ブロウ外伝⑨ 親友の隣
国歴247年 7月30日 午前8時25分
オータム国アカデミー内 中庭
「ゼラウムはこう言ったんだよ。『最終試験当日、私たち16、17世代は手を組んで、ブロウさんを初めに殺すことにしました。イトアトスさんも私達と手を組みませんか?そうすれば生き残れる確率は上がりますよ。』ってね。」
「......は」
天井から降り注ぐ陽光が芝生を青々と照らす中庭で、イトアトスは至って平然と、ゼラウムの言葉をブロウに伝えきった。
その内容に、ブロウはただ呼吸を止め、イトアトスの横顔に見入ることしかできずに居た。
(16、17世代が手を組んで、...俺を殺す?)
正直、ブロウは理解ができていなかった。
16、17世代と言えば、自分よりも一個下と二個下の後輩たちの世代だ。なぜその世代が手を組んでまで、自分を殺そうとしているのか?ブロウは必死にその理由を探そうとしたが、彼の頭は全く回らなかった。
そんなブロウの動揺を見たイトアトスは、静かに口を開く。
「...君は相変わらず自分の掌力を卑下しているようだけど、周りからしてみればその力こそ、最優先で排除すべき脅威に他ならないんだ。」
(俺の力が、『一撃』が、脅威...)
ブロウは自分の右の手の平に見入る。
鍛錬のせいで幾つもの豆ができては潰れてを繰り返し、彼の手の平は岩肌のように荒々しかった。
掌力に頼れないからと鍛錬に明け暮れて得たその手が、まるで皮肉かのようにその目に映った。
ブロウはその手の平から目を離すことなく、イトアトスに静かに話しかける。
「...なら、イトアトスはそのことを俺に話すべきじゃなかったんじゃないか?君もゼラウムたちと手を組めば、生存確率が上がるんだろ?」
イトアトスはその言葉を聞くと、フッと鼻で笑い、再び口を開けた。ブロウの視線とイトアトスの視線が、交差する。
「もちろん僕だって、最終試験を生き残って創造神討伐遠征に出るためにこの18年間を捧げてきたんだ。生き残る確率が上がるのなら、喜んでその提案に乗るさ。...けどね___」
イトアトスは一呼吸置くと、澄んだ瞳でブロウの眼を見据える。ブロウはその瞳に吸い込まれるように顔を上げた。
「けどね、僕は思わずゼラウムの顔面を殴りそうになったよ。」
イトアトスはカラっと笑って白い歯を見せた。
ブロウのキョトンとした顔が、イトアトスの瞳に反射している。イトアトスは笑顔のまま続けた。
「ブロウの一番の大親友の僕に、君を殺す提案を持ち掛けてくるなんてさ、殴られても仕方ないと思うよ、ホント。」
イトアトスは、笑っていた。この十数年、隣でずっと見てきた爽やかな笑顔が、そこにはあった。
思わず、ブロウが笑い声を上げる。
「ははっ。一番の大親友って言うくらいなら、本当にゼラウムのことを殴ったって良かったんじゃないか?」
「ふっ。悪いけど、女性を傷つけるのは僕のキャラじゃないからね。」
「なんだそれ。...くっ、ぷはははは!」
ブロウが涙を流しながら笑う。その涙が何の涙なのかは、ブロウ自身分からなかった。ただ今は、隣に帰ってきた親友に、涙と笑みを抑えられなかったのだ。
イトアトスもつられて少し笑うと、ブロウが溢れる涙を拭って、右手を突き出してきた。
彼の突き出したゴツゴツした右手は、握手を求めるように指先がそろえられている。
イトアトスはブロウの眼を見返す。ブロウは照れ臭いように赤くなった鼻を隠しながら、はにかんで笑った。
「俺達、いつでも一緒だったろ?わざわざ俺に協力を持ち掛ける必要なんてない。最終試験だけ一緒じゃない理由が、どこにある?」
イトアトスは目を伏せて小さく笑うと、力強くブロウの右手を握り返した。
「あぁ、そうだね。最終試験、必ず二人で生き残ろう。」
二人は痛い程に硬い握手を結ぶと、もう一度互いに笑って見せた。物心ついた頃から一緒にいた存在。いつも記憶の奥底に眠っているのは、イトアトスとスレナの鮮やかな笑顔だった。
ブロウは手を放すと、両腕を天に突き上げて思いっきり背伸びをした。
そして跳ねるようにベンチから立ち上がると、イトアトスの方を振り返って楽し気に口を開く。
「それじゃあ!こうして君も戻ってきたことだし、今からスレナを呼んで三人で食堂にでも行かないかい?やっぱり俺達は三人じゃなきゃさ!」
イトアトスは木のベンチを「ギィ...」と鳴らしながらゆっくりと立ち上がり、はしゃぐブロウをなだめるように声を滑らせる。
「もちろん僕も会いたいのは山々だけど、スレナは今頃、最後の授業が始まる頃だろうね。サポート組はメイン組と違って、今日までが授業だから。会えるのは明日になるんじゃないかな。」
ブロウは、「そんな日程は初耳だ」と言わんばかりに目を丸くした。
そして直後、肩を落としたブロウに、イトアトスはポンっと手を置く。
「まぁまぁ、そう落ち込まなくたって明日になれば三人揃うよ。...そうだな、今日の所は、二人で思い出話でもどうだい?」
「思い出話?」
「そうそう。...例えば、11歳の頃、君がグラウンドに迷い込んだ黒猫を見て、『悪獣が来たぞー!!』って騒ぎまわった話とか、14歳の頃、君がトイレで教官の影口を言ってたら個室から出てきた教官に半殺しにされた話とか、あとは」
「分かったから!それ以上過去の痴態を晒さないでくれ!!...とりあえず朝飯もまだなんだから食堂に行くぞ!」
ブロウは苦い表情を作りながら、イトアトスの背中を押して食堂に急かす。イトアトスは「ハイハイ、自分で歩くよ。」と言ってケタケタ笑う。
ブロウが顔をしかめる時、イトアトスは必ず笑っている。
最終試験まで残り__「2日」
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