表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
33/46

32話 夜の空旅

「お前ら、おっそい」


 温泉から出たら、待ちくたびれたラウル先輩から苦情をいただく。

 そして私は、そんなラウル先輩にさらに申し訳ないことを、今から言う。


「ラウル先輩すみません! 私今から港町に行きます! ヴィオラと先に帰っててください」

「は?」

「ヴィオラとはもう話しました!」


 ラウル先輩が今までで初めてくらいの間抜けっ面を晒す。


「いや待て、いや、え、今から? なんで」

「私仕事中ずっと、アクアハースはもう閉鎖すればいいって思ってました! だから報告書読んでも、何の感情も湧かなかったんです!」

「待て、その話でかい声ですんな」

「あっすみません。今日ヴィオラと話して、初日に見た港町の夜景を思い出しました。それを、もう一度見に行きます」


 ヴィオラに助けを求めるような目を、ラウル先輩が向けている。だけどヴィオラのことは、もう説得済みだ。


「わかった。じゃあお前はもう見に行かなくていい。思い出せたなら、わざわざ見に行く必要はない」

「違います。私は秋の島の人間です。心の底では、春の島を舐めています。秋の島がたくさんの犠牲を出しながら得た技術を真似して、犠牲なしで今の利益を得た春の島の住人は、ダンジョンの怖さをわかっていない」


 敢えて強い言葉を選ぶ。そうすると、優しいラウル先輩は少し怯んだ。


「そう思っているなら、逆に何で見に行くんだ」

「ヴィオラの話を聞いて、自分が揺れてしまったので、見に行きます。私たち魔法管理官の命のために、全部諦めろって言う。その景色を目に焼き付けます」

「結論に影響を与えられるのは、魔法班ではマレーナさんだけだ。それでも行きたいのか」


 あぁ行かせてくれるのかと。ラウル先輩の表情でわかった。


「行きます」

「ヴィオラ、悪いが一人で帰ってくれ。こんな時間から、女一人で港町まで行かせられない」

「えっ! 乗り合い馬車だと明日の朝までに帰れません」

「はぁ!? 夜通し飛ぶ気か!?」

「飛びます。明日も仕事なので」


 ラウル先輩はとうとう天を仰いでしまった。好意を無下にする、失礼な後輩だとわかっているので、何も言えない。


「セリアは箒の方が早く着くし安全だろうし、一人で行くのは認める。だが一つ条件だ。マレーナさんには言っておくから、宿屋に泊まれ」


 ここが妥協点だろうと、私も頷く。そうやって三人で、温泉を出た。



 今日は箒を持って来ていなかったから、箒を売っている店を探す。出発までは見届けると、ヴィオラとラウル先輩もついてきてくれている。

 そんな時だ。やけに高貴な人が乗っていそうな豪華な馬車が、私たちの隣に停まった。


「三人とも、今日は休みなのかい?」


 馬車から降りてきた見覚えのある人に、三人揃って驚きの声を上げた。


「アレイシオ殿下!?」


 アレイシオ殿下は、後ろに控える護衛たちを手で制して、私たちの方へ向かってくる。そして、人差し指を立てて口の前に持っていく。内緒話だ。


「私もアクアハース・リストレーションの件で、ソレニオ兄上に呼ばれたんだ。だけど、時代に取り残された無能の王子が王宮をうろうろしていると、働いている人間の意欲が下がると言われてね。監視付きで内遊させられている」

「それは⋯⋯大変ですね」


 ラウル先輩が代表して、言葉を選んだ。


「三人は帰るところなのかい?」

「わたくしとラウル先輩は帰るところですの。ぜひ馬車に乗せていただけると助かりますわ」


 できれば一緒に来てほしい。その気持ちが透けているアレイシオ殿下に対して、ヴィオラが先回りする。

 だけどアレイシオ殿下は、ヴィオラとラウル先輩だけが帰るということが、気になったらしい。


「セリアは帰らないのかい?」

「私は港町に行きます」

「どうしてまた今から⋯⋯」


 不思議そうな顔をしたアレイシオ殿下に、ヴィオラとラウル先輩が二人揃って首を振った。私からも思いっきり見えてるけど。


「現地調査です」

「⋯⋯そう。私も行こうかな」

「はい?」

「この通りをまっすぐに行って、最初の分岐を左に曲がったすぐのところに、細い道がある。そこを少し歩けば、周りを建物に囲まれた空き地があるんだ。そこで待ち合わせにしよう」


 何を言い出したのか全くわからない私たちを他所に、アレイシオ殿下は「宿屋から一人で抜け出す予定だったんだ。目的地を決めていなかったから、案内役を頼むね、セリア」と言い残して去って行く。

 珍しく、断る隙をくれなかった。



***



 指定の場所で三人待っていれば、アレイシオ殿下は思いの外早く来られた。


「そういえば、結構男の子⋯⋯でしたわね」


 明らかに慣れているアレイシオ殿下に、ヴィオラが小さく呟く。


「あのアレイシオ殿下、私まだ箒買えてなくて」

「後ろに乗ればいいよ」


 手早く私を箒の後ろに乗せ、アレイシオ殿下は飛び立つ。

 ラウル先輩は終始、複雑そうな顔でアレイシオ殿下を見ていた。



 薄暗くなった空から見下ろした温泉街は、出歩いている人が減っているようだ。

 灯りもあまりなく、今から寝静まる夜となることを感じさせた。


「セリア。あまりラウルを困らせてはいけないよ」

「えっと⋯⋯すみません」


 アレイシオ殿下が、私も行こうと言ったとき。ほっとした表情を見せたつかの間、首を振ってそこからずっと複雑そうな顔をしたラウル先輩に、アレイシオ殿下も気づいていたらしい。


「だから一緒に来てくれたんですか?」

「違うよ。本当に一人で抜け出す予定だったんだ。監視付きの内遊なんて、楽しくないからね」


 そう言ったアレイシオ殿下は、それなりのスピードで、港町に向かって飛ぶ。目的地は決まっていないと言っていたけれど、本当は港町に行くつもりだったんじゃなかろうか。


「一人で抜け出すのは、楽しいことなんですか?」

「意外だね。⋯⋯セリアも、夜に学校を抜け出していたタイプだと思ってたんだけど」


 本当は楽しくないからじゃなくて、視察に行きたかったんですよね。その意図は上手く伝わらなかった。

 それどころか、アレイシオ殿下には、同類だと思われていたらしい。魔法学校時代、夜中に寮を抜け出して遊びに行く同級生はいたけど、私は参加していない。


「男子はよく抜け出してましたけど、私はやったことないです」

「そっか。じゃあ、抜け出して夜の空を飛ぶ楽しさを、私が教えてあげよう」

「え?」

「手、箒じゃなくて腰にまわして。思いきりしがみついていてね」


 私が言われるがままアレイシオ殿下の腰にしがみつけば、箒の速度が急加速する。

 夜だから、他に飛んでいる人も魔法馬車もないけれど、昼間だったら、人とぶつかりそうな速度だ。

 最初はヒヤッとしたものの、徐々に慣れてくると、すごい勢いで過ぎていく街並みと、いつか掴めそうな勢いで近づいていく夜空がとても綺麗だ。


 自分で飛ぶよりはかなり早く、港町が見えてくる。そうするとアレイシオ殿下は、箒の速度をグッと落とした。


「どうだったかい?」

「なんだかクセになりそうでした⋯⋯。誘ってくれなかった魔法学校の同級生はずるいです」


 アレイシオ殿下は、声を立てて笑う。

 二人で話すときによく思うけれど、アレイシオ殿下は意外とよく笑う。王子様の微笑みではなく、ちゃんと口を開けて声を立てて笑うのだ。


「私はラッキーだったけど」

「どうしてですか?」


 私の疑問には答えず、アレイシオ殿下は前に飛ぶのをやめて、その場で方向転換した。


「左を見てごらん」

「⋯⋯綺麗!」


 建物を彩る、無数の光。ただ眩いだけじゃなく、光のない海の暗さ。そして建物や大型遊具の高さが、立体感を生み出している。

 箒に乗れないと見られない、この景色を見ている自分の方が、ずっとずっとずるい。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ