、病院にほど近い王家所有の屋敷に泊まることにしたらしい。
その屋敷に私とヴィオラも泊まらせてもらえることになったのだ。
「そうですの。でしたら、一晩お世話になりますわ」
「ありがとうございます」
それぞれお礼を言い、使用人から屋敷や部屋の説明を受ける。
その別れ際、アレイシオ殿下から後で中庭に出るように耳打ちされた。
中庭は春の島らしく、春の花が多いのだと思う。この寒い時期には、何も咲いていない、ただの枝が多かった。ヴィオラならそれでも見分けがつくのかもしれないが、私にとってはただの枝だ。
「セリア、待たせたね」
「アレイシオ殿下、特に待っていないので大丈夫です」
アレイシオ殿下に勧められ、ベンチに並んで座る。春ならば、目の前に桜の花でも広がるのだろう。
「今日は怖い思いをしたね。大丈夫かい?」
「えっと、怖いのは大丈夫です」
優しく問いかけてくれたアレイシオ殿下に、なんて言うべきか迷う。
私には悩んでいることがあって、それをこの人に聞いてもらいたい。それはこの人にしか言えないことだ。だけど例えアレイシオ殿下以外に相談できる内容でも、アレイシオ殿下に相談したい自分がいる。
その上で、この内容をアレイシオ殿下にぶつけるのはきっと、間違えている。だから、言うべきじゃないと結論づけた。
「何が大丈夫じゃないんだい?」
「その⋯⋯あんまり⋯⋯言えないやつで」
もじもじと動かす指先を見ている。吐き出した息は白いけどすぐ見えなくなる。
「私には言っていいんだよ」
視界にアレイシオ殿下の手が入って、私の冷たい指先は、温かくて大きな手に捕まえられる。
見上げたアレイシオ殿下の顔は、全てわかってくれている穏やかな顔をしていた。
「後悔してるんです。インターフェア、使わなかったこと。使えば、ラウル先輩⋯⋯怪我しなかったのに!」
アレイシオ殿下は続きを促すように小さく頷いた。指先から伝わる体温からも、安心感が伝わってくる。
「マレーナさんも、モンスターに対抗する術を持ってないのに、私のこと身を挺して庇ってくれようとして。なのに、私⋯⋯。でも、私がインターフェアを使ったら⋯⋯」
「セリアは、どうして結界術を使ったのかい?」
「⋯⋯干渉光魔法を使っちゃいけないからです」
「違うよ。インターフェアを使わなかった理由じゃない。結界術を使った理由は?」
改めて問われる。それは、結界が一撃で割られると思っていなかったからだ。
「インターフェアを使っても、同じ結果だったんじゃないかい?」
「それはないです」
首を左右に振る。私はルミエナ殿下の影武者として、何度も未攻略ダンジョンに潜っていた。オークにインターフェアが効くのは、経験でわかっている。
「そうなんだ。じゃあ次同じ状況になったら、インターフェアを使おう」
「でも、契約が、それに⋯⋯。私、ルミエナ殿下の王位を揺るがしたくないんです。すみません、アレイシオ殿下にこんなこと⋯⋯」
「それでも使うんだ」
アレイシオ殿下は、手を少しだけ強く握り直す。
「残念なことに、王位継承争いで死んでしまう人はいる。だけどせめて、それは王位継承争いに関わった人であるべきで、ただの民であってはならない。人を殺す時も一緒なんだ。王位継承争いのために人を殺すのは、主君のために手を汚す覚悟を決めた人間だけでいい。それができないなら、内乱が起きているのと変わらない」
次は私が小さく頷く。
「君がルミエナ殿下の王位を望んでいること、薄々気付いていた。だけどそれは、手を汚す覚悟があるほどじゃないだろう?」
冷え切っていた指先に、アレイシオ殿下の対応が伝わっていく。私は小さく首を縦に振った。
ルミエナ殿下にここまで援助してもらって、この言葉を否定できないこと。ずっと間違いだと思っていた、だけどアレイシオ殿下はそれに気付いて、否定もしない。
「ルミエナ殿下の即位よりも前に君が干渉光魔法を使えるよう、私も方法を考えよう」
「⋯⋯どうやって」
「例えば、夏の島管区に干渉光魔法の講師を呼ぶ。それでセリアが習得したって、誰もルミエナ殿下とは繋げないだろう」
「はい」
具体的な方法に、どれだけこの人が私に心を砕いてくれているのか、わかっていく。
「だからお願いだ。私の手配よりも先に同じ状況になったら、君は迷わず干渉光魔法を使ってくれ。自分のせいで人が死ぬという罪を、セリアに背負ってほしくない」
アレイシオ殿下の目は、まっすぐ私に向いている。私も、まっすぐアレイシオ殿下を見ている。
私は今日間違えたこと。次どうしたらいいのかわからないこと。アレイシオ殿下に聞いてほしかった。
きっとアレイシオ殿下は、このお願いを私にしたかった。そういう目を、していた。
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