33話 今の仕事と、今後の人生
「セリアは港町のどこに行きたいんだい?」
「夜景を見に来ただけなので、もう満足しました」
「⋯⋯せっかくだし、商人会館でも行こうか」
アレイシオ殿下に連れられ、海の近くである商人会館へ行けば、こんな時間だというのに人が多く賑わっていた。
「商人会館って、遅くまでやっているんですね」
「つい先ほど終了したよ。だけどここは、夜景が綺麗だと有名なんだ」
アレイシオ殿下の言葉に、周囲を見渡した。
魔道具の光が赤い壁を照らしていて、確かに情景がある。
「私は、箒から見下ろした夜景の方が好みです」
「へぇ」
ただ好みの話をしただけなのに、アレイシオ殿下は意味深に目を細めた。
「アレイシオ殿下は、どちらがお好きなんですか?」
「そうだね⋯⋯。この規模の魔法具なら、アクアハースから魔力を引かなくても使える。だけど私も、先ほどの夜景の方が好みなんだ」
そういうアレイシオ殿下の言葉は、好みの話をする重さではないように感じる。
「ついでに船も乗ろうか」
「船、どこへ向かうのですか?」
「港町の中心部に戻るだけの、観覧目的の船だよ」
アレイシオ殿下は、アクア男爵領にかなり詳しいようだ。完璧なエスコートにむしろ疑問を感じてしまう。
「アレイシオ殿下、アクア男爵領に詳しいんですか?」
「あぁ、ソレニオ兄上が調べていたんだ。アクアハースを閉鎖した場合、どれだけ経済に影響が出るのか。どれだけの民が職を失うのか。代わりになる仕事や商品を作れないか」
「王宮は、そういうことも考えるんですね」
「全ての視点から物事を集めて、最終判断を下すのが仕事だからね」
船の運賃は、乗り合い馬車より少し高い程度だった。この程度ならと思って財布を出しても、アレイシオ殿下に制されてしまう。
船に揺られながら、帰ったらヴィオラに教えてあげようと決める。
「海から見た港町、すごく綺麗ですね。私が旅行で来ていたら、景色楽しみながら宿に戻れるの、楽で嬉しいです」
温泉街の魔法馬車も、きっと同じ考え方で作られたのではないだろうか。
「春の島は、お客様を楽しませる工夫でいっぱいですね」
「私もそう思うよ」
***
船を降りると、アレイシオ殿下は温泉街に戻ろうかと箒を出す。
「ありがとうございます。でも、港町からの方が機構に近いので、私は今晩はここで宿を取って泊まります」
「その必要はないよ。温泉街に着いたら、監視役たちを叩き起こして王宮に戻らせるから、ついでに機構に寄ってもらおう」
「それは⋯⋯監視役の人たちに悪いです」
「貴重な仕事の時間を削って、私への嫌がらせに精を出しているのだから、多少は痛い目を見てもらわないとね」
アレイシオ殿下の瞳に、怒りが滲む。相当嫌な内遊だったようだ。
飛び上がった空は行きよりも寒くて、私はこそっとアレイシオ殿下の背中に横顔を当てる。
不敬かな。でも、人の体温って、温かい。
少しずつ遠さがる港町は、やはり燦々と輝いている。この灯火は、誰かの仕事で、誰かの生活に直接繋がっている。一度ダンジョンに潰された生活を取り戻した、明るい光だ。
「⋯⋯それでも、アクアハースは閉鎖した方がいい」
私の小さな呟きに、アレイシオ殿下の鼓動が跳ねた。バクバクと速まるその音に、咄嗟に声をかけてしまう。
「あの⋯⋯、どうしました?」
「少し勘違いをしていてね。セリアは、安全に魔力を利用する方法を見つけると気合いを入れるため、港町に行きたがったのだとばかり⋯⋯」
「えと、覚悟を決めようと思って来ました。王宮はアクアハースを閉鎖しない方針なんですか? あれ、でも、ソレニオ殿下は⋯⋯?」
アレイシオ殿下の鼓動がどんどん強まっていく。確実に聞いてはいけないことを、聞いてしまっているようだ。
「これは、ラウルにもヴィオラにも秘密にしてね」
「はい」
「王宮としての方針はまだ決まっていないけど、ソレニオ殿下は閉鎖派だよ。だけど私は、継続利用派なんだ」
「アレイシオ殿下、継続利用派なんですか!?」
「極めて個人的な理由でね。それに、閉鎖後の始末はソレニオ殿下が考えているから、私は継続利用の方法を考えている。それでセリアは、覚悟は決まったのかい?」
少しずつ、アレイシオ殿下の鼓動の音が普通になっていく。
私は問いに、肯定の返事ができなくなった。
「覚悟決めたつもりだったんですけど⋯⋯よくわからなくなりました」
「私の秘密を聞いたのだから、セリアも話すといいよ」
アレイシオ殿下は、ソレニオ殿下が代わりになる仕事や商品を作れないか考えていると言っていた。それは、ソレニオ殿下だけでなく、それを考える仕事の人がいるということだ。
「アクアハース閉鎖後に、住民が不幸になるとは決まっていない⋯⋯。私が覚悟を決める必要はなかった気がします」
「それは、もっと早く気づいてほしかったね。ラウルのためにも」
アレイシオ殿下は、小さく笑った。多分脳裏に、複雑そうなラウル先輩の顔が浮かんでいることだろう。
「ラウル先輩にも言われたんですけど、私の仕事は閉鎖か継続か決めることじゃないです」
「うん? そうなんだ」
「今はひたすら雑用をしています。封印時の実行部隊として、応援に呼ばれたような気がします」
「危険な役回りを無事果たせると、期待されているんだね」
そういう考え方もあるのか⋯⋯。私は、春の島の人はダンジョンを舐めているとしか思えなかった。
「思い至りませんでした⋯⋯」
「私は春の島管区のことを知らないから、間違ったことを言っているかもしれないよ」
「はい。それに継続利用のやり方次第では、期待に応えられないと思います」
私の言葉に、またアレイシオ殿下の鼓動が速くなる。
「そう思うなら断ろう」
「えっ⋯⋯」
魔法管理官は、時に命をかけるような仕事をすべき時もある。今回は制圧班もいるのだから、可能性が高いのは怪我ぐらいだ。
「王子ではなく私個人として、セリアには元気に夏の島に帰って来てほしい。春の島のために、体を張らなくてもいいんだよ」
「応援だから、ですか?」
「そうだね。春の島のために体を張るべき管理官が、君の他にいるはずだ」
アレイシオ殿下の言葉に、さらにわからなくなる。
「じゃあ、私が応援に呼ばれた意味ってなんでしょう?」
「セリアは優秀だから、色々考えてしまうのだろうけど、君はまだ二年目なのだから、もっと単純に考えてもいい」
「もっと単純に?」
「君が雑用をこなす事で、皆は他の仕事に集中できる。君が安全なところから魔法を使うことで、危険な仕事に魔力を残すことができる人がいる」
言葉に耳を傾けながらも、思ってしまう。そんなの、私じゃなくたっていい。
「そして君はここで学んだことを夏の島に持ち帰って、次はもっと責任ある仕事をすればいい」
目の前が開けた。それに私だって最初は、まずは勉強だと思っていた。言われていた。
「納得できたかい?」
「できました⋯⋯。色んな人に同じことを言われていた気がします」
「そうなんだ。良い担当官がアクアハース・リストレーションに関わっているんだね」
「はい! 見習って夏の島に帰ります!」
元気に返事をしたセリアの前で、アレイシオも一つ、気づいたことがあった。気づいてしまった、ことが。
ーーもしも私が、ルミエナには影武者がいて、本人がダンジョンに潜っていたわけではないと公表したとして。
ーーもう一度王位継承者争いが起これば、また無意味な人事の見直しがされる。多くの民にとっては小さな波紋であろうが、本人にとっては、人生そのものかもしれない。
ーー大局に影響はなくとも、今動いている事業は、傾くかもしれない。臣下の努力を捨てる、最悪の形で。




