第1話 はじめまして、カラスくん
思い返してみれば、その日は確かに、どこか歯車の噛み合わない一日だった。
バス停で、頭上から鳥の糞が落ちてきた。
しかも一度ではない。二度もだ。
偶然にしては出来すぎている。
登校中には、道端に座り込んだ占い師に突然指をさされ、「お前は救世主だ!!」と叫ばれた。
視線が集まるのが耐えきれず、聞こえなかったふりをしてその場を離れた。中二病だと思われるのは御免だ。
今にして思えば、それらはすべて、何かが始まる前触れだったのかもしれない。
――――――――――――――
放課後。
自宅に戻り、二階の自室の扉を開けた瞬間、橘春樹は足を止めた。
部屋の中央に、カラスがいた。
ただし、それは彼の知るカラスとは明らかに異なっていた。
大きさは通常の四倍ほど。
羽毛は光を吸い込むように黒く、存在そのものが影の塊のようだった。
にもかかわらず、顔つきは妙に愛嬌があり、まんまるな瞳がくりくりと動いて、
こちらをまっすぐに見つめている。
「ハルキ! おかえりなさい!!!」
耳を疑うより早く、声が部屋に響いた。
明るく、弾むような声だった。
ハルキは言葉を失い、肩に掛けていたバッグを取り落とす。
床に鈍い音が響き、その反動で一歩、二歩と後ずさった。
「カ、カラス……? しゃ、しゃべるカラス……?」
「そんなに驚かないでよ。なにも悪いことはしないからさ。今、家には僕たち以外誰もいないし、ゆっくり話そう」
カラスはそう言いながら、ぴょん、と軽く跳ねた。
そのたびに床の埃が舞い上がり、窓から差し込む夕方の光を受けて、
微細な粒子がきらきらと瞬いた。
異様で、どこか非現実的な光景だった。
「ハルキ、とりあえず座ってください。話し合えばわかります。我々は、高い知能を持った人間……あ、僕はカラスか!」
自分で言っておかしくなったのか、カラスは「わははは」と笑った。
カラスは、開いた口の中まで、徹底的に真っ黒だった。
ハルキはただ、それを見つめることしかできなかった。
自ら言葉を発し、冗談まで言う巨大なカラスという存在を、脳が処理しきれなかった。
冷静に考えれば、どう考えてもおかしい。
悪質ないたずらか、それとも夢か。
あるいは――新手の幻覚。
帰宅したら自分の部屋に、巨大なカラスがいる。
しかも普通に会話をしている。
精神が限界を迎えた結果だとしたら、説明としては十分すぎるほどだった。
「ハルキ、ごめんよ。本当は事前に連絡をするべきだったんだ。でも、どうしても急ぎの用事で……」
「用事? カラスが? 俺に? なにそれ、カラスの恩返し? 助けた覚えなんてないんだけど」
「ちがう、そんなしょーもないことじゃない!!」
突然、カラスが声を張り上げた。
空気が震え、春樹は思わず目を見開く。その剣幕に、背筋を冷たいものが走った。
しばしの沈黙。
やがて、カラスは少しだけ声を落として、静かに告げた。
「とぉーっても重要なことなんだ。ハルキには――世界を救ってほしい」




