17話 表向きの視察
ダンジョン”蒼海の回廊”、それは夏の島管区自慢の景観を誇るダンジョンである。安全性も徹底され、歩きやすいように整備されている。
だから、夏の島管区は偉い人の視察があったとき、とりあえず蒼海の回廊を選んでいた。
例に漏れず、今回のルミエナ殿下の視察も蒼海の回廊が選ばれている。
だがルミエナ殿下はもともと、封印に欠陥があり、そのせいでダンジョン自体も歪んでしまった、という実務的なダンジョンの視察を希望されていた。
蒼海の回廊を案内することが、ルミエナ殿下の怒りを買うことになるんじゃないか。
そういった意見が機構内で上がっており、そのせいで、蒼海の回廊内を歩く一行の足取りは重い。
「蒼海の回廊とはよく言ったものだな。美しいエメラルドグリーンの色彩と、この透明度の高さ。本物の海でも、ここまでのものは中々ない」
「ありがとうございます」
ルミエナ殿下の褒め言葉に、ダンジョン警備課長が緊張した様子で頭を下げる。
「確か、先々マリネア公爵家当主の愛した海、とも呼ばれていたか?」
「その通りです」
ルミエナ殿下のひと言で、一行に緊張が走る。やはり、実務的なダンジョンを案内すべきだったか、と皆に後悔が押し寄せているのだ。
「ダンジョンは人に害なすことが多いが、それでも我々は共存していくしかない。価値を見出だせるというのは、良いことだ」
「⋯⋯ありがたきお言葉です」
胸をなで下ろしたであろう、ダンジョン警備課長と、周囲の先輩たちを見ながら、セリアは思う。
だから言ったじゃん。
「秋の島にも景色が自慢のダンジョンがある。そこは紅葉の書庫洞と言うのだが、最近ルミエナ殿下の思索の場と呼ばれ始めたらしい。⋯⋯面白いと思わないか」
ルミエナ殿下の追撃に、とうとうダンジョン警備課長が固まってしまったのがわかる。
絶対に、運営調整課はこの噂を知ってて蒼海の回廊を選んだと思うけど、揉めに揉めたダンジョン警備課には言ってあげなかったんだろう。
いや、私は「絶対ルミエナ殿下、蒼海の回廊好きですよ!」とは言ったけどな。
「ちなみに、紅葉の書庫洞に行ったことがあるものはいるのか?」
その言葉には、当然私だけが手を挙げた。
ラウル先輩が隣で焦ったように「何目立つことしてんだ馬鹿!」と耳打ちしてくるが、そもそも私は課長に「秋の島話できるやつがいいだろ、お前行け」と言われて来た。
だからこれが仕事だ。
「名は?」
「魔法工事課の魔法管理官ーーセリア・ノアルと申します」
「セリア・ノアル。アレイシオの報告書で見た名だ。期待している」
そう言って、またルミエナ殿下は歩き出した。
私は、心臓が大きく脈打って、止まらなくなっていることに気づく。
初めてーー。いや、やっと、ルミエナ殿下に公の場で挨拶した。
小さい頃から憧れ、仕え。予定外のこともたくさんあったけど、それでもルミエナ殿下の援助があってここまで来た。
その長い時間が、一区切りついたような気がした。
***
それでも、実務に関係ない蒼海の回廊の視察を、ルミエナ殿下は予定より大幅に早く終了した。
私とラウル先輩は、ダンジョン”蒼海の回廊”の前でぼーっと、お弁当を食べている。
「ルミエナ殿下、午後どこ行くか知ってるか?」
「いえ、知りません」
もともと、今日は丸一日蒼海の回廊の視察の予定で、お弁当もダンジョンの中で食べる予定だった。
それが急に予定変更となり、ルミエナ殿下は食事もそちらで取ると言って、ダンジョン警備課長たちと移動してしまったのだ。
そしてルミエナ殿下と打ち合わせしたダンジョン警備課長から、警備の人数を減らせるから他部署から応援に来た私は帰っていいこと、箒のスピードが遅いラウル先輩は帰れという指示を受け、今に至る。
景色は一級品だし、このお弁当はもともとルミエナ殿下と一緒に食べるものとして手配されていたから、めちゃくちゃ美味しい。
偉い人と囲む食事は、あまり味がしないから、高価なお弁当をのんびり味わえることになったのは、むしろラッキーだ。
ラウル先輩は、明太子フランスに齧りつきながら言う。
「シール・メンテのダンジョンだよ」
「行かないことになったんじゃ⋯⋯」
シール・メンテのダンジョンは、もともとルミエナ殿下から視察の申し入れがあったダンジョンだ。
だが危険だからと、夏の島管区自慢の景観と安全を誇るダンジョン蒼海の回廊の視察を代わりに提案した。それをルミエナ殿下は受け入れたんじゃなかっただろうか。
「中には入らねえ。王族にしか見れない、ダンジョンの記録ってやつを見に行くって聞いた」
「なっ」
それを聞いて、私は手に持っていたパンを落とした。
ダンジョンの記録とは、ダンジョン自体の変化や、使われた大規模な魔法の記録だ。
例えば、シール・メンテで実行予定の封印はもちろん、何十年も継続させる空間補正魔法や土魔法も記録の対象になる。
そして、ダンジョン自体に干渉する、干渉光魔法リライトもーー。




