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25話 アクア男爵領

 春の島におり立ち、その人の量に圧倒される。 見渡す建物の構造や雰囲気は、秋の島や夏の島と変わらないのに、出歩いている人の多さ、そして建物の高さと数が全然違う。

 王都が近いってこういうことか。そう納得はするのだけど。

 周囲を見渡せば、最近の魔法工学を駆使して作られた大型遊具を見つけ静かに興奮する。春の島は、こういう娯楽に魔法を使っているのが面白い。


「すごい! 見て、あれ」

「わたくしは何度も見ているから、凄さよりもアクア男爵家の商魂たくましさを感じますわ」


 ヴィオラは伯爵令嬢だし、春の島には何度も足を運んだことがあると聞いている。やはり、今更思うところはないようだ。


「確かにすげぇけど、今回の仕事の原因みたいなもんだろ。にしても、船下りたらバナナ食いたくなるな」


 そして驚いたことに、ラウル先輩も春の島に来るのは、初めてのことらしい。ダンジョン保全機構の研修は、秋の島でやることが多いから、私もそうだけど。


「ラウル先輩、バナナを港街で売っているのは、夏の島だけです」

「じゃあもしかして、カレードリアも?」

「夏の島だけですね」


 ガクッとうなだれるラウル先輩を、どうフォローしようと思うか悩む。


「気を取り直してくださいまし。シウマイや肉まんが美味しいですわよ」

「港町って大体それ美味しくない?」

「おだまり」


 私よりも先にヴィオラがラウル先輩に声をかけるが、その内容に多少引っ掛かってしまう。

 その二つ、秋の島でも夏の島でも食べられる。せっかくなら、春の島でしか食べられないもの、食べたいけれど。


「ありがとよ⋯⋯。けどあれだな、先に宿取らなきゃな」


 魔導船とはいえ、夏の島と春の島は遠い。船の中で一泊し、今日も既に夕方だ。

 港町でもう一泊し、明日ダンジョン保全機構 春の島管区に行くことになっていた。


「私が一番詳しそうですし、私が案内しますわ。紹介してもらった宿屋を教えてくださいまし」


 ラウル先輩が、ヴィオラにメモを渡す。私は事前に一度見せてもらっていたが、それなりに良い宿ばかりだった。宿名ではなく、目安の宿代で判断したが。

 そのため、少し多めに路銀を持って来ている。そのことに何だか、非日常を感じる。



 ヴィオラの案内で、宿屋は簡単に取ることができた。

 部屋は私とヴィオラで一室。ラウル先輩は一人部屋。

 伯爵令嬢でありヴィオラは、誰かと相部屋なんて嫌がるだろうと思っていた。だが特に抵抗なくどころか、私の意見すら請われなかったので、どうでもいいらしい。

 私は腕に傷跡があるからちょっと気になるけど、ヴィオラなら見られてもいいか。


「セリア⋯⋯」

「どうしたの、ヴィオラ?」


 それにしても、ヴィオラってやっぱり良い意味で伯爵令嬢っぽくないよな。頼りになりすぎる。そんなことを考えていたら、当の本人がかなり不安そうな声音で話しかけてきた。


「わたくし、メイドのいない生活なんて初めてで⋯⋯」

「えっ?」


 私そんな人いたことない。

 小さくて震えた声。ヴィオラの中では大きな問題なのだろうが、元の条件が違いすぎて、いまいち深刻さがわからない。


「というか、家から連れて来なかったの?」

「お父様が、結婚で島を出るのは嫌がるのに、なぜ仕事で島を出るのはいいんだと、お怒りになってしまったの」

「それは⋯⋯大変だったね」


 というかちゃんと確認したこともなかったが、伯爵令嬢であれば侍女がいて、自分の身の回りのことは何一つやらないのではないか。


「もしかしてヴィオラ、着替えとかも自分でしない?」

「それはできますわ。働き始めた頃、怒ったお父様に侍女を外されてしまいましたの」


 とりあえず、ヴィオラのお父様は相当娘に結婚してほしいらしい。


「わかんないことは教えるよ。それに春の島は、女性管理官用の寮があるから、食事の心配もしなくていいし」

「⋯⋯セリアは、そういうことをちゃんと確認していたのね」

「へっ」

「自分の詰めの悪さを反省するわ」


 励ましたつもりが、逆にヴィオラに反省を促す結果になってしまった。

 この件は、ヴィオラが困る度に手を貸せばいい。一旦別の話に変えよう。


「せっかくだし、ちょっと外に行かない?」

「外?」

「アクア男爵領って、夜景が有名なんでしょ?」


 少し強引に、ヴィオラの手を引っ張って外に出る。ついでに、ラウル先輩に声をかけるのも、興味ないと両断された。



 外に出て、少し歩くとわかる。高い建物に、魔法具のランタンによる灯り。ただ周囲を照らすだけでなく、飾りの役割もあるだろうそれらは、複数の色を纏っている。


「わたくし、夜にこの町に来るのは初めてですの⋯⋯もったいないことをしていましたわ」

「うん。⋯⋯綺麗」


 ヴィオラと手を繋いで、その近代的な光景を眺める。仕事を開始する前に、この情景を見たこと。それを良かったと思う日が、きっと来るだろう。



***



 昼過ぎ、春の島管区に到着して挨拶を済ませると、早速私たちはバラバラになった。

 三階にずらっと並ぶ部屋たち、これ全てが今回の事業団の臨時本部らしい。私は魔法班、ヴィオラは事務班、ラウル先輩は制圧班。それぞれ割り当てられた部屋に別れて入っていく。


 部屋に入ると皆の注目を一身に集め、慌てて自己紹介をする。


「夏の島管区 魔法工事課から応援に来ました。セリア・ノアルです。よろしくお願いします」


 頭を下げるとまばらに拍手が起き、そしてすぐに皆仕事に戻っていく。なるほど、そういう雰囲気か。


「応援に来てくれてありがとう。セリアちゃんって呼んでもいいかしら?」


 そう言って声をかけてくれた女性は、緩く巻かれたピンクブラウンの髪に同じ色の瞳をしている。もしかして⋯⋯!


「名乗り忘れていたわね。私はマレーナ・アクア。今回の魔法班長だけど、班長なんて堅苦しく呼ばないでね、マレーナさんって呼んでくれると嬉しいわ」

「マレーナさん!⋯⋯えっと、憧れです!」


 身を乗り出した私に、マレーナさんはあらあらと困ったように笑う。


「女の子の管理官、皆そう言ってくれるの」

「そりゃそうですよ! 広報誌いつも見てます! 結婚もおめでとうございます!」

「それこそもう二年近く前よ」


 マレーナさんはそう言うが、私には衝撃的だったのだ。基本的に、女性は結婚したら退職するのが普通だ。

 だから秋の島の女性管理官は、結婚を諦めた人ばかりだった。そして夏の島の女性管理官はそもそも若い人しかいない。

 就職してすぐの頃、広報誌に載っていたマレーナさんの結婚という凄さは、当時はあまりわかっていなかった。だけど働き続ければこそ気づく。本当に凄いことだ。


「それに結婚できたと言っても、婚期はかなり逃したわ。今働く若い子たちが、もっと早く結婚できたらいいのだけど⋯⋯」

「十分すごいことです!」


 確かに、女性の結婚適齢期は二十歳前後。三十歳手前で結婚したマレーナさんは、世間一般で見れば、かなり遅い方だ。

 だけど、マレーナさんはここで初めて、結婚か仕事かを選ばず、両方を掴み取った人なのだ。


「ありがとう」

「それに、魔法班長なんですよね!? 益々尊敬します!」


 その言葉にマレーナさんが少し眉を下げて、私は違和感を抱く。何か変なことを言っただろうか?

 だけどその疑問を口に出す前に、マレーナさんはお礼を言ってこの話を終わらせた。



ーー違うわ。どちらに転ぶかわからないから、アクア男爵家の関係者を要職につけた。私は上層部にとっての、保険なだけよ。


 それを口に出すのは卑屈だと、マレーナはわかっていた。



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