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3話 第三王子 アレイシオ殿下

 クアドリア王国は、季節により色とりどりの美しさと、どんな季節でもそれぞれ全く違う楽しみがある。四季により生活が彩られている国なのだ。

 この国は大きな四つの島で構成されており、それぞれの島が一番美しいと評判の季節の名を取り「春の島」「夏の島」「秋の島」「冬の島」と名付けられた。

 そのクアドリアの夏の島に広大な領地を持つマリネア公爵家を実家に持つ第二王妃。その第二子が第三王子アレイシオである。



***



 執務室が急にざわめき出した。私もペンを持つ手を止めて、ざわめきの発生源に目をやる。

 アレイシオ殿下だ。


 アレイシオ殿下は上席管理官として個室を持たれている。同じく個室を持たれている夏の島管区のトップ、管理卿はよく皆の様子を見に執務室に来られるが、王族としての遠慮なのかアレイシオ殿下はあまり執務室には来ないらしい。

 そりゃざわめきも起こるかと、私は向き合っていた資料に視線を戻そうとした。


「セリア、いてくれて良かった。頼まれていた資料が見つかってね」


 ざわめきが一段と大きくなる。アレイシオ殿下の用事の相手が平民のセリア・ノアル。それどころか資料をパシリ!?

 周囲の皆の心の声が今だけは聞こえる。


「あ、アレイシオ殿下!? わざわざすみません! これからは私が取りに行くので! 用事がある時も呼び出されたら私が部屋に向かいますから!」

「あははっ! セリアは面白いね。従者もいないのに、誰がセリアのことを呼出しに行くのかな」


 焦った私を見て殿下が躊躇なく笑う。思わず顔が赤くなって目を閉じれば、ふと気づいた。

 そういう構図に見せかけた周囲への説明だ、これ。


「そうでした。従者がいないから、来客取り次ぎ係に任命されたんでしたね」

「一人で運べない資料のときは、運ぶのも手伝ってもらうからね」

「もちろんです」


 王宮と違い、ここにアレイシオ殿下の従者はいない。皆納得できたらしく、さっさと自分の仕事に戻っていく。

 私は流石に来客を正門まで迎えに行くのは身分上まずいアレイシオ殿下の、来客取り次ぎ係でもあるから、話していること自体は驚かないだろうし。

 ちなみに、来客取り次ぎ係になったのは、当然のごとく平民ゆえである。


 渡してもらった資料を確認して、表紙にまず首を傾げる。王宮の資料である印章がない。


「これ王宮の資料じゃないですよね?」

「あぁ、この資料はマリネア公爵家にあったんだ」

「そうなんですね」


 マリネア公爵家は夏の島に広大な領地を持っている貴族だ。そして確かアレイシオ殿下のお母様である第二王妃殿下のご実家でもある。

 夏の島のダンジョンの資料があることも、アレイシオ殿下の伝手でその資料が手に入ることも何も不思議じゃない。

 特に疑問に思わず、お礼を言って終わらそうとすれば、アレイシオ殿下はいつもの穏やかな笑みが消えた顔をしていた。


「あの、アレイシオ殿下?」

「⋯⋯ちょっと資料で気になることがあってね。部屋で話そうか」


 ダンジョンに不審な点があったんだろうと、先ほど感じた違和感を撫で下ろし、アレイシオ殿下についていく。

 上席管理官の個室に入れば、アレイシオ殿下用の執務机だけでなく、小ぶりな打合せ用の机と椅子が二脚。

 アレイシオ殿下がその片方に腰を下ろし、私にも椅子を勧めてくださったから、私ももう片方に腰を下ろした。


「セリアは秋の島出身の平民なんだよね?」

「はい」


 ダンジョンの話ではなく、急に身の上を確認され、不思議に思いながらも頷く。



「それ、本当?」


 部屋の温度が下がった気がした。

 一瞬、王女の影武者であったのがばれたかと頭に過ぎったが、聞かれているのは出身地と身分だけだ。

 では何を確認されているのだろうか。全くわからなくて、しどろもどろに答える。


「そうですけど⋯⋯」

「怖がらせたか、ごめんね。急にマリネア侯爵家とか言っても驚かないし何も聞かないし、平民なのに詳しいから驚いたんだよ」


 いつもと同じ穏やかな顔に戻ったアレイシオ殿下に、ほっと息をつく。

 確かに私は、本当だったらあり得ないくらい、金がかかった教育を受けているから、周囲の想像する平民と知識量が違うのだろう。


「通っていた魔法学校が、貴族と平民が半々ぐらいだったので、確かに詳しいのかもしれません」

「そうなんだ。だから私がここで働いている理由も聞かなかったの?」

「いえ、それは⋯⋯。わからず、後で課長に聞きました」


 核心に触れる話題に、思わず目をそらす。確かにアレイシオ殿下の境遇では、身分を偽っているか疑うこともあるだろう。


「気まずく思わなくていいよ。王位争いに負けたのは、私ではなく私の同母兄だからね。私は別に何とも思っていないんだ」

「⋯⋯でも、左遷されたんですよね。自分で仕事を選べないって、嫌じゃないですか?」


 思わず口に出た私の言葉に、アレイシオ殿下は机を叩いて笑う。

 そりゃ私だって、アレイシオ殿下がいくら臣下の道を選んだと言っても、王宮の文官や王立騎士団の騎士ではなく、王宮直属とはいえ地方のダンジョン保全機構で働くなんておかしいと思った。ただそれが初日の態度に表れなかったのは、王子が上司というそれ以上の衝撃があったからだ。


「確かに君、平民だな! 自分で仕事を選びたい、か。貴族にはあまりない考え方だ」

「そうなんですか?」


 年相応な顔で、笑いながら話すアレイシオ殿下に、驚いて口が半開きになってしまう。

 机でも叩いて、大きな口を開けて。この笑い方。結構、男の子だ。

 そんな私の挙動に気付き、アレイシオ殿下はもう一度いつもの穏やかな顔を取り戻した。


「そうだよ。貴族は家を継いだり、結婚が仕事って令嬢も多い。そして平民が自分で仕事を選べるのは、国が豊かで平和な証拠だ。だから私は、平民が自分で仕事を選べるような治世が続くのなら、次の国王が兄上でなくたっていい」


 わかるかい? と穏やかに問いかけられて、思わず肯定する。

 だけど先ほどの年相応な笑顔を見てしまったからか、この穏やかな仮面で告げられた言葉が、本心なのかはよくわからなかった。



「あとね。私は存外、この仕事が向いているようだ」


 お仕事モードに切り替わったアレイシオ殿下が、私に資料を開くよう指示をする。

 言われるがままに資料を開けば、問題のダンジョンの封印にされた封印の種類や、同じ封印がダンジョン内のいたるところで使われていたことがわかる。


「欠陥がある封印って一つだけでしたよね?」

「発見されたのは、っていうことだったみたいだね」


 つまり、今後はダンジョン内でたくさんの封印が解ける可能性があるということだ。


「やばいですね」

「簡易封印だけでなく、最終目標の魔法工事も急いだほうが良さそうだね」


 最初の現場調査で封印が解けてしまったせいで、目先の対応に追われていたが、最終目標はダンジョン全体の歪みを抑えるための魔法工事だ。

 魔法工事内で全ての封印をやり直すというのは決まっているから、工事が終われば無事に全てが解決する。だけどそれじゃ間に合うかなんてわからない。

 だけど考えてみれば、もう他の封印箇所も全部、先に簡易封印を施した方がいいんじゃないだろうか。


「それと他の封印箇所も全部、先に簡易封印を施した方がいいと私は思ったんだけど、ダンジョンの専門家としてセリアの意見も聞かせてくれるかい?」

「全くもって同意見です」


 アレイシオ殿下、この仕事向いてますね!

 せっかくの気遣いに、私もとびっきりの笑顔を返した。

 この人は立場も身分も違うけれど、隣に並んで同じ方向を向いている。

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