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15話 俺様何様ルミエナ様

 先日のお休みに、絶対にローブを洗濯してアイロンもかけろと、ヴィオラから言われた。

 だから今日は、家にある中で一番良い仕事着と、ピッカピカのローブに、口紅もちゃんと引いた。

 だが当然、この男の人だらけの魔法工事課で、その程度の変化に気づいてくれる人はいない。


 いつもと変わらず、カリカリとペンを動かす音だけが執務室に響いている。

 当然、私も同じように図面にペンを走らせていた。


「あー、そろそろ着いてんのかなぁ」

「着いてんじゃねえの。魔導船だし」


 一人の先輩が集中力が切れたとばかりに口を開くと、当然のように周りからも声が上がる。

 普段通り仕事しているとはいえ、皆気になっているのだ。


「セリア、ヴィオラ嬢からなんか聞いてねぇの?」

「聞いてるも何も、大体今くらいに港に着いて、事務局長と運営調整課と合流したら、お昼ご飯を食べられる。そのあと機構に来るんですよね? 全部公開されてますよ」


 皆さん知ってるでしょ? とばかりに言えば、先輩たちにため息をつかれる。


「お前、それは十分詳しい」

「そうだ。セリア、自分の仕事に関係ないことでも、情報収集力が高いんだった!」

「いや、なんですか⋯⋯」


 先輩たちに呆れられてるのか、褒められているのかわからない対応をされ、げんなりする。

 ちゃんと掲示板読んでます? と聞きたくなったが、やめた。多分先輩たち、執務室がある一階の掲示板だけ見て、二階の掲示板見てなかったんだろうな。聞くまでもなくわかってしまった。



***



 日の光を反射して煌めくブロンド、夜空が零れ落ちたような、深いロイヤルブルーの瞳。

 どうして自分と同じ色彩でありながら、ここまで印象が違うのだろうか。


 ダンジョン保全機構 夏の島管区の正門前広場。

 そこにアレイシオが立っていた。ルミエナに歓迎の意を示すために。

 

——ルミエナ・ヴァレン殿下。

 クアドリア王国第一王女。

 そして、暫定の次期国王。


 編み込んだ金髪は風に揺らされることもなく、正面を見据える蒼の瞳はただただ力強い。

 跳ね上がった目尻と、気の強さを示すような立ち襟。トレードマークの紅葉のブローチからは、彼女に期待を寄せる、秋の島民の熱気すら伝わってくる。


「本当に⋯⋯」


 この力強さと威圧感が少しでも自分にーーいや自分たち兄弟にあれば。アレイシオはついつい考えてしまう。


 ルミエナは周囲の視線や緊張など意に介さず、まっすぐに歩いてくる。

 その足取りに、迷いは一切ない。


「久しいな、アレイシオ」


 口元にわずかな笑みを浮かべながら、そう声をかけてくる。

 だがその声音は、一歳違いの姉ではなく「次期国王」を感じさせるものだ。


「ご無沙汰しております、ルミエナ殿下。長旅、お疲れでしょう」

「魔導船では疲れもあまり感じぬ。魔法工学の進歩と、民の努力の賜物だな。お前も早く一隻買ったらどうだ? アレイシオ」


 ルミエナはすかさず民を褒める。

 そして流れるように、アレイシオにも魔導船を勧めた。ルミエナが新しいものを見いだし、アレイシオに勧める。

 この関係は、いくつになっても、敵対しても変わらぬものらしい。


「検討します。ぜひ歓迎の席で詳しい話を」


 応接室に案内するアレイシオに、ルミエナは逆らわず着いて来る。

 今日の午後は、応接室の説明と明日の視察の説明。そして歓迎の席として、アレイシオ主催の歓迎会がある予定だ。

 視察となればズボンを選ぶことが多いルミエナが、今日はスカートを履いている。行程を察して服を選んだのか。

 そういう、卒のないところが相変わらず苦手だと、アレイシオは再認識した。



——まさか、アレイシオの報告書で今の所在を知る日があるとはな。

 そのルミエナの呟きが、口の中から出ることはなかった。



***



 第三王子アレイシオの屋敷は、王都の王宮と比べれば控えめだし、公爵家や侯爵家の領地にある屋敷と比べても劣るだろう。

 だがここは、緑豊かで肥沃な夏の島。

 開放的で、庭が広く造られ、様々な植物が彩るその屋敷は、夏の島への縁がないルミエナの目を楽しませることはできるだろう。


 そう期待して、アレイシオは広間と中庭をつなぐ扉を開放し、そこを歓迎会の会場とした。

 ダンジョン保全機構の要職者、運営調整課の管理官、周辺貴族。そして王女付きの随行員たち。


「随分と人を集めたな。王都の夜会みたいだ」


 ルミエナが率直にそう言って、広間を見渡す。ただの事実確認の声音だったが、ルミエナは地方の民がその土地の良さを捨て、無意味に王都を真似することを好いていない。

 どうせ後からわかることだが、アレイシオは先に軽く説明しておくことにした。


「食事や進行は、夏の島風にしていますよ」

「気が利くな。楽しみにしておこう」


 乾杯の音頭はアレイシオが取った。主催者として、そして王族として。

 滞りなく終えたはずなのに、視線の多くはルミエナに向いている。

 それを、ルミエナは当然のこととして受け止めていた。


 アレイシオは歓迎会の食事にイカを選んでいた。

 確実に、春の島でも秋の島でも食べられないものというのが、あまり思いつかなかったからだ。

 ルミエナはイカを食べ、当然味を褒めた。そして流れるように、漁師や料理人を称賛し、「こんなに透明感があり、素晴らしい噛み応えのイカは、夏の島でしか取れない。これを選んだアレイシオにも感謝せねばな」とアレイシオを立てることも忘れない。


 幼い頃、偉そうな態度のルミエナに、アレイシオは「何様だよ!」と突っかかったことがある。

 表情を変えず「ルミエナ様だが」と答えた、その俺様気質は変わっていないはずなのに、話せば話すほど人を惹きつけるのだ。

 


 歓迎会も終盤になり、最初はルミエナの様子ばかり気にしていた皆も、近くの人と話したり、王女付きの随行員たちに珍しい酒を勧めたりと、思い思いに行動している。


「知っていたつもりだったが⋯⋯。やはりお前は人をもてなす才能があるな」

「いやいや、よく知っているルミエナ殿下だからこそですよ」


 アレイシオはルミエナから急に褒められ、違う意味でドキドキしてしまう。

 そんなアレイシオを見ながら、ルミエナは出された焼酎に手をつける。


「私は酒が強そうに見えるらしい。今日も焼酎が出てきて、お前からもそう見えていたのだと思った。幼い頃はともかく、今は好き嫌いの話をするような間柄でもないしな」

「それは⋯⋯」

「だがこの焼酎、かなり薄く作っているようだな。それにこの小さな泡が、格段に飲みやすくしている」

「お口に合ったようで何よりです」


 相変わらず鋭いことで、とアレイシオは舌を巻く。焼酎を飲む機会が少ないであろうルミエナが、酒の薄さに気づいたのも予想外だ。


「楽しいか? ここでの生活は」

「ルミエナ殿下⋯⋯?」

「少なくとも仕事は、気に入っているのだろう」

「そうですね。性に合っていたようです」


 本当に、ただ姉として聞いているらしい。そう判断して、アレイシオは答える。


「王族として、他国の賓客のおもてなしの才があり、王宮の外交官としても成功できたであろうお前を、王宮から追い出すことになったこと。少しばかり、気にしていたんだが⋯⋯」

「姉上?」

「お前が楽しくやっているなら、正解なんだろう」


 そう言って、満足そうにイカの天ぷらを摘むルミエナに、アレイシオは多分酔っているのだろうと判断する。

 いくら王宮ほど人の目が多くないとはいえ、こんな迂闊なことを言う人ではないはずだ。


「いや、違うな。久々に姉弟としての会話ができて、私が満足した。だからこれが正解だ」


 そうやって笑うルミエナに、この程度でこの人は足を救われない。そうアレイシオは思い直す。

 だからアレイシオは昔のように、言った。


「自分が満足したから正解って。姉上、何様ですか?」


 その言葉に、ルミエナは二度瞬いた。きっと、アレイシオと同じように、昔のことを思い出している。


「次期国王ルミエナ様。ーーいや、今だけはお前のお姉様だ」


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