なんで、あなたが主席に!?
前回のあらすじ
ルート国の王子、『オーゴ』は、『悪王討伐遠征』に出発する為、父である国王が選定したパーティーメンバーの二人と出会う。しかし、そのうち一人は顔見知りの中年男性、もう一人はイカツい見た目の緑髪お姉さん!
オーゴは理想と現実のギャップに打ちひしがれるが、何とかパーティーとして親睦を深める為、緑髪お姉さんと喫茶店に入店をした。
そこでお互いの『掌力』を見せる流れになった二人だったが、クレマは「見せた方が早い」と言ってジュースの入ったコップを床に突き落とす!
店内に響く甲高い破裂音!喫茶店の筋肉お化け店長を思い出し戦慄するオーゴ!
果たして、二人は生きて喫茶店から出られるのか?そして本題のクレマの掌力とは...!?
国歴248年 春 ルート国
城下町のとある喫茶店にて...
「は...?...ちょっ!おいィ!なにやってんのよクレマァ!」
顔面蒼白を超えて顔面緑黄色の僕の脳裏には、謎の筋肉保有者であるこの喫茶店の店長がチラついている。
そんな僕の耳に、クレマのいかにもテキトーな声が届く。
「騒ぐなよ。大丈夫だから。」
(「騒ぐなよ」?)
クレマにはこの店の店長が見えていないのだろうか?
否、見えていないのだろう。
あの店長の胸筋が見えた上でこのような舐め腐った態度がとれるわけがない。
そんなクレマは、床に広がる割れたグラスと零れたジュースに手を置いてじっとしている。
「チィッ...!」
カウンター席の奥の方から、店長の舌打ちが聞こえてきてしまった。
僕は恐る恐る店長の方を覗く。
「ひ、ひぃ...!!」
なんと、塵取りと箒を持った店長が、既に鬼神のような面持ちでこちらに歩みを進めているではないか。
一見あの塵取りと箒は清掃用にも見えるが、あの店長の表情を見ると、僕らを掃除するための剣と盾の可能性も否定はできない。
...悪王討伐の前に、悪王より強大な相手との戦闘に巻き込まれるかもしれないこの現状に、僕は涙目になっていたと思う。
しかし、この僕も、今後勇者として世界に名を馳せる予定の男だ。
ここは今後パーティーメンバーになるクレマの為にと決心を固め、あの筋肉魔人との戦いを覚悟した。
何とか戦えるように、僕は椅子から腰を浮かして彼女に作戦を伝える。
「ク、クレマ!奴が箒を振りかざしたら僕がスプーンを盾に入れ替えるから、その隙にクレマは____ありょ?」
と、腹を括って振り向いた先に居たクレマは、緑の前髪をかき上げ、優雅にオレンジジュースを飲んでいる最中だった。
外から差す太陽の光が、彼女の手の中のオレンジジュースをキラキラと光り輝かせている。
呆気に取られて動くことができなかった僕の横を、塵取りと箒を持った筋肉店長が怪訝を超え、懐疑心を持った顔でゆっくり通り過ぎて行った。
僕はやっと動き出した口から、何とか言葉を捻りだす。
「あ、あれ~~~?クレマさん?そのジュースはおかわりしたのかな?量も増えてるみたいだし?けどさっきの破片は?あれ?」
何も理解してない僕のquestionに、鷹のような目つきをした緑髪の彼女はanswerを出してくれた。
「いやウチの掌力。ってかその話をしてたよなぁ?何ボケてんだよ。」
「あ、そっか。ん、じゃあ、クレマの掌力はおかわりし放題ってこと?」
「...はぁ。」
クレマは自身の額に手を置き、わざとらしく大きく溜息を吐く。
彼女の指と指の間から垂れた緑の前髪が、艶々と輝いている。
「ウチの掌力は『巻戻』。簡単に言うと、触れた物の時間を巻き戻すことができる。今回はオレンジジュースを割れる前の状態に戻しただけ。」
「え?そんなのアリ?」
なんか急に神様みたいな力が目の前に出てきたぞ。
クレマの掌力の詳細が判明した現在も、依然として完全に唖然としている僕相手に、彼女は容赦なく話を続ける。
「まぁ、この力のおかげもあってウチはアカデミー主席だし、主席のおかげで今回の遠征にも選出されたからな。」
そう言うとクレマは、テーブルの上に『アカデミー成績表』とでかでか書かれた紙を差し出してきた。
僕はやっと処理が追い付いてきた脳みそで、成績表の中身を認識しようとする。
アカデミー成績表 氏名 クレマ
筆記部門 全245人中 1位
実技部門 全245人中 1位
模擬戦闘部門 全245人中 2位
総合成績 全245人中 1位
ほほう。
この素行不良のような彼女が主席とな。
本来ならば、僕は一国の王子としてこの国の未来を憂うべきなのかもしれないが、先ほどの力を見せられては彼女に何も言えない。
僕の驚嘆の視線に気づき、クレマはやらしく「ニィ」と笑う。
「まぁウチだってそれなりに勉強して、努力して、アカデミーのトップに上り詰めたんだ。安心して背中を預けなよ!はは!」
まぁ数字は噓をつかないので、一旦は彼女を信用するとしよう。
安心して背中を預けるかは保留にしておくが。
...ところで、一つ気になる項目がある。
「なぁクレマ。キミが成績優秀なのは理解したけど、この『模擬戦闘部門』ってのはクレマでも1位取れなかったの?」
笑っていたクレマの口が、一瞬固まった。
そして、彼女は何かを思い出すような表情で窓の外を眺め始める。
「...大抵の相手なら、ウチが一回手の平で触れるだけで決着がついた。...けどコイツは無理だったな。あいつの掌力は、避けようがない。」
クレマはそう言い終わると、もうほとんど入っていないオレンジジュースを一気に飲み干した。
「えぇ~なんか怖いわぁ。こんな規格外の掌力を持ったクレマでも敵わないって...」
「別に怖くねーよ。悪王討伐遠征に出さえすれば、アカデミーの連中ともお別れだ。」
お別れ、か。
クレマはお別れと言っても、別に悲しそうではなかった。
むしろ、柵から解放されたような、そんな清々しさすら感じる。
アカデミーの卒業なんてそんなものなのだろうか...?
暫くすると、クレマは席を立った。
「じゃ、今日はこんなとこで!ここの代金は任せたぜ、お・う・じ・さ・ま!あははっ、じゃあまたなぁ~。」
クレマが手をゆらゆら振りながら、ドアベルをチリンチリンと鳴らして外に出ていく。
「ちょ、ええぇ!ま、待ってくださいよぉ!」
僕は窓越しにクレマを呼び止めようと声を張る。
しかし、窓の外を歩く彼女には、もはや僕の声も届いていなければ姿も見えていないようであった。
(ふざけんなあの緑女!僕を置いていくなよ~!)
僕がここまで置いて行かれる事を嫌がっているのは、代金を支払うことに対してではない。
別に今回の代金を払うことなんて、王族の僕にとっては端金もいい所だ。
問題は、別の所に居る。
僕は恐る恐るカウンターを振り返る。
案の定、そこにはコーヒー豆の焙煎をしている広背筋がいた。
ということで僕は必然的に、例の筋肉で空を飛べそうな店長と顔を合わせてお会計を済ませることになったのであった。
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(はぁ。貴重な僕の寿命が縮んでしまった...。今日は早く寝て明後日の悪王討伐遠征に備えてよう...)
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