ブロウ外伝② 残された日常
『掌力』
それはこの世界に生きる人々が持っている能力。しかし、全ての人が持っている力ではなく、時折先天的に持って生まれてくる異質な能力だ。
掌力の内容は人それぞれであり、手から微弱な電気を放つ掌力もあれば、途轍もない力を持つ掌力もあるという。
オータム国 アカデミー
ここでは、そのような掌力を持った子供が集められ、幼い頃から創造神討伐の為だけに生きることを強いられている。ブロウ、スレナ、イトアトスも、物心つく頃にはこのアカデミー施設にいた。
全ては、最終試験を生き残り、創造神を打ち倒すために。
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国歴247年 7月27日
オータム国 アカデミー内
最終試験まで、残り『4日』
「これにて、午前の鍛錬を終了とする!」
アカデミーの真ん中にぽかんと空いた茶色い土のグラウンド。そこに教官の気迫に満ちた声が響き渡った。
その鍛錬終了の号令を皮切りに、十人程のアカデミー生たちは一斉に姿勢を崩した。膝に手をつく者、地面に座り込み肩で息をする者、水を一気に飲み干す者など、疲労度には差があれど、皆が疲れ切った姿を見せていた。
なぜ一様に皆が疲れきっているのか?それは彼らの午前のトレーニングメニューが、アカデミー生の中でも「地獄」との呼び声高い、”走り込み”だったからだ。
そして、その疲れ切った様子を見せてるアカデミー生の中に、ブロウの姿もあった。
(今日は暑すぎるよ、ホントに。スレナは良いよなぁ。サポーター組の方は、今頃室内で座学を受けてんだから。俺もサポーター組なら........いや、俺の掌力じゃ無理か)
ブロウは今頃汗ひとつかかずに授業を受けているであろうスレナを思いながら、背後に聳そびえ立つアカデミー校舎を眺めた。
ふと、教官がそんな彼らを見渡す。すると、教官は疲れ切っているアカデミー生達を尻目に、大きく咳払いをした。
「ゴホン!...そして、今日で最終試験まで残り4日となった!無論理解しているだろうが、貴様ら『メイン組』は、最終試験で直接戦う人間達だ!これから先は怪我の可能性も考慮し、今日をもってメイン組としてのトレーニングは終了とする!あとは最終試験まで、各々後悔のないように過ごすこと!以上!!」
一瞬、全員の呼吸が止まった。グランドには残響する教官の声しか残っていない。暫くして、息が切れていたアカデミー生達は荒い呼吸を再開する。
...全員がこの息の詰まるような沈黙を、搔き消したかったからかもしれない。
皆が、息が止まった理由を察していた。
教官が口にした、『最終試験まで残り4日』。皆が一番考えていた事でもあり、皆が一番口にしたがらない言葉である。
4日後、ここに居る仲間たちと殺し合いをする。全員その事実を知っていたが、全員理解しようとはしない。
最終試験で本当に殺し合いをするのは、今ここで肉体的なトレーニングをしている『メイン組』と呼ばれるアカデミー生だけである。彼らの掌力は、戦闘に向いているものが多い。つまり、最終試験では直接力を示して生き残るのだ。
そしてアカデミーに存在する、もう1つの組、それは『サポーター組』。サポーター組は、主に支援が得意な掌力を持ったアカデミー生が所属している。彼らは最終試験で直接殺し合いをすることはなく、生き残ったメイン組の生徒の指名で、選出されることになっている。
手の平から高威力のエネルギーを放出できる『一撃』の掌力を持つブロウと、手の平で触れた物を凍らせる『凍結』の掌力を持つイトアトスは、メイン組の所属。
一方、手の平の延長線上にあるものを引き寄せることができる『引寄』の掌力を持つスレナは、サポーター組に所属している。
(本当に、俺達は殺し合うのか...)
ブロウは地面に座り込み、呼吸も整わないまま頭上の蒼穹を仰ぎ見ている。彼の目に映る青空は、吸い込まれる程に蒼く、怖くなるほどに茫漠であった。まるでこの小さな国に囚われているブロウ達を嘲笑うかのように、天は彼らを見下ろしている。
ブロウは想像ができなかった。
この国の外から仰ぎ見る空の青さを、国の外に聳そびえ立つ木々の深緑を、国の外にも流れているであろう小川のせせらぎを。
そしてなにより、
この国の『外』に立つ自分の姿を、彼は想像できなかった。
(最終試験、それを越えれば、俺は創造神を倒すためにこの国の外に出ることになる。...けど、こんな俺が出れるのか?...いや、そもそも出る資格なんて、俺にあるのか?こんな俺が、皆を蹴落としてでも、...”殺してでも”、外の世界に出る価値があるのか?)
ブロウは酸素も十分に供給されていないその頭で、考えた。
考えようとした。
雲一つない青天井を見上げていると、ふと、辺りの全ての感覚が遠ざかっていくような浮遊感に陥る。
底のない青空に吸われるような感覚。肌を突き刺す猛暑、地面に横たわる陽炎、辺りで騒ぐ同級生たちの声、そのすべてが、自分から遠ざかっていく。
(やっぱり、俺は皆を殺してまで、外の世界に行きたいなんて思わない。...そうだな、もし生まれ変われたら、掌力も持たず、ただ静かな街で笑って生きていたい。できれば、スレナと結ばれて______なんて、これは流石に我儘かな。)
どんどん、どんどん全てが遠ざかり、白にも黒にも見える青空だけが、さらにさらに近くなっていく。
全てが、遠ざかる_____________________________
_______________________________い....
________________________ロウ...
________________ブロウ...
「おいブロウ!!水を飲め!!」
ハっとブロウは目を見開く。
彼の眼には、青空を遮るように近づくイトアトスの顔が映っていた。
気づくと、イトアトスがブロウの上半身を起こすようにして、ブロウの体を抱えている。ブロウが周りに目を運ぶと、同級生たちが心配そうにブロウとイトアトスを囲っていた。
「あれ...?俺、なにして...」
「いいから早く水を飲むんだ!君は脱水で意識が朦朧としている!」
ブロウの頬に何か冷たい物が押し当てられる。ブロウが弱々しく頬の方に手を伸ばすと、それが水のボトルだと言う事が分かった。
(なんでこんな暑い日に水が冷えてるんだ...?あぁ、イトアトスの掌力、『凍結』で冷やしたってコトか。わざわざこんなことしなくてもいいのに、大袈裟だな。)
こんな時に限って、ブロウの頭の中は妙に冴えている。
ブロウは自分の力で少しだけ上体を起こすと、ゆっくりと口の中に水を押し流す。水は乾ききった喉を押し広げながら流れ、ブロウはその痛みに顔を歪ませる。
イトアトスがそんなブロウの横で小さく、「教官め、目の前で生徒が倒れて、よく知らん顔で帰れるな」と悪態をついた。
ブロウはボトルから口を離すと、せき込みながら小刻みな呼吸を繰り返した。イトアトスはブロウの腕を持ち上げ、自分の肩に彼の腕を掛けた。
そしてブロウの背中を支えながら、ゆっくりと立ち上がる。
「立てるかい?僕が医務室まで肩を貸すから、ゆっくり歩くんだよ。いいね?」
ブロウは大粒の汗を顔に浮かべたまま「フッ」と笑い、肩を貸してくれているイトアトスに向かって口を開いた。
「大袈裟だよ、イトアトスは。別に俺一人で立てるし、こんなのただの立ち眩みだ。医務室になんか行く必要ないさ」
「座ったまま立ち眩みしたのかい?...ハハッ、やっぱりブロウはお笑いのセンスがあるよ。さ、冗談の続きは、君の顔色が真っ赤じゃなくなってから聞こうか」
ブロウは彼の言葉に少しムっとした表情を浮かべ、イトアトスはそんなブロウの横顔を見て「怒るなよ」と小さく笑った。
ブロウが顔をしかめる時、イトアトスは決まって笑顔を浮かべている。
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