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27話 アクアハース

 マレーナさんが、建物の間をぐんぐん潜り抜ける。この箒の扱い方は、もはや飛ぶというより走るに近い。

 マレーナさんは現場歴が浅いことを気にしているって聞いたことがあるけれど、こんなに上手く飛べたら十分ではないだろうか。

 私は余裕でついて行けているけれど、後ろを飛ぶラウル先輩は一杯一杯に違いない。


 後ろで衝突音がする。予想できていたことなので、冷静に箒を翻し、ラウル先輩のもとに駆け寄る。

 ただラウル先輩は自分で持ち直すことができたらしく、その場で止まって滞空していた。


「一旦、休憩しましょうか」


 マレーナさんもすぐ引き返してきてくれて、そのままゆっくり降下していく。


「だから言ったじゃないですか。皆と馬で来たほうがいいですよって」

「箒に乗れるならお前だけでも先に行けって言われたんだよ!」

「乗れてません。春の島基準では」


 私の冷たい目に、ラウル先輩は黙り込む。夏の島と春の島の空の状況が違うのは、少し考えれば気づくじゃないですか。


「ラウルくん、悪いけど急ぎだから、少し休憩したらもう一度頑張ってね」

「大丈夫です、マレーナさん。私が後ろに乗せます」

「は? お前大丈夫かよ」


 助け舟を出してあげたというのに、疑うような声を上げたラウル先輩に怒りが湧く。私のこと舐めてます?


「私は大丈夫です。箒での怪我が多いのは、操作する人より後ろに乗る人です。ラウル先輩は自分の身の安全だけ考えてください」

「えっ怖。つか怒ってる?」


 ラウルは余計なことを言いながらも、テキパキと自分の箒を片付けていく。

 マレーナさんもこうしている時間が惜しいとばかりに、もう一度跨がった。


 春の島管区に応援が必要だったというのは、本当だった。二日目にして既にそれを実感している。

 事務班が忙しさのあまり、視察の共有を忘れており、昨晩知った制圧班はどう足掻いても遅れると言いながら、早朝に馬で出発。

 箒に乗れる私たち三人は、集合時間に間に合うはずだと、やはり朝から空を飛んでいる。

 ちなみに、他の魔法班の先輩は、都合がつくわけなかった。



***



 アクアハースの前に着くと息を整えるまでもなく、三台の馬車が到着する。今更だけど、視察に来られる人って誰なんだろう。

 私の注意とは裏腹に、バタバタと出てきたのは事務班。というかヴィオラだ。


 そもそもこの視察の共有漏れ発覚は、歓迎会から帰った私を、寮でヴィオラが待ち構えていたことが切っ掛けだった。「帰って来るのが遅いですわ! 集合時間に間に合わなくてよ!」と怒るヴィオラに、何か食い違いがあるなと気づく。二人して大慌てで機構に戻れば、初日から引き継ぎで居残りになったと笑うラウル先輩がいて、まぁつまり。

 引き継ぎ時の失敗を生かすことができたとも言える。


「ソレニオ殿下のご到着ですわ!」

 

 その言葉に驚きを超えて恐怖を感じる。この突貫メンバーで王族の視察。春の島の人手の足りなさがよくわかった。


 馬車から、一人の青年が降りてくる。

 日の光を反射して煌めくブロンド、夜空が零れ落ちたような、深いロイヤルブルーの瞳。

 優しそうな微笑みはアレイシオ殿下にそっくりだけど、鍛えられた肩幅とぴっちりと整えられた髪が、別の人間だと伝えている。


「私はソレニオ・ヴァレン。此度、国王陛下よりアクアハース・リストレーションの統括責任者を拝命した。諸君らの働きに期待している」


 周囲の人が一斉にお辞儀をし、私も慌てて頭を下げた。いや、教えておいてくれ。



 その後、マレーナさんの采配により、アクアハースと魔法についての説明をすることで、なんとか制圧班が来るまでの時間を稼ぐことができた。

 正直ソレニオ殿下はこの不審さに気づかれているような素振りもあったが、指摘されることはなかった。ラウル先輩曰く、優しいだけじゃなく臣下の気持ちを察することに長けた人らしいから、敢えて言わないでいてくれたのかもしれない。

 そうやってようやく、ダンジョンに入る。


「早速出てくるのか。引き継ぎ書通りだな」

「引き継ぎ書もらえたの、羨ましいです」

「は?」


 すぐにスライムと遭遇し、制圧班の先輩たちが応戦する。

 そしてそれをなぜか、ラウル先輩とゆったり眺めている。


「つか、俺も前に出てー」

「それはそうでしょうね」


 表向きには、連携の練習をしていないからという理由で、後方に回された。

 そしてなぜかヴィオラに、戦闘には参加せず、ソレニオ殿下の近くにいるよう耳打ちされたから。


 ラウル先輩は不満だろうが、私の結界術は正直護衛向きだから、否やはない。


「うぉっ」


 ラウル先輩が急に剣を振る。カンッと高い音がして、何かが床に落ちた。


「えっ」


 何があったのかはわからないが、私もソレニオ殿下と自分と、ついでに周囲の人が何人か入れる結界を展開する。

 床を見れば、投げナイフのようなものが落ちていた。


「どういうことですか?」

「よく見えねぇけど、奥あれゴブリンじゃね?」


 ラウル先輩の指さす方を見る。確かに奥まったところが、影になっていてよく見えない。

 迷わず、光魔法も使う。

 そうすると、制圧班の先輩たちが「ゴブリンだ!」と口々に言い、スライムとゴブリンに人数を分けて対応し出した。


「私たちの存在に関わらず、連携不足なのでは⋯⋯?」

「セリア、お前って先輩怖いって感情無さそうだよな」



 そのままどんどん、ダンジョンの上へ上へ進んでいく。

 そうして最奥である五階に上がってやっと、マレーナさんが「これです」と言って立ち止まる。


 私くらいの高さの、白い魔法石。正面のみ透明で、開閉できるようになっている。中は緑の複数の石とそれを繋ぐように動く赤い光。そして、魔法石を囲む結界と、無数の結界の残骸。

 ひと目で、加工されたものであること、人の手で維持しているものであることがわかる。


「これが港町への魔力の供給を行う人工魔法石です。正式名称は魔力媒介石ですが、私たち地元の人間はハースと呼んでいます」


 まず技術的なことではなく、呼称に言及したマレーナさんに少し違和感を感じる。

 それと同時に、かつて住んでいた町を思い起こした。建ち並ぶダンジョンと墓標。集まった魔法具士。行き場のなくなった冒険者。色街。燃えた河川敷。振り上げられた酒瓶。一生治らない怪我をした、人。


「港町復興の主題であった魔力炉という意味で名付けられました。そしていつしか、このダンジョン自体がこう呼ばれるようになったのです」



ーーアクアハース


 それは、この町の人たちが一度ダンジョンに潰された生活を、取り戻すため必死で向き合った証。


今日は投稿遅れてしまい申し訳ございません。

いつも読んでいただきありがとうございます。

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