ブロウ外伝⑧ 協力
オータム国 7月30日
午前8時15分
最終試験まで、残り__『2日』
ブロウが眠い目を擦りながら、自室の扉を開ける。ふと横目に、人が立っているのが見えた。スレナかとも思ったが、どうも背格好が男っぽい。
ブロウはまだうまく働かない頭を動かし、その人影の方を見る。
「おはよう、ブロウ。」
その人影は、目が合うと同時にブロウに気兼ねない挨拶を投げかけた。しかし、一方のブロウは身を硬直させ、眠気なんて遥か彼方に吹っ飛んで行ったように目を見開いた。
それもそうだ。なにしろ、今ブロウの目の前にいる男が、イトアトスだったから。
「イトアトス、どうして...」
「どうしてって、親友の顔が見たくなっただけだよ。」
イトアトスは微笑を口元に携えて、屈託のない表情を向けてくる。ブロウは依然、ぎこちない様子で動けずにいた。
ブロウが笑えない時、イトアトスは決まって笑顔を浮かべている。
_____________________________________
午前8時20分 アカデミーの中庭にて...
ブロウとイトアトスは、アカデミーの校舎内にある、少し開けた中庭に来ていた。中庭には天井のガラス越しに日光が差すようになっていて、地面には芝生が生え、そこかしこに背丈の低い植物が植えられている。
さながら”箱庭”だ。
二人の体重を預けるには若干心許ない古い木のベンチに、二人は腰を掛ける。それと同時に、ブロウが固く閉ざしていた口を開けた。
「...なぁイトアトス、君は何で一昨日、俺にあんなことを言ったんだ?」
「いきなりその話題かい?」
座って一息もつかぬ間にぶつけられたその問いに、イトアトスは思わず苦笑いする。
とは言っても、ブロウがその質問を口にするのは当然のことで、彼は至って真剣な、若干緊張すらしたような面持ちでイトアトスの返答を待っていた。
イトアトスは、珍しく決まりが悪そうに視線を逸らすと、何かを誤魔化すように口を開いた。
「なんて言うかな。...あの時は、僕も焦ってたんだ。『最終試験まで残り4日』、その数字に急かされて、思わず君を突き放すような言葉を口にしてしまった。アレは君を脅そうと発した言葉だったが、同時に自分の弱さを隠すための”虚栄”でしかなかったんだよ。」
彼は視線を足元の芝生に向けながら、一昨日の自身の心境を打ち明けてみせた。
ブロウは天井に貼り付けられたガラスを見上げながら、「『俺を殺せた』ってあの言葉も、虚栄かい?」と聞く。イトアトスは一瞬黙ると、「虚栄だよ」とだけ呟いた。
少しの沈黙の後、イトアトスは顔を上げ、さっきと打って変わって明るい調子でブロウに語り掛ける。
「それはそうと、僕が今日君の元を尋ねたのには、とある理由があってね。最終試験に関する話だよ。」
「親友の顔が見たくなったから、じゃなかったのか?」
ブロウが嘲る様に口角を上げながら、イトアトスに聞き返す。
イトアトスは表情一つ変えず、「理由が一つだとは限らないだろう?」と付け加えた。
「それで、その最終試験に関する話と言うのは、僕と君、どちらにもメリットがる、...いや、メリットしかない話だ。」
ブロウが訝しげな視線をイトアトスに向けた。イトアトスはそんな視線をものともせず、ブロウの瞳を正面から見つめ返し、口を開ける。
「単刀直入に言うよ。...最終試験、僕達は手を組まないか?」
「...て、手を組む?」
ブロウはあまりにも予想外な彼の提案に、一瞬動きを止める。
イトアトスはそんな反応も想定内、と言った感じで補足する。
「具体的にどうするか、という話だけど、これは至ってシンプルな話さ。僕とブロウが最後の二人になるまで、お互いの背中を守りながら生き残る。最後の二人になった僕らは、...まぁ殴り合いでもして決着を付けようか。最終的に殺さなくたって、どちらかが失神でもすれば戦闘続行不可と見なされて試験は終わるだろう。」
彼はそう言い終えると、ブロウの返答を待つように微笑を浮かべた。
ブロウは戸惑ったように口を開け、その数秒後に小さく言葉を押し出した。
「そ、そういうのって、アカデミー的に許されるのか...?協力とか、なんか不公平な気がするけど...」
イトアトスはその言葉を聞くと、目線を自身の手の平に落として淡々と言葉を繋いだ。
「アカデミー側は、『最後に生き残った生徒を、メイン組代表として創造神討伐遠征に向かわせる。』以外の規定を最終試験に設けていない。協力できる協調性や戦いを避ける能力も含めて、アカデミーは最も優秀な生徒を見極めたいんだろうね。それに__」
イトアトスは自分の手の平をジッと見つめたまま、一呼吸置いて続ける。
「...それに、僕らは『掌力』という生まれ持った能力で戦うんだ。これ以上の不公平がどこにあると言うんだい?」
彼はブロウの右手に一瞬視線を落とすと、すぐにブロウの顔に視線を移した。イトアトスは至って真剣な顔で、話を続ける。
「僕の掌力は『凍結』。自分で言ってしまうけど、これは決して使い勝手のいい掌力ではない。僕の手の平が直接触れた物しか凍らせられないからね。かといって、僕たちと戦うことになる16、17、18世代の中に、大きく突出した掌力を持っている人間も居ない。」
イトアトスはそう言い切ると、再びブロウの瞳に視線を送る。
今度は、かなり鋭い視線を。
「...君以外、はね。ブロウ。」
ブロウは思わず、自分の手の平を後ろに回して隠した。
「俺の掌力、『一撃』こそ、誰よりも使い勝手の悪い掌力だ。」
ブロウの掌力、『一撃』は、使い勝手と言う面で見れば最悪である。
彼の手の平から繰り出される、輝線状のエネルギー体は、その射程範囲、威力から見て、単純な攻撃力なら他の追随を許さない圧倒的な性能を持っている。しかし、『一撃』にはそれを上回る、二個のデメリットがあるのだ。
一つは、『一撃』を放つとその反動でブロウが失神してしまうこと。
そしてもう一つが、『一撃』の力は、スタミナの関係で一日に一回しか放てないということである。
ブロウはその使い勝手の悪さを嫌と言うほど知っていたので、自嘲気味に苦笑いを浮かべた。
しかし、ブロウがイトアトスの横顔に目をやると、彼は一切笑っていなかった。それどころか少し思い悩んだ風に目を伏せて、小さく俯いている。
ブロウはそんな彼に言葉を投げかける。
「...ハッ、今になって俺の掌力の扱いにくさを思い出したのか?別に、無理して俺と協力なんて真似しなくてもいいんだからさ。」
ブロウは自分の掌力を卑下し、イトアトスを遠ざけようとすることしかできなかった。こんな掌力しか持たない自分は、イトアトスと協力してもきっと足を引っ張ることしかできないと思っているからだ。
ブロウは口を閉じて足元に視線を落とすと、小さく唇を嚙みしめた。
「__昨日の昼頃、食堂で17世代のゼラウムに声を掛けられたんだ。」
何の前触れもなく、さっきまで目を伏せていたイトアトスが語り始めた。
ブロウは少し驚いたように目線を上げ、遠くに視線を向けていたイトアトスの方を見つめる。視線を真っすぐと虚空に向け続ける彼の横顔は、どこか寂しさに近い冷たさを纏っていた。
イトアトスのその表情を前に、ブロウは固唾を飲んだが、すぐにその緊張を誤魔化すために乾いた笑顔を作って口を開けた。
「ゼラウム、ゼラウム、...あぁ!スレナと同い年の、メイン組の女の子か!たしか髪が少し青っぽかったな。...で、急にゼラウムの名前なんか出して、どうした__」
「そのゼラウムが昨日、僕になんて言ったと思う?」
イトアトスがブロウの言葉を遮る様に、一方的に話を続ける。
ブロウにはこの話の目的も、ゼラウムの話したという内容も全く見当がついていなかった。しかし、イトアトスのその冷淡な面差しから、この話がただの世間話ではないことはすぐに理解した。
ブロウはイトアトスの問いかけに答えが見つけられず、言葉を詰まらせることしかできなかった。二人の間に数秒にも、数時間にも感じる静寂が満ちる。その静けさに限界を迎えたブロウが、苦し紛れに適当な答えを吐き捨てようとした、その時。イトアトスの言葉が、静寂を鋭く切り裂いた。
「ゼラウムはこう言ったんだよ。『最終試験当日、私たち16、17世代は手を組んで、ブロウさんを初めに殺すことにしました。イトアトスさんも私達と手を組みませんか?そうすれば生き残れる確率は上がりますよ。』ってね。」
「......は」
イトアトスは至って淡々と、ゼラウムの言葉をブロウに伝えた。
その内容に、ブロウはただ呼吸を止め、彼の横顔を見入る事しかできずに居た。
最終試験まで残り__『2日』




