ブロウ外伝⑥ 恋劇
国歴247年 オータム国 7月29日
最終試験まで残り『3日』
夜のグラウンドにて
「ここ、グラウンドじゃないか。こんな夜のグラウンドに連れ出してまで聞かれたくない話なんて、何の話をしてたんだ?」
ブロウとスレナはグラウンドの端の端、窓からは見えない壁際で、建物に背中を預けてお互いの顔を見合っていた。.......いや、正確にはスレナの視線がずっと気まずそうに、落ち着いていなかったが。
二人の顔を少し湿っぽい夜風が撫でて、ブロウの短い黒髪とスレナの艶やかな茶髪が音もなく揺れた。
不意に、スレナが何かを決意したかのように瞳を真っすぐブロウの方に向けた。何だか、スレナの白い頬が少し紅潮していた気がする。ブロウはいつもの彼女らしくない雰囲気に戸惑った。
「ほ、本当にどうしたんだよ?俺はただ、一昨日スレナとイトアトスがどんな話をしていたのか聞きたかっただけで___」
と、困惑と恥ずかしさに挟まれたブロウは、急かすように昨日のことを聞き出そうとした。しかし、スレナはブロウが言葉を言い切る前に、口を挟んで答えを言い切ってしまう。
それも、とびっきりに『予想外』な答えを。
「私、一昨日イトアトスに告白されたんです。」
(......は?)
ブロウは、耳を疑った。
彼の頭に、一瞬にして疑問符が沸き上がる。
(なんでイトアトスが、告白?あいつスレナのことが好きだったのか?俺もスレナのことが好きなのに。俺はずっと気持ちを隠してたのに。だって、俺達ずっと三人で友達なんじゃ)
ブロウはあまりにも急なカミングアウトに、ただ目を見開いてスレナの顔を眺めている事しかできなかった。しかし、それでもブロウにはどうしても、第一に聞かなくてはいけないことがあった。
ブロウは固まりかけた唇を無理矢理動かして、スレナに問いかけた。
「そ、それで、スレナの返事は...?」
正直、ブロウは心の中で分かっていた。
断るはずがないと。
何故ならイトアトスは運動も勉強もできて、性格も文句のつけようがない聖人だ。おまけに顔も良い。
そんな彼からのプロポーズを断る理由が、一体どこにあると言うのだろう。
ブロウとイトアトスとスレナ。この三人はアカデミー内でも有名な仲良し三人組である。しかし、それ以前にスレナも一人の女性だ。ブロウがスレナの事を想っていたように、イトアトスがスレナの事を密かに想っていたように、あのスレナでも男性を好きになることはあるだろう。
この時、ブロウは心の中で、スッと何かが溶けていったのを感じた。
昨日、スレナがイトアトスに言った、「三人の関係が変わることは無いって言ってたじゃないですか!」という言葉の意味。これは二人が恋仲になっても、ブロウとは今まで通り友達として接すると言う意味だったのだろう。
ブロウはスレナに問いかけておいて、すぐに彼女から返ってくる答えを予見した。
だから諦めて、彼はぎこちない苦笑いを浮かべながら再び口を開いた。
「....いや、変なこと聞いてごめん。つまり、スレナとイトアトスは一昨日、晴れて恋人になったって事だな。たしかにこんな話、廊下なんかで話して誰かに聞かれたら一大事だな。...俺にこうして話してくれてありが__」
と、ブロウが口角も上がらぬまま無理に笑顔を貼り付けながら話していると、またもやスレナが彼の言葉を遮る。
それも今度は、ブロウの言葉を切り捨てるように。
「断りましたよ。」
再び、静寂が訪れた。
グラウンドの茂みで鳴いている鈴虫の声だけが、二人の間で反響している。そして直後ブロウの口からこぼれた、「....は?」という、まるで状況に追いついていない声。
ブロウは動揺しながら、スレナに聞き返す。
「こ、断った?」
「はい。断りました。」
「い、一体、なんで?」
「なんでって、それは............」
何故か、スレナの返答が一瞬遅れた。それでも、スレナは意を決したように瞳をブロウの方に向け直して、言葉を続ける。
眼鏡越しに覗いた彼女の瞳は、まるで地面に落ちた木漏れ日の様に、柔らかで鮮やかな茶色であった。
「私はキミのことが、好きだからです。」
ブロウは息をすることも忘れ、彼女の瞳に釘付けになった。
その刹那、風が止み、鈴虫の声も途切れ、完全にその世界には二人しか居なかった。窓から漏れ出た室内の明かりが、まるでスポットライトの様に二人の周りを囲っている。次に聞こえてきた声は、押し出したようなブロウの声であった。
「俺のことが、好き...なの?」
「そう言ったではありませんか。何回も言わせないでください。...要は、恥ずかしいので。」
スレナが頬を赤らめて顔を逸らす。
鈴虫が鳴き、夜風が吹き、壁の向こう側からは廊下を歩くアカデミー生たちの声が聞こえてきていた。いつの間にか上っていた月が二人の横顔を照らし、グラウンドに生えた雑草が波のようにうねる。
しかし、ブロウの目にはスレナしか映っていなくて、ブロウの耳にはスレナの声しか聞こえていなかった。
不意に、ブロウの視界がぼやける。目を擦ってみると、手の甲が少しだけ濡れた。
「もう、なに泣いてるんですか?私に告白されるのがそんなに嫌なんですか~?」
スレナが少し意地悪に笑う。こっちの方がよっぽどいつもの彼女らしい。
ブロウもそんな彼女の言葉に笑顔を取り戻し、涙を見られないように手の平で目を覆いながら応える。
「違うよ、スレナ。君の口から、『好き』だなんて繊細な言葉が出てきたのに驚いただけさ。...ふふっ。」
スレナは少しムッとしたように頬を膨らませると、ジトっとした眼つきでブロウに一歩詰め寄る。
「まったくうるさいですねぇ~。いいから、キミの返事はどうなんですか!?」
ブロウは手を目の上から放すと、赤くなった瞳をギュッと閉じて、思いっきりの笑顔を作って見せた。
そしてそのまま、大きく口を開ける。
「俺も、君のことがずっと好きだった、スレナ。」
最終試験まで残り『3日』
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