ブロウ外伝⑦ 今日は二人
国歴247年 7月29日 オータム国
最終試験まで、__残り『3日』
食堂に着いたブロウとスレナは、食事を配膳から受け取ると、適当に窓側の席についた。夕食時というには少し遅い時間だったせいか、普段はアカデミー生でごった返している食堂でも、今は人が疎まばらだ。
いつもはピーク真っ只中に食事をするブロウとスレナにとっては、なかなか新鮮な景色である。
今さっき愛の告白と言う一世一代のイベントを終えた二人は、親友から恋人となって、こうして二人でアカデミーの食堂に来ていた。
ブロウは向かい側で、「いただきますっ」と手を合わせているスレナをボーっと眺めた。するとスレナもその視線に気づいたのか、野菜の炒め物を口にする直前で、ピタッと動きを止めた。
彼女はノールックで炒め物を皿の上に戻すと、少し怪訝そうにブロウに向かって口を開いた。
「私の顔に何か付いていますか?付いていないのなら、そんなにジィっと顔を凝視しないでください。要は、恥ずかしいので!」
スレナは目を細めて口を尖らせるが、ブロウは口を横に開いて楽し気に笑う。
「いや、ごめんごめん。なんか、ずっと好きだったスレナと、まさか『恋人』になんてなれると夢にも思わなかったからさ。今こうして目の前の君を見て、しみじみとその感動を味わってた所だよ。」
と、ブロウは屈託のない笑みでスレナに話しかけるが、彼女は慌てて目を逸らし、頬を赤らめたままぎこちなく返答する。
「な、何ですかそれ!もう、イトアトスに聞かれてたら笑われてますよ!」
『イトアトス』、その名を聞いたブロウの表情が、少し強張った。
いつも、ブロウ達は三人だった。いつもなら、今日もブロウかスレナの横に、二人のやり取りを面白がりながら聞いているイトアトスの姿があったはずだ。
つい、ブロウは空いている三つ目の席を眺めて、小さく呟いてしまう。
「...やっぱり俺、イトアトスに合わせる顔がないよ。アイツが居ない時に俺だけ、スレナとこんな関係になって、楽しんだりして。」
スレナはその言葉を聞くと、今度は少し真剣な表情で、ブロウの俯いた顔にズンっと近づいた。そして静かに口を開く。
「ブロウが負い目を感じることはありませんよ。今日も私から勝手に告白しただけですし、なんならイトアトスが一番初めに私に告白してきたんですから。...それに、私が今日こうして告白できたのも、イトアトスの後押しがあったからなんですよ。」
ブロウは、「えっ?」と目を丸くして聞き返した。
スレナは一呼吸置くと、ブロウの目をしっかりと見つめて続ける。
「イトアトスは一昨日、私にこう言ったんです。『メイン組の僕は5日後、最終試験で死んでしまうかもしれない。だから、結果がどうであろうと最後に気持ちを伝えたかったんだ。けど、最終試験があるのはブロウも同じだよ。スレナもブロウに特別な感情があるんなら、後悔しないようにね。』と。あの言葉がなければ、私は今日、キミに気持ちを伝えられてなかったと思います。」
「イトアトスがそんなことを...」
ブロウはやるせないような、寂しいような気持ちを抱きながら、その時のイトアトスの顔を脳裏に浮かべた。脳裏に浮かぶ彼の顔は、スレナに振られてもいつものように微笑んでいた。
すると、今度はスレナが少し表情を曇らせながら、呟いた。
「だからこそ、私はイトアトスが心配なんです。昨日、医務室に居た時のイトアトスは、今思い返しても普通じゃなかった。彼からブロウを突き放すような言葉を使って、挙句の果てには『いつでも殺せた。』とも受け取れるような言葉を言い捨てるなんて、普段のイトアトスからはとても考えられないような言動ですよ。」
彼女の言う通り、昨日の彼は普通じゃなかった。
「正直、俺もイトアトスがあんな態度を取るなんて思っていなかったよ。けど、イトアトスの言っていることが正しいのも事実だ。サポーター組のスレナはともかく、メイン組の俺とイトアトスは3日後、最終試験で殺し合うことになる。いつまでも現実と向き合おうとしなかった俺に、一番近くにいたアイツが現実を突きつけてくれたんだ。」
スレナの不安そうな表情を和らげようと、ブロウは自分なりに解釈したイトアトスの言動の意味を彼女に伝えた。
けれど、スレナは昨日のイトアトスにまだ思う所があるのか、顔を斜めに俯かせたまま嘆く。
「それでも私は、二人があんな感じで決別するのを見たくなかったんです。だから昨日イトアトスに告白された時も、この告白によって三人の関係が変わるのかを聞きました。その時の彼は『変わらない』と答えてくれたのに...。やっぱり、私が彼の気持ちを拒否してしまったから、イトアトスはあんな感じになってしまったんじゃ__」
「それは違うと思うよ。」
ブロウは即座に、スレナの言葉を否定した。
スレナは「えっ」と言うように顔を上げ、ブロウの目を見る。ブロウは真っすぐな瞳をスレナの方へ向けた。
「イトアトスは失恋したくらいでいじける程、小さくもないし、弱くもない。それは物心ついた時からずっと一緒にいる俺とスレナが、一番理解してることだろう?」
ブロウの言葉を聞いたスレナは、その言葉に気づかされたかのように目を見開いた。
そして、「...キミにしては良い事を言いますね。」と呟き、フッと表情を緩める。ブロウも「『キミにしては』、は余計だ。」と付け足し、お互いの顔を見て少し笑う。
少し雰囲気が明るくなったところで、ブロウが何故か恥ずかし気に、モゾモゾしながらスレナに質問をした。
「そ、それでさ、スレナは、そのー、俺のことが好きだから、せっかくのイトアトスの告白を断ったわけだろ?正直、自分で言うのも何だけど、俺がイトアトスに勝ってる所なんか、声の大きさくらいしかないと思うんだけど...」
ブロウはチラチラとスレナの様子を伺いながら質問をした。スレナはそんな彼の疑問を聞くと、急にクスクス笑い始めた。
「プププッ!ブロウは本当に分かってないですね~。...あのですね、優れていることと魅力的なことは、イコールしないんですよ。」
ブロウは、「言っていることの意味がよく分からない」とでもいうような腑抜けた表情を浮かべ、それに対してスレナは、「やれやれ」と溜息を吐いて、説明を続ける。
「例えばですよ?13歳の頃行った、2000m走の持久力テストを憶えていますか?」
「あぁ、もちろん覚えているよ。あの時は一周差をつけられてイトアトスに負けたけど...」
「そうでしたねぇ。けど、キミはその悔しさをバネにして、一年間毎日のように、走り込みをしていたでしょう?」
「あぁ!あんな屈辱、二回も味わいたくなかったからね!」
「その甲斐もあって、14歳の頃行った持久力テストでは、彼と半周差しかつけられなかったんですよ!!」
「あぁ...、結局いくら努力しても、イトアトスには勝てなかったな...」
「だーかーらー!私は勝ち負けになんか興味ないんですよ!要は、私はキミのその健気に頑張る姿に、惹かれたって訳です!」
「そ、そうなの?」
「まぁ勿論、イトアトスは彼なりにブロウに追いつかれないよう、努力はしていましたけど。それでも!やはり彼は天才側の人間です。頭も顔も私並みに良いですし、運動能力だって常にアカデミートップです。おまけにあの人柄の良さ。もう非の打ち所がないんですよ。」
「ウン。話を聞けば聞くほど、スレナがイトアトスじゃなくて俺を選んだ理由が分からなくなるな。」
「つまり私からしたら、そんな完璧な人間よりも、泥臭く完璧の背中を追うキミのような人間の方が、よっぽど魅力的に映ってしまった訳なんです。無論、イトアトスは親友としては最高の人間ですが、恋人となると私は彼のような人間に嫉妬してしまいますからね!」
「なんか素直に喜べるか分からないけど、とりあえずありがとうとは言っといたほうが良さそうだね。」
「...逆に、何故ブロウは私のことが好きになったんですか?」
「言っちゃっていいの?」
「私は言ったんです!このままじゃ不公平なので、言ってください!」
「それじゃあ遠慮なく。」
ブロウは両手を膝の上に置くと、一呼吸置き、口角を上げて彼らしくもない早口を披露した。
「...君はよく笑うし、一緒に居るとどんな暗い気持ちも忘れられるし、ご飯を食べる時とても美味しそうに食べるし、朝会うと必ず『おはようございますっ!』って言ってくれるし、何に対しても自信満々なのも可愛いし、いつもイジってくるのにいざとなったら本気で心配してくれるし、運動する時の眼鏡を外した時のギャップも好きだし、髪を結んだ時のいつもと違う雰囲気も好きだし、良い匂いするし、振り返った時に____」
「ちょ、ちょっとストップ!!もうそこまででいいですから!!どんだけ私のことが好きなんですか!?」
「ははっ、大好きだよ。」
「ちょ!そんなストレートに...!恥ずかしくないんですか!?」
「そうやって恥ずかしがる所も好きだけど。」
「...~~ッ!!わ、分かりましたから!今はさっさと晩御飯を食べちゃいましょう!もう冷めちゃいましたよ!!」
「はいはい。」
スレナは恥ずかしさをかき消すようにご飯を口にかき込み、ブロウはそんな彼女の食べっぷりを眺めながら食事に手をつける。
二人は人もまばらな食堂で、賑やかに晩御飯を食べ進めるのだった。
最終試験まで、__『残り3日』
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