30話 新人時代の教え
まず勉強からという私の考えは、一瞬で覆されてしまった。
二日目の視察に行って以来、私の有用性が制圧班の先輩たちにばれてしまったようで、五日連続で視察に駆り出されたのだ。
期待された魔法工事の担当官としての役割を全く果たせぬまま、ひたすら結界を張る日々に、疑問はかなり浮かんだ。
だがそんな時ほど思い出せ。
自分に任せていいと思ってもらえる仕事があることが、誉れである。
新人時代の教えを胸に、ひたすら結界を張り続けたのだった。
「セリアちゃん、今日は視察ないよね?」
「あ、はい。当分ないそうです」
机に向き合える日を恋しく思う日が来るとは。そう思いながら魔法班の部屋に入れば、待ち構えていたらしいマレーナさんに声を掛けられる。
「これ、魔法班がアクアハースに行ったときの報告書なの。時間がなくて地図や図面に落とし込めていないから、セリアちゃんにお願いするわね」
マレーナさんが指差した、私の机は書類の山に覆われている。
「全部、ですか? あと、地図と図面の写しはどこに⋯⋯」
「えぇ、全部よ。地図の写しは事務班に、図面の写しはないから作ってね」
穏やかな顔でとんでもない量の仕事を依頼される。その圧に、マレーナさんってやっぱ出世株なんだなと、夏の島の課長を思い出した。
「わかりました。いつまででしょうか?」
「来週まででお願いね。あとまた視察があったら、セリアちゃんを貸してほしいって頼まれたの。だから視察がないうちに、お休み取ってね」
現実的な期限を提示されたかと思った後、とんでもないことを言われる。
アクアハース・リストレーションを気にしている貴族は多いようで、制圧班は常に視察に追われている。
つまり私は来週まで、視察に参加し休みも取り、その上でこの量の仕事を終わらせないといけないのだ。
いや違う、思い出せ。自分に任せていいと思ってもらえる仕事があることが、誉れである。
私は適当に積まれた報告書を、まず分類することにした。まずは大雑把に、地図に落とすか図面に落とすか。
それができたら、地図の写しは何枚必要か考える。
基本的に、余計な書類を作らない方がいい。だから一枚にまとめるのがいいはずだが、封印と魔力利用の内容を一枚にまとめてしまうと見づらくなりそうだ。
「マレーナさん、封印と魔力利用って、地図分けた方がいいですか?」
「そうね⋯⋯。一緒のと分けた地図をそれぞれ作ってちょうだい」
「わかりました」
じゃあ地図の写しは三枚必要。いや、四枚もらおう。
そう決めたら事務班の部屋に行くために立ち上がった。
事務班の部屋には、ありがたいことにヴィオラがいた。
「ヴィオラ、地図の写しもらいたいんだけど⋯⋯」
「お疲れ様、セリア。地図は先ほど制圧班があるだけくれって持って行ってしまったわ」
早速話しかければ、ヴィオラは困ったように首を振る。
「何枚必要か把握できていないようだから、余るとは思うのだけれど⋯⋯」
「じゃあ制圧班に頼みに行く」
「えぇ、そうしてちょうだい。あと私、急に明日休みになったの。セリアはお休みを取れているのかしら?」
「私も今日、近いうちに休めって言われたよ」
そう言った瞬間、ヴィオラが私の手をガシッと掴む。
「へっ?」
「明日遊びに行くわよ。ついでにラウル先輩も誘ってあげてもいいわ」
そのまま立ち上がって、どんどん歩いていく。いや、私は制圧班に用事があるからいいけどさ⋯⋯。
「ラウル先輩はいるかしら?」
制圧班の部屋の扉を開け放ち、ヴィオラが言う。制圧班の人たちは、物音や人の気配に敏感で、部屋に入れば必ず注目を浴びるから、実はこれは正しい対応だ。
ラウル先輩に用事があると知った皆は、興味を失ったように自分の仕事に戻っていく。
「どうしたんだお前ら」
「わたくしたち、明日は休みにして遊びに行くことにしましたの。ご一緒にいかが?」
「明日ァ?」
困ったように頭を掻いたラウル先輩に、こりゃ仕事なんだなとわかる。
すると、後ろから制圧班の責任者がやって来た。大きい声で仕事以外の話しすぎた!
「ラウルお前、こっち来てから一度も休んでなかったよな」
「あ、はい。そうですけど⋯⋯」
「じゃ、ちょうどいいし明日休んどけ」
私とラウル先輩は顔を見合わせた。気を遣ってもらえたようだ。
「あざっす」
「お気遣いありがとうございますわ」
お礼を言うラウル先輩とヴィオラに合わせて、私も頭を下げた。
そもそも私たち、移動を含めたら七連勤だもんな。
「あ、私は地図の写しもらいに来ました」
「あぁ、何枚?」
「四枚ください」
地図の写しはあっさりもらえた。これで仕事の続きに取り組める。
喜ばしいことだけど、仕事を前に進められるということは、今日も居残りだということだ。
春の島に来てから、終業の鐘で帰れるということがなくなっていて、少しだけ肩が重い。
私は口の中で、新人時代の教えを転がした。
自分に任せていいと思ってもらえる仕事があることが、誉れである。




