20話 シール・メンテ④
天井崩落があれば、今日は一度引き上げることになる可能性もあると思っていたが、それは杞憂に終わった。
ルミエナ殿下が杖を持ったまま「私が出る幕もなかったな」と言ったからだ。
その言葉に、皆が思い出した。
この方は冒険者たちと共にダンジョンを攻略した、勇敢で気高き第一王女。秋の島の希望とも呼ばれた、国内で唯一の干渉光魔法ーーリライトの使い手。
この方も足元以上に、安全な場所なんてない。
今の天井崩落を防いだのは、アレイシオ殿下と私だが、場の雰囲気は全てルミエナ殿下が持って行った。
そういう星の下に生まれた人なのだろう。
そうやって、天井崩落が起きたにも関わらず、パニックにもならず平静を保てた集団は、計画通りの魔法工事を続ける。
私は、エルネスト先輩とセスが封印を設置しているのを横目に、周囲を警戒していた。
二回も天井崩落に立ち会ったら、流石に気づく。このダンジョンは、歪みを放置しすぎたのだ。本来はもっと、早く手を入れるべきだった。
それに、今回魔法工事を実施して、数十年は安全を保てるだろう。
だけど封印は更新が必要だし、空間補正魔法が切れたら、また誰かが魔法を掛けに来ないといけない。そうしたら次こそ、死んでしまう人が出るかもしれない。
このダンジョンで取れる魔法資源を天秤にかけても、このダンジョンを運営し続けることが、正しいのだろうか。
目の端に、謎の歪みが映った気がする。
周囲の警戒のために、こまめに動かしていた視界の壁。そこが一瞬歪んだ気がしたのだ。
それが事実なら、現地調査で見つけられていない歪みだ。かなりまずい。
ラウル先輩にひと声かけて、近づく。
そうすると後ろから無理矢理突き飛ばされて、歪みの中に入れられる。
こんなことをするのは、一人だけだ。
「ルミエナ殿下⋯⋯」
「これくらいしなければ、お前とは二人で話せん」
私の非難を先読みすることで、ルミエナ殿下は私の口を塞ぐ。
はいはい、黙ってルミエナ殿下の話を聞きますよ。
「返事を態度で見せられるとは思わなかった」
そう言われて、昨日のルミエナ殿下の言葉を思い出す。
ーー原因は天井の崩壊。また同じダンジョンに潜る。次は私も一緒に。この意味はわかるか?
これは、今日同じことがあれば、ルミエナ殿下を頼るのか。それとも自分で解決するのか、聞かれていたのか。
「そういうつもりはありませんでしたが、自分の力で、自分のやりたいことを。一歩ずつ、進めているつもりです」
「そのようだな」
魔法学校の卒業前に、ルミエナ殿下に言われたことを思い出す。きっとこの返事は、その時の続きなのだ。
ーーセリア、平民出身の魔法使いであるお前にとって、私の影武者を続けるという選択肢は、決して悪いものではないはずだ。
ーーそれにお前は、皆のように魔法具に関わりたいという気持ちはあまりなく、秋の島の生活を振り回した、ダンジョンに向き合っていたいと言ったな。それは秋の島を後ろ盾に持つ、私の大きなテーマの一つでもある。
「ルミエナ殿下、私の気持ちは変わっておりません」
「ダンジョンをどうすることが正しいのか結論を出せていない。だから、もう結論を出している私の影ではいられない。だったか?」
「はい」
「これは、今後私の下に戻る可能性がある、という返事だと捉えている」
「それは⋯⋯わかりません」
歯切れ悪い私の返事を聞くと、ルミエナ殿下は背を翻して歩き出した。
そして急に足元にある花をぶちぶちと抜き出す。
「ルミエナ殿下!?」
抜いた花を投げて寄越され、咄嗟にキャッチする。
紫色のどこにでも咲いていそうな花で、赤くて長い、めしべのようなものだけが特徴的だ。
「こんな希少なものを、お前たちが素通りするのが気になってな。それにせっかく魔法工事したんだから、利益も出しておけ」
「はい?」
ルミエナ殿下の言葉が気になって、部屋を見回せば、確かに先ほど一度通っている。
「世界で一番高価な魔法植物の一つだ。国内で採れるとは知らなかった」
「えっ?」
「もっと勉強しろ」
そう言うとルミエナ殿下は、この部屋に入ってきた歪みに戻ろうとする。と言っても、この歪みを作ったのもこの人だろうが。
私どころか、魔法資源管理課の先輩たちも気づかなかった魔法植物に気づく。やはり、この人は本物だ。
いくら秋の島が後ろ盾で、ダンジョンに詳しいと言ったって、この人には政務や外交という、もっと様々な仕事があるはずなのに。
かつてのような、ルミエナ殿下に対する憧憬が思い起こされてしまって、少し動揺する。
そういうのは、ダンジョンから帰ってからだと、慌てて頭を振る。むしろ魔法資源管理課の先輩たちに、ちゃんと鑑定してもらってからでもいい。
「良かったな。これで、せっかく魔法工事したダンジョンに、人が入らず寂れていくことはない」
歪みに入る直前、ポツリとルミエナ殿下が零した言葉が、私の興奮した頭に冷や水として届いた。
ルミエナ殿下は、民の努力が報われることを願う。良い王族だ。
ルミエナ殿下は、民の納めた税が使われる事業には、相応の成果を求める。良い王族だ。
きっとこの人は、良い国王になるだろう。
私とルミエナ殿下の故郷である秋の島は、ダンジョンに振り回されてきた土地だ。
ダンジョンが多く、身の危険を感じた王族が立ち退いた。農耕や牧畜に使える土地も減った。
ダンジョン攻略という、危険な職に就かざるを得なくなった。だけど、夢を追う若者で街が再興した。
ダンジョンの魔法資源を活かして、魔法工学が栄えた。
この人は、多少の危険を無視してでも、ダンジョンを利用し尽くすと決めている。
その責任を取る覚悟がある。
私はまだ、それが正しいと決めきれない。
この人の影として過ごせば「お前が決める必要はない」と甘美な言葉を囁かれ、どこまで自分の意思で決めたのかわからなくなる日が、きっと来る。
だから。自分の力で、自分にできる範囲で、ダンジョンに向き合いたい。そうやって一歩ずつ進んだ未来の自分は。
きっと答えを出せるはずだ。
例えそれがルミエナ殿下の意志とは違って、大したことができないとしても。
それでも自分のやることは正しいのだと、自分で判断していたい。
ーー私は、答えを出せないからこそ、自分の足で現場に立ち続ける。




