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1話 配属初日

 速い! 速い! 速いー!!

 つい先ほど挨拶したばかりの上司が、どんどん箒のスピードを上げていく。

 このスピードを追いかけられる人は少ない。

 だから課長は、この状態で仕事の話するの、やめてください!!


「セリアには、やってもらいたいことがいっぱいあるからなー。まずは夏の島のダンジョンを見るのがいいだろう」

「⋯⋯はい。ありがっとう、ございまっ⋯⋯す」


 私は舌を噛まないように返事をする。


 それなのに、私の隣を並走する若い金髪の青年は飄々と飛んで、私と課長が話しやすいように遮音の魔法まで展開している始末だ。

 魔法工事課はエリートの集まりと聞いていたけれど、それにしたって凄すぎる。


「それと紹介しなきゃな。後ろにいらっしゃるのが俺らの上司の、アレイシオ・ヴァレン殿下だ。セリアは一番下っ端だし、従者の代わりを頼むこともある」

「王子殿下が上司、ですか⋯⋯」


ーーーアレイシオ・ヴァレン殿下

 その言葉を聞いた瞬間、気づかなかった自分に驚く。


 日の光を反射して煌めくブロンド、夜空が零れ落ちたような、深いロイヤルブルーの瞳。

 王族の象徴たる色合いであり、かつては毎日のように見ていたというのに。



 そんなことを考えていたからだろう。何故か急に目の前の景色が変わる。こう、すごいスピードで上に上に風景が動いているような⋯⋯。

 いや違う! これ、私が落ちている!!


 悲鳴を上げそうになったその瞬間、誰かの手が私の箒を掴んで、落下が止まる。

 上を見れば、輝かしい金髪と碧眼の王子様が「大丈夫?」とお手本のようなロイヤルスマイルを向けてくださる。


「⋯⋯アレイシオ殿下、魔法、上手いですね」


 咄嗟に出た言葉は確実に間違えている。でも、だって、悔しかったんだもん。胸の奥が、情けなさと一緒にぎゅっと縮んだ。

 私と年ひとつしか変わらない王子様に、手を伸ばされて。同じ髪と瞳の色に、あの人を思い出したこと。



***



 青い海。生い茂る緑。肥沃な大地と海の恵みに愛されし夏の島。

 四季が生活を彩るクアドリア王国の、夏を背負いしこの地は、物語で聞くのと変わらない様相を呈している。

 箒に乗って空を飛んでいると、大地の緑と海の青が生むコントラストの美しさがよくわかった。


 そんな空の旅ももう終わりで、地面に向けて降下していけば、見慣れたダンジョンとは違い、生い茂る植物にほとんど覆われているダンジョンが見えてきた。四角い形だけが見知った点かもしれない。

 地面に着いたら、ここまで向かうのにボサボサになった髪を直す。直すと言っても、ポニーテールにしていた髪を一度解き、手櫛ですいてから結び直すだけだ。

 かつて艶のある金髪だったこの髪は、現場仕事で少しガサついた茶髪に。作られた青い瞳は、今は髪とお揃いの色を。

ーーそれが今の私、セリア・ノアル。



「何も言わず連れてきたが、この現場はセリアに担当してもらう。概要は引き継ぎ書に書かれているから、帰ってから読めばいい。まずは現場だ」


 課長はそう言うとダンジョンに入っていく。現場主義な人のようだと、少しずつ人物像が掴めていく。

 課長とアレイシオ殿下の後ろについて行きながら、軽く目を通しただけの引き継ぎ書を思い出す。ダンジョン攻略完了時の封印に欠陥があり、そのせいでダンジョン自体が変質し始めている、と書かれていた。

 私は、最短で解決する手段を持っている。それを選べないことは、いつも心苦しい。

ーー自分でこの道を、選んだくせに。


「あっ」

「わかったか」


 思わず声を上げれば、課長から頷かれた。

 対照的に、アレイシオ殿下はゆったりと首を傾げる。


「ダンジョン保全機構の魔法官だと皆気づくのかい? 私にはわからないけど」


 課長に、お前が説明しろとばかりに視線を投げかけられる。私はここで挽回するぞと意気込み、勢いよく手を挙げた。


「まず、変なところというのは、壁と天井が歪んでいることです」

「とはいえ、ダンジョンは普通の建物と同じ作りとは限らないだろう? ダンジョン固有の魔法によって歪んでいる可能性もある」

「そうですね。ただ、このダンジョンは外観が四角だったので、構造的には歪んでいません。また、ダンジョン固有の魔法による歪みは、ダンジョン攻略後に除去されているのが普通なんです。行方不明の原因になりかねないので」


 説明を終えて課長を見てみると、もう一度満足そうに頷かれた。実技と比べれば座学への苦手意識はあるが、全体的に卒なくやれるのも私の強みだ。そうとはいえ結構安心。


「ありがとう、ノアル嬢」

「嬢っ!? やめてください、呼び捨てでお願いします。っていうかノアルって平民いっぱいいるので、セリアで大丈夫です」


 安心も束の間、アレイシオ殿下が爆弾を投げてくる。平民は嬢とか呼ばれるのに慣れていないです、そう主張したい気持ちが先行しすぎて、かなり早口になってしまった。

 さっきからずっと恥の上塗りしてないか、私。


「わかった、セリアだね。私のこともアレイシオって呼んでもいいよ」


 アレイシオ殿下の衝撃発言に思わず固まった私に「冗談だよ、全員に言ってるんだ」と言って笑う。第三王子でありながら、かなり気さくな人らしい。

 それはそうとして、アレイシオ殿下の後ろで爆笑している課長は、自分も同じことされたはずなのに、何がそんなに面白いんですか?

 思わず恨みがましい目を向けてしまった。



「課長、詳細な資料を読み込んでいないので、欠陥の場所を教えてもらえませんか?」


 笑いすぎて肩で息をしていた人ではあるが、仕事の話を振れば「いいよ」と二つ返事で頷いて案内してくれる。

 魔導工事課長だしエリートなんだろうな。なんて業務外の考え事をしていたら、課長は何も言わず歪んだ壁の中に入っていった。

 この課、本当に油断も隙もない。


 アレイシオ殿下が「驚いたね」と笑いかけてくれ、肩の力がふっと抜ける。私も「驚きました」と返事して、壁の歪みに入っていく。

 通り抜けた先は、入り口から光が差していた先程までのところとは違い、少し薄暗い。そしてまた、緑が生い茂っていた。


「欠陥があるのはこの部屋の封印」

「植物生えてますけど、これを採取したいからダンジョンの歪みを直すんですか?」

「そうだ、この植物はダンジョンでしか取れない。最近希少性が下がっているが、魔法植物だ」


 課長の説明を聞きながら、部屋を見渡す。研修で習った魔法植物を思い出し、目の前の植物と照合する。

 この程度の魔法植物も、諦めないんだ。かつては人の影に隠れて、これとたくさんのものを天秤にかけてきた。

 

「聞いてもいいかい? 多くのダンジョンでは、モンスターの発生場所と魔法素材の発掘場所は分かれている。どうしてここは同じ部屋に、モンスターと魔法素材が発生するのだろう?」

「⋯⋯それが、当時の記録が残っていないのです」


 穏やかに問いかけたアレイシオ殿下に、課長は実に苦々しい顔を向ける。

 王族にこんな恥ずかしい報告したくないですよね、なんて課長に同意する気持ち。封印時の資料がないダンジョンの仕事を担当するのかと、自分の仕事内容に慄く気持ち。二つの気持ちが頭の中で混ざり合う。

 よし、アレイシオ殿下にご指摘をいただいたら、引き継ぐ担当魔法官としてもちょっと⋯⋯って顔しよう。


「それは大変だね。王宮に資料がないか、個人的な伝手でも良ければ聞いておこう」

「ありがとうございます」

「⋯⋯えっ! ありがとうございます!」


 思いがけないアレイシオ殿下の一言に、思わず声を上げてしまった。優しすぎないか、この人。王宮関係者って厳しい人ばかりだと思っていたけれど、こんなに優しい人もいるんだ。



 その時だった。パキッと音がしたのは。

 課長が「封印が解けたかもしれません!」と声を張り上げ、私も咄嗟に三人を覆うよう結界を張る。


 課長が生唾を飲み込んだ音がした。気になってその視線の先に目を向ければ、ホーンラビットが一匹。

 こいつだけなら大した敵ではないが、封印が解けたのなら、無限にモンスターが湧き出てくる。それを三人だけで対処するのは不可能だ。

 いや、嘘。干渉光(かんしょうこう)魔法を使えば、簡単に突破できる。だけどそれだけは、絶対にやっちゃいけない。


「セリア、光魔法と結界術が得意だったな?」

「はい」

「じゃあホーンラビットごと、この部屋の核を結界に閉じ込めろ。露出してないからな。ホーンラビットと右奥の端まで巻き込め」

「なるほど、いいね」


 課長もアレイシオ殿下もあっさり言ってくれるが、難易度は高い。

 確かにできるが、流石に補助がほしい。ローブにしまっていた杖を取り出し、魔力を込める。


「結界術ーー内部衝撃、持続時間を優先設定。展開」


 結界の展開を確認後、課長の号令で来た道を全力で引き返す。

 無事三人ともダンジョンを出て、入口の立ち入り禁止処置を起動させる。ここまでしたらもう安心だ。


「セリア、よくやった。偶然だが同行者がお前で良かった」

「私からもお礼を言うよ。それに、優秀だって有名なセリアの結界術を見れて良かった」

「⋯⋯ありがとうございます」


 感謝や評価は嬉しく、課長とアレイシオ殿下にもそれが伝わるよう浅く頭を下げる。

 前評判は伝わっているだろうから、それを裏切らない仕事を。そう思って夏の島に来た。だからこの言葉は、きっと何よりも嬉しいはずなのに。


 昔、王女の名前を貶めないように、必死だった自分を思い出してしまった。

 ダンジョンを利用するなら。ダンジョンを終わらせるなら。

ーー最後まで責任を取らなければならない。次こそ自分で。



 かつて王女の代わりに“英雄”を演じた私は、誰かの影ではなく魔法管理官として、自分の判断に責任を持ちたい。たとえ間違えるかもしれないと、わかっていても。

 これは、そんな私の人生が、時代に取り残された王子との出会いによって、大きな意味を持つ物語。

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