28話 ソレニオ兄上①
アレイシオは手紙の内容にざっと目を通し、これは当分夏の島に戻って来られないと判断する。
急いで管理卿に相談するが、そもそも上席管理官とはアレイシオのために作られた役職である。
お飾りの要職者になるはずだった王子としては、随分仕事に参加させてもらっているし、当てにしてもらっていると感じている。だがアレイシオの不在が、ダンジョン保全機構にとって大きなマイナスになることはない。
当然ではあるが、一切引き留められることなく、夏の島を出発することができた。それがむしろ、この場所を気に入り始めたアレイシオにとっては、寂しいことでもある。
ただ重ねて言うが、第一王子ソレニオからの直接の呼び出しを拒否できるのは、国王と次期国王ルミエナのみ、本当に当然なのである。
「ご無沙汰しております、ソレニオ兄上」
久々に兄であるソレニオの執務室へ足を踏み入れる。
想像していた通りではあるが、ソレニオはアレイシオの記憶にある頃よりもっと、やつれていた。
「あぁ、久しぶり。急に呼び立てて悪い。手紙に書いた通りだが、どうしてもお前の力を借りたくてな」
性急に話を進めるソレニオは、ようやく手元の書類から顔を上げて、少しばかり顔を歪める。
アレイシオが立ちっぱなしだということに気づいたのだろう。気遣いのできるソレニオにしては、かなり珍しい。
「座ってくれ。⋯⋯すまない」
「大丈夫ですよ。その、お疲れのようですね」
アレイシオの言葉に、ソレニオは手で顔を覆う。もう誤魔化しが効かないと判断したようだ。
ソレニオは髪と瞳こそルミエナやアレイシオとお揃い色をしているが、体格は全然違う。高い背丈と広い肩幅という、ルミエナやアレイシオにはない雄々しさを持っているのだ。
ただなぜかルミエナと比較すると、ソレニオよりもルミエナの方が”強そう”という印象になる。
それは、この優しさが滲む表情。そしてルミエナの奔放さと比較した際の、臣下を気遣う性格のせいなのだろう。
ソレニオと直接関わった人間は皆、お日様のような暖かさと、雲の切れ間から覗くような優しさを感じると言う。
それはアレイシオも感じていることではあるが、その性格ゆえに背負い込んでしまうものが多いことも知っている。
「ソレニオ兄上、以前は大したお力になることができず、王宮を去ってしまったこと。大変申し訳なく思っておりました。此度はその払拭を晴らすべく、兄上の力となる所存です」
「違う、アレイシオ。お前が王宮去ることになったのは、俺⋯⋯私の力不足だ。いやそんな話をするために呼んだわけではない⋯⋯。ダンジョンのことは、私よりお前がよっぽど詳しいだろう。ありがたく力を借りよう」
ソレニオは夏の島の大貴族、マリネア公爵家を後ろ盾に持つ王子、その第一子だ。王位継承者候補として祀り上げられず、好きなものを好きなように学んだアレイシオとは違う。
夏の島の強みである、農耕や漁業、畜産。そして貿易や外交を徹底的に叩き込まれ、そして本人の素質ゆえか財務や軍務にも強い。そう、それが強みなのだ。
なのに今回は、アクアハース・リストレーションの統括責任者となってしまった。
「実は先日、アクアハースの視察に行った」
「それは⋯⋯どうでしたか」
「酷い有り様だった。モンスターもかなり多かったが、魔力媒介石は構造上の理由で五階に置く必要があり、半年に一回は触媒を変えたり結界を張り直したりしているそうだ」
ソレニオの言葉に、思わずアレイシオは黙り込む。今までは無事だったかもしれないが、死人が出てもおかしくはない状況だ。
「ダンジョン保全機構の管理官たちも疲労が色濃かった」
「それは⋯⋯」
アレイシオは、ソレニオの言葉の続きがわかってしまった。
「早く結論を出してやらればならん。そしてそれを、次期国王であるルミエナ殿下に言わせるわけにはいかない。それが陛下の判断だと思っている」
「では、私が呼ばれたのは」
「俺も、俺の側近もダンジョンのことは詳しくない。この判断が早計だったら教えてくれ」
アクアハース・リストレーションは、アクアハースの閉鎖という結論で幕を閉じる可能性が高い。
そしてその恩恵を失う港町に住む民の恨みを、ソレニオが一身に受ける。
そうなっても尚、兄は王宮から逃げられない。益々居心地の悪くなったここで、敵対する派閥の貴族や文官、自分をこき下ろす民と、自分の派閥の貴族や文官に挟まれ続ける。
そうやって自分についてきてくれた臣下を、守るのだろう。
一度は公表しないと約束したルミエナの弱点。その存在がどんどん頭の中で大きくなっていくのを、アレイシオは自覚していた。




