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14話 王子様の夕食会

 悩んだ結果私は、ダンジョン魔法工事当日の計画書の下の方に「ぜひお願いします」と書いて持って行った。

 アレイシオ殿下は不在だったけど、伝わるだろうと思っていた通り、終業の鐘が鳴ったあと働いているふりをしつつ、人が減るのを待ってから外に出れば、さほど時間が経たないうちにアレイシオ殿下も出てこられた。

 

 同期から、組織内の恋人とこっそり夕食に行く方法を聞いておいて良かった。いや、アレイシオ殿下とは、全然そんなじゃないけれども!


「セリアはもつ鍋と水炊きはもう食べたかい?」

「もつ鍋は食べましたが、水炊きはまだです!」

「じゃあ今日は水炊きにしようか」



 アレイシオ殿下のエスコートで少し歩き、小綺麗な料理屋に着く。

 鍋の季節には少し早いような気もしたけど、私が配属された夏の時期と比べれば、少しずつ日が落ちるのが早くなっていた。


 個室に通され、席に着く。メニューを見て、思わず硬直してしまう。日ごろの食事の三倍ぐらいの価格が書かれていたからだ。

 ヴィオラが伯爵令嬢でありながら、いつも手頃な店を選んでくれるから油断していた。

 やばい、手持ちあるかな⋯⋯。行儀が悪いとは思いつつも、鞄に手を伸ばす。


「セリア、どうかしたのかい?」


 財布を確認し、絶望する。アレイシオ殿下になんて答えるべきか。

 いや、一つしかないな。


「すみませんアレイシオ殿下。手持ちが足りないので、お金を貸してもらってもいいでしょうか? 必ず明日返しますので」

「あははっ」


 決死の覚悟で伝えた言葉を、どうしてかアレイシオ殿下は笑い飛ばす。

 キョトンとした顔をした私に気づいたアレイシオ殿下は「ひーっ、ちょっと。落ち着くまで、待ってね」と無意味なフォローを入れた。

 そんなに面白いですか? 私には何もわかりません。


「はぁ面白かった。お待たせ。セリア、お金は気にしなくていいよ。私が払うから」

「えっ。でも」

「むしろ王子に食事を誘われて、自分で払おうとするのは君ぐらいじゃないかな」


 それであんなに笑っていたのか。やっと疑問が一つ解ける。

 アレイシオ殿下はそう言ってくれても、私の頭の中でヴィオラが「そんな訳ないでしょう? 自分で払いなさい」とツッコみを入れてくる。

 あのときはヴィオラが他の同期に言っているのを見ただけだけど、客観的に見てヴィオラが正しいと思ったのだ。


「えっと、その、友人の伯爵令嬢が言っていました。私と彼女は友人であり、伯爵令嬢と家来という関係ではないのだから、対等な絆を築くためにも金銭の肩代わりはしない方がいいと。私とアレイシオ殿下は、王子殿下と家来という関係ではないので。あれ? 上司と部下ではある⋯⋯?」

「セリアは本当に面白いね。だけど上司と部下で納得されるのは嫌だな」

「えっすみません?」

「自分が誘った女の子の食事代を払うのは、当たり前のことだよ。覚えておいて」


 さらっと告げたアレイシオ殿下に、またもや硬直させられる。王子様だ⋯⋯。

 そんなことされ慣れていない平民にやったら、デートだと勘違いされてしまいます⋯⋯。そうアレイシオ殿下に苦言を呈そうとして、そもそも夏の島管区には平民の女性は自分しかいないことに気づいた。

 じゃあ私が勘違いしなければ、大丈夫か。うん、頑張ろ。



 水炊きは最初に、具を入れずスープだけ飲むと店員さんに教えてもらう。

 せっかちに脚が生えたと呼ばれる秋の島では、考えられない食べ方だ。


「美味しいです! 出汁が美味しいし、鶏も柔らかい。好きですこれ⋯⋯!」

「それは良かった。でもこの後、雑炊にもできるから、あまり食べ過ぎないようにしてね」

「雑炊にも! はい、わかりました!」


 具が残り半分ほどになったとき、柚子胡椒を入れてみてはどうかと勧められる。

 少しだけ入れてみて、んん! ピリッとしてるけど柚子の風味が口に広がって、これはこれで美味しい!


「ルミエナ殿下の視察だけどね、別のダンジョンで実施という提案が通って、正式にルミエナ殿下からも返事が来たようだよ」

「⋯⋯それは早いですね」

「私も驚いた。王都まで手紙を往復させていないだろうね。ルミエナ殿下は秋の島に滞在されていたのかも」


 なるほどと私も納得する。夏の島と秋の島はそれなりに距離が近い。ルミエナ殿下は一年の半分近くは秋の島にいらっしゃるし、あり得そうな話だ。


「セリアは、ルミエナ殿下が夏の島に来たがる心当たりはあるかい?」

「へ? ないです」


 アレイシオ殿下の言葉に、夕食会の本題はこれだったのかと気づく。

 普通に浮かれて楽しんでいたことが、なんだか恥ずかしくなってきた。


「そうか。ルミエナ殿下は、政敵であるマリネア公爵家の本拠地である、この島をずっと避けていたんだ。だから確実に、何か目的があるのだと思ったけど」

「アレイシオ殿下がどうしているか気になって、とかはないのでしょうか?」

「ないだろうね。ルミエナ殿下にとって私は、気にかけるべき弟でもなければ、敵でもないんだ」


 アレイシオ殿下の難しい言葉に首を傾げる。気にかけるべき弟でもなければ、敵でもない? 政治的には敵だけど、弟でもある。そう言われたほうがしっくりくる。


「どういう意味でしょうか?」

「年子だからね。弟といっても自分より小さかった頃もない。対立した立場だけど、私はどうしても兄上に国王になってほしいわけでもない。本当に、ルミエナ殿下が私の様子を見に来る理由はないんだ」

「そうなんですね⋯⋯。私は、ルミエナ殿下には就職が決まった際に、お祝いの手紙をもらったのが最後です。なのですみませんが、ルミエナ殿下が夏の島に来られる理由は見当もつきません」

「そうか。わかった、ありがとう」


 タイミングよく店員が入ってきて、水炊きを雑炊にしてくれる。

 また少し食事の感想を言い合ってから、アレイシオ殿下は少しだけ真面目な顔をした。


「ないと思うけど、ルミエナ殿下が滞在中に何か無茶なことをおっしゃったら、私に相談してね」

「わかりました」

「セリアは今は、ルミエナ殿下ではなく私の部下だから。私に対して遠慮しないように」

「はい。ありがとうございます」


 流石はアレイシオ殿下。お気遣いがすごい。思わず噛み締めてしまう。


「視察で何かあった時に、私じゃなくてルミエナ殿下を頼られたらどうしようと不安になってしまってね」

「はい?」


 少し風向きが変わったお言葉に、気の抜けた返事をする。


「こういうのを、嫉妬と言うのかな」


 困ったような笑顔を、放たれた言葉に、私は本日三回目の硬直を披露した。

 アレイシオ殿下の嫉妬を受け取るには、私の精神力が足りないようです。


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