ブロウ外伝⑰ 一撃
12月1日
オータム国 アカデミー大門前
「ほら、そっちは荷造り終わった?アタシはもういつでも行けるけど。」
ピンク髪の少女が、大きなリュックを背負って目の前に立った。
彼女の名前はアリウム。...まぁ、それも一カ月くらい前にようやく教えてくれた名だが。
あの日から、既に4か月の月日が経っていた。あの時は蒸し暑い真夏だったが、今では凍えるほどの真冬になってしまった。
「あぁ、俺も......僕も、準備は整った。要は、待機万全ということだよ。」
僕はそう言うと、隣に置いたリュックを持ち上げて立ち上がる。
いよいよ創造神討伐遠征への出立の日だと言うのに、このアカデミーの大門には見送りの1人も来ていない。
今日は雪が降っていないが、流石に冬のこの時期は寒さが厳しい。アカデミーのグラウンドに積もった雪は、これからまだまだ高くなりそうだ。
(あそこ、たしかスレナから告白された場所だったな。)
僕は校舎沿いの一角を見て、思わず四カ月ほど前の淡い記憶を掘り起こしてしまう。
...いけない。今から旅立ちだと言うのに、今更未練がましくアカデミーを見ていちゃダメだ。
僕は心の中で覚悟を決めて、アカデミーから目を逸らして大門の外を見る。外には白銀の城下町が広がっており、その奥には国王の住む城が見えた。
「じゃ、いよいよ出発するわよ。」
アリウムはピンク色の髪を冬風に靡かせながら、ズンズンとアカデミーの外に歩み出る。彼女はアカデミーに対して心残りなどないのだろうか。
...いや、きっとそれも全部、あの日の僕が壊してしまったのだろう。
僕もアリウムに置いて行かれないよう、リュックを背負って大門から城下町に歩みを進めた。
アカデミーの方は振り返らないようにした。もうそこに、イトアトスもスレナも居ないから。
大門を出て、真っすぐに国の外に出ようとするアリウムの背中に、僕は声をかけた。
「...なぁ、最後に少し、城の方に行ってもいいか?」
アリウムは僕の言葉の真意を見抜けないらしく、めんどくさそうな顔で振り向いてぶつくさと声を上げる。
「えぇ?城に行きたいの?...ま、いいけど。早くしてよね。」
僕はかつて親友たちと走り比べした城下町の道路を歩き、城に近づいて行った。数十メートル歩いて城の麓まで来ると、そこで足を止める。
アリウムは依然、僕の目的が分からないまま、気だるげな表情で後ろをついてきていた。
「城に来たって、国王はアタシ達の為にわざわざ出てこないよ。」
アリウムは、僕が国王に会いに来たのだと思っているらしい。...見当違いだな。
僕は一呼吸置き、右手を城の正面に向かってしっかりと伸ばした。
そう。最終試験の日、沢山の命を奪ったあの時のように。
ここでようやくアリウムが僕の考えに気が付いた。彼女は更に面倒くさそうな表情を浮かべて、僕を静止しようとする。
「アンタもしかして、国王殺すつもりで城に『一撃』ぶっ放すつもり?...やめときなって」
僕は城から目を逸らさずに彼女に応える。
「アカデミーで生まれる不幸は、この国の在り方が原因だ。この国の方針が今のままである限り、アカデミー死ぬ人も、僕たちの様に絶望する人も、決していなくならない。...だったらこの腐った国王を殺しでもすれば、少しはマシになるかもしれないだろ?」
城壁の白が、憎たらしい程に光って見えた。
アリウムは僕と数メートルの距離を保ったまま、マイペースに口を開く。
「それがお友達の敵討ちのつもり?こんなとこでアンタの一撃をぶっ放したら、関係ない人まで傷つくよ」
「......」
「それに、アンタの言う親友たちは、そんなこと望むような人達なの?」
アリウムは時々、芯を捉えたことを言う。彼女の言葉で冷静になるのは、これで何度目だろうか。
僕はゆっくりと右腕を下ろす。
脳裏に、イトアトスとスレナの笑顔がよぎった。せめて記憶の中の二人の笑顔だけは、壊したくなかった。
「すまない、アリウム。君の言う通りだ。要は、僕たちが創造神を殺せば、あんな施設は必要なくなるっていうことか。」
僕はアリウムに向かって顔を向ける。アリウムは、「はぁ」とため息を溢した。
「そういうこと。...ほら、早速時間無駄にしたんだから、さっさと国を出て創造神殺しに行くわよ。」
彼女はそう言って早々と踵を返した。僕ももう一度だけ城を見上げて、ゆっくりと彼女の後を追って歩き始めた。
しばらく歩いて、国と外の世界を隔てる大きな橋に差し掛かった時、ふとアリウムが振り返って僕に口を開いた。
「そういえば、アンタの一人称、今は『僕』だけど、一カ月くらい前まで『俺』だったじゃない。それと、最近は『要は、』って口癖も言うようになったわよね。...それってさ、きっとアンタの親友のものだったんでしょ?」
「...そうだとしたら、何か問題があるのかい?」
アリウムが木製の大橋に足を勢いよく踏み出し、威勢よく口を開ける。
「問題はあるわ。アタシ、そーゆーの大っ嫌いだから。...大切な人を忘れないのは大事だけど、引きずるのは弱い奴がすることよ。分かる?ブロウ。」
僕も彼女に続き、橋に向かって大きな一歩を出す。木製の橋は「ギィ」と音を鳴らして、僕を歓迎してくれた。
そして、僕は何故か清々しい気持ちで彼女に答える。
「引きずっている訳じゃないさ。一緒に外の景色を見てもらうだけだ。...要は、僕のこの身には、親友の想いも詰まってるってことだよ。」
アリウムは、「意味わかんない」と不機嫌そうに溢し、ズンズンと橋を進んでいく。
僕も橋を踏みしめながら、この先に待ち構える世界を見据えた。生憎、旅立ちの今日は深い曇天である。
恋人と共に見ることが夢だった外の世界。
親友に聞かせてやることが夢だった冒険譚。
二人はもうこの世界に居ないけれど、俺が二人の想いを乗せて、外の世界を歩む。
外の世界を見て、感じて、経験する。それが俺の義務だから。
けど、この旅のゴールはそこじゃない。
この旅の終着点は、創造神を____
創造神を、殺すことだ。
__僕の旅は、こうして始まった。
ブロウ外伝 完




