12話 余裕のある一日
「仕事大好き〜。好き好き〜。終わんなーいぐらいのー仕事がー好きー」
珍しく執務室に人が少なく、歌いながら図面と向き合っている。
仕事以外で考えさせられることが続いたから、今日こそ仕事のことで頭をいっぱいにしたいのだ。
「お前その歌、相当きもいぞ」
「課長! ここは、熱心でいいねって言うとこですよ!」
「きもい」
課長に一刀両断され、次は無言で図面と向き合う。
そもそもこのダンジョン、封印を設置する場所自体、間違ってたと言わざるを得ない。
封印同士が干渉してしまうような場所がところどころあり、そこに歪みが発生してしまったようだ。
となるとやることは、ひとまず三つ。一つ目、封印を設置する場所の見直し。二つ目、歪んだダンジョンを整える手法の検討。三つ目、情報をまとめて封印開発課に、封印を作ってもらう依頼というところだろう。
前は封印保全課にいたから、封印を設置する箇所の見直しは得意分野である。見直し完了の目標は今日中といったところだが、問題なく終わるだろう。
せっかくならゆとりのある今日、ヴィオラとランチに行けたらいい。一時間以上向き合っていた図面を一度手放して、休憩がてら二階にある運営調整課に足を向けた。
「ヴィオラ、今大丈夫?」
「あらセリア、お疲れ様。大丈夫よ。仕事の話かしら?」
「ううん、ランチのお誘い。ヴィオラもお疲れ様」
難しそうな顔をして、書類に向き合っていたヴィオラに声もかけると、なぜかヴィオラは私を見てホッとしたような顔をした。
「お誘いありがとう。どこに行こうかしら?」
「できれば、豚骨ラーメンってやつ食べてみたいんだけど」
「庶民の食べ物ね⋯⋯。まあいいわよ、今日は来客もないし」
「来客? 関係あるの?」
「すごく匂いがつくの」
ふーんと頷く。今日の魔法工事課は私と課長以外、現場に行っているから、私も匂いを気にする必要はないだろう。
私に豚骨ラーメンを勧めたのは課長だから、課長のことは気にしなくていい。
無事約束を取り付け廊下に出ると、ラウル先輩とバッタリ会った。
「よう。ヴィオラと昼メシ行くって聞こえたんだけどよ、俺も一緒に行っていいか?」
どうやら私を待ち構えていたらしい。
「ラウル先輩⋯⋯ヴィオラは伯爵令嬢ですよ」
「違えって馬鹿。ヴィオラの仕事関係でちょっと聞きたいことがあってよ」
「そういうことなら、もっとお断りです。ヴィオラ、休憩中に仕事の話振られるの結構嫌いなので」
「そうか。じゃあ、まあ、別の機会にするわ⋯⋯」
待ち構えていた割には、結構アッサリ引き下がったな。そっち疑問を覚えて、なぜ今執務室にいるヴィオラに話しかけに行かないのか、そこに不信感を抱くことはなかった。
***
午前中に封印を設置する場所の見直しが終わったから、午後からは書庫に引きこもることにした。
歪んだダンジョンを整える手法について、何か前例がないか調べる必要があったからだ。
「丸二日くらいかける、覚悟してたんだけどなぁ。これは逆に、見つからない可能性もありそう⋯⋯」
ダンジョンの数が違うからか、前にいた秋の島管区と比べて、資料がかなり少ない。
関係ある資料だけなら、半日あれば漁り尽くせそうだ。
その分、そもそも前例がない可能性もある。そう覚悟を決めて取り組んだ資料探しだったが、ものの一時間でお目当てのものが見つかってしまった。
前例では、空間補正魔法を使ったようだ。そして全く同じやり方を、今回のダンジョンにも適用できるだろう。
どうして、仕事を詰め込みたいときに限って、物事は順調に進むのだろう。
迂闊にもアレイシオ殿下の言葉を思い出してしまって、顔がじわじわと熱を持っていく。
「切り替え切り替え!」
気合いを入れ直して次は、情報をまとめるために執務室に戻る。
作成した資料を課長に見てもらい、封印開発課に依頼する。
三日くらいかかる予定だった仕事が一日で終わってしまい、他の事を考える余裕ができてしまった⋯⋯と喜ばしいことなのに頭を抱える。
封印開発課の拠点である研究室から、執務室に戻る廊下を歩いていたら、なぜか人だかりができていた。
「あなたは、こんな危険なダンジョンに、次期国王を連れて行くと言うんですの!?」
中心部から、聞き覚えのある声が聞こえて驚く。伯爵令嬢であるヴィオラは、滅多なことでは大声なんて出さないのに。
「ちゃんと警備するって言ってるだろ!」
「警備の問題ではありません! ダンジョンの歪みで、天井崩落まであったと報告を受けているのですわよ!」
もう一つの声、ラウル先輩じゃん。
まさかの双方が知り合いという事態に、私は急いで人だかりに駆け寄った。
「ルミエナ殿下は干渉光魔法が使えるんだから、ダンジョンの歪みは危険にならないだろ!」
「王族の魔法に期待して、ダンジョンに連れて行くと!? それはもう視察とは言いませんわ!」
「直させるつもりではねーよ! 自分の身は自分で守れるだろって意味だわ」
人混みをかき分けて、二人のもとへたどり着く。
「落ち着いてヴィオラ! ラウル先輩も、午前中言ってたのってこの話ですよね? 私も聞いていいなら、最初から教えてください」
「セリア!?」
飛び込んできた私に、驚きの声を上げるラウル先輩と、咄嗟に発言をやめるヴィオラ。
そしてなぜか、周囲の人間の口数は増え、不安を煽るようなざわめきが広がる。
セリアだ、とか。ちょうど良いところに来た、とか。もしかして私も当事者じゃないよね⋯⋯?
「わたくしが説明しますわ、セリア。あなたの担当するダンジョンについて、ルミエナ殿下から視察の申し入れがありました。ですが私はそれを危険すぎると判断し、お断りの返事をしましたの」
とりあえず概要はわかったと頷く。完全に当事者だったらしい。
それを確認したヴィオラが、もう一度口を開いた。
「この一件についてダンジョン警備課から、自分たちの力が過小評価されていると抗議がありましたが、わたくしたち運営調整課は相手にしなかった。そしたらこのラウル先輩という熱血馬鹿が直訴に来たという状況ですわ」
「悪意がある要約やめろ!」
ヴィオラの説明だけで正直お腹いっぱいだ。わかりました、といって自席に帰りたい気持ちを抑えて、次は不満がありそうなラウル先輩の話を聞くことにする。
「じゃ、ラウル先輩視点の要約、どうぞ」
「ダンジョン保全機構はアレイシオ殿下を受け入れ、ルミエナ殿下の間諜を無理矢理送り返したこともある。ルミエナ殿下からしたら、アレイシオ殿下に肩入れしている組織に見えているだろう。だからこの視察は絶対に受け入れるべきだ」
「ラウル先輩の意見もわかりました」
ふむふむとわざとらしく頷いて見せれば、二人とも少しだけ溜飲が下がったような顔をする。
好きなだけ自分の主張ができて、多少はスッキリしたのだろう。
そうして周囲に視線を移せば、私に注目が集まっているのがわかる。そうか、私の担当ダンジョンだから、ここでの私の意見って、結構大きな意味を持つのか⋯⋯。
「貴族じゃない私に、ダンジョンの危険度はともかく、政治的見解はわかりかねます⋯⋯」
迂闊にどちらの肩も持たないよう、慎重に言葉を選ぶ。そしてそのまま、魔法の言葉を唱えよう。
「なので、一度持ち帰り課長に相談します」




