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手の平の『創造物』たち  作者: 今木照
ブロウ外伝
15/25

ブロウ外伝⑮ 選ばれた者

8月1日 最終試験当日

オータム国 アカデミー内 スレナの部屋



(...鼓動が、早い。)


 彼女の部屋に、時計から発せられる「カチ、カチ」という無機質な音だけが延々と響いている。しかし、その秒針の行進よりも早く、スレナの心臓は脈打っているように感じた。

 ブロウとイトアトスと別れてから、もう50分は経った。スレナはただ一人、カーテンも閉め切った自室で、二人の無事を祈り続けている。


(大丈夫、二人ならきっと負けない。二人なら、...きっと死んだりしない。)


 スレナは目をギュッと瞑って、自分を納得させるように心の中で反芻する。

 彼女からすれば、最終試験の勝者など誰でも良かった。ただ、あの二人が無事で居てくれさえすれば、他に望むことなど何一つなかったのだ。

 今、この時の一分一秒がかつてない程に長く、そして重く感じられた。



「...コンコンッ!」


「....!!」



 不意に、部屋のドアを叩かれる。スレナは閉じていた目を見開き、余計に早くなった心臓を抑えながら、素早く立ち上がる。


「は、はい!どうぞ...!!」


 声を出してから、自分の口が震えていたことに気が付いた。そしてついでに自分が眼鏡を外していた事にも気が付き、慌てて傍らに置いておいた赤縁あかぶちのソレを、自身の顔に掛け直した。


 ドアを叩いた主は、ほんの少しの間をおいてから、静かに扉を開けた。その扉の奥から現れたのは、何度かアカデミーで見かけたことがある程度の、あまり面識のない男教官であった。

 その小太りの教官は厳かに口を開くと、静かに声を発した。


「...アカデミー第18世代、スレナだな。お前は創造神討伐遠征のサポーターに選出された。」


 スレナはその瞳を、まん丸に見開いた。

 回転の速い彼女の脳でも、その言葉の衝撃に一瞬理解が追い付かなかった。


 ようやく脳の理解と呼吸が追い付いたスレナは、更に口を震わせながら、急いで言葉を絞り出す。


「ほ、本当ですか...!け、けど、メイン組の最終試験の結果は...!?勝者は誰になったんですか!?」


 スレナのそのまくし立てるような早口に、教官は「ふぅ...」とわざとらしく溜息をつくと、再び静かに口を開けた。


「...とにかく、今はお前をその勝者の所に連れて行く。私の後ろをついて来い。...それと、廊下では静かにすること。」


 彼はそう言うと、恰幅の良い体をのっそりと反転させ、廊下に歩み出た。

 スレナも彼の背中を追い、慌てて室内履きをはき直して廊下へと進む。



「.......」


 二人の間に会話は生まれず、一分ほど静かなアカデミー内を歩き続けた。

 こんなにも人のいないアカデミー内を歩くのは、18年間ここで生活をしていたスレナでも初めての事だった。異質な静寂に包まれたアカデミーの校舎は、なんだか無機質な不気味さを感じる。

 スレナは前を歩く小太りな教官を眺め、何か決意を固めるように深く息を吐いた。そして、思い切って教官の背中に声をかける。


「あ、あの!私が選ばれたって事は、もしかして最終試験の勝者は...!!」


 スレナのその声に反応して、教官が大きな舌打ちをした。


「...チッ!静かにしろと言っただろ...!」


 教官は横目でスレナの事を睨みつけた。暫くすると視線を前に向けて、再び歩みを始めた。

 スレナは小さな声で「す、すみません...」とだけ呟き、俯いて彼の背中について行くことにした。



「...ブロウだ。」


「...え?」


 しかし、数歩あるいた時、唐突に教官の方から声が聞こえた。

 スレナは、彼から話してくれたことと、彼の口から出てきたその名前と両方に驚き、思わず一瞬足を止めてしまう。

 教官は前を向いて歩調を変えないまま、もう一度だけ言葉を発した。


「それが勝者の名だ。...二度は言わん。」


「つ、つまりそれって...!!」


 スレナは前のめりになって、教官の言葉に食い気味になる。しかし、教官の口はもう堅く閉ざされてしまっていたようだ。

 それでも、スレナの心臓は、全身の血は、まるで歓喜するかのように跳ねて脈打っていた。


(は、ははははっ!本当にブロウが!ブロウが勝ちました!本当に、本当に..!!)


 正直、本当は胸の奥底からありったけの声で叫びたかった。けれど、次こそは本当に怒られそうだったので、口を抑えて歓喜の絶叫は何とか我慢することにした。

 しかし、そんな黄色の感情が心を覆いつくす刹那、スレナの心には一抹の不安がよぎった。

 つまりそれは、イトアトスのことだった。


(...ブロウが勝者なら、もしかして、イトアトスは...)


 と、そこまで考えて、スレナは自分の頬を小さく叩いた。


(いや、そんなハズがない!きっと今頃、二人は痣だらけにでもなって、笑いながら私のことを待ってくれている筈...!!)


 スレナはその恐怖にも似た不安を払拭するため、必死に二人の笑顔を想像した。頭の中にいる彼らは、やっぱりいつものように笑っている。

 ...けれど、けれど、一応、教官に聞いてみても__


 スレナは少し歩みを速めて、教官の背中に近づこうとした。本当に聞いてもいいのか躊躇いそうになったが、彼女は覚悟を決めて声を出す。


「あ、あの!ブロウのほかに生存者って__」

「ここだ。」


 しかし、スレナの声に被さるように、教官の声が耳に響く。

 教官は足を止めて、扉の前に立っていた。どうやらスレナが一喜一憂しながら歩いている間に、いつのまにか目的地に到着してしまったらしい。

 スレナが目線を上げると、そこには何やら重々しい鉄の扉が(そび)え立っていた。


(この部屋、全然見覚えがない...)


 位置関係を確かめるために周りを見渡すと、左には廊下の行き止まりが、右の方には少し先に医務室の扉が見えていた。医務室にはなかなか来ないし、ましてやそのさらに奥になんて足を運んだことが無かったので、スレナは見覚えが無くて当然だと一人納得することにした。


 そして、再び目の前の扉に視線を移す。イトアトスが最終試験でどうなったのか、今すぐにその答えが知りたかったが、今は笑顔でこの部屋に入ろうと決心した。...きっと、二人も笑って待っているから。


 スレナはポンポンっと自分の頬を叩くと、思いっきりの笑顔を浮かべて扉に手をかけた。そして、力いっぱいに扉を引き、部屋の中へと駆けこんでいった。



「ブロウ、おめでとうございます!!」


_____________________________________



 同時刻 ブロウの待つ部屋にて



 イトアトスが死んだあとは、記憶が定かではなかった。

 たしか試験会場の中庭に、試験が始まったときのような教官の声が再び響き、その後何人かの職員のような人間が扉を開けて入ってきた。

 ブロウはその職員たちに足の氷を砕かれて、半分引きずられるようにして別室に移されたのだ。


 今、その移動してきた部屋に、ブロウは一人で佇んでいた。この部屋がアカデミーのどこら辺にあるのかすら、ブロウは把握していない。

 今彼の頭の中にものは、ただひとつ。...氷の中で固まっていた、親友イトアトスの笑顔だけであった。


「...なんで、どうして、イトアトス...」


 ブロウは虚ろな瞳で、小さく繰り返した。目線の先の足元には、拳から滴った血の跡が点々とできている。

 すると突然、部屋の中に雑音が響いた。


「ジ...ジジ.......まもなく、創造神討伐遠征に選出されたサポーターが部屋に到着する。第18世代、ブロウは、室内にてこのまま待機をすること。」


 その奇妙な音には、聞き覚えがあった。

 最終試験が始まる直前にも中庭内に響いた、謎の声。...いや、正確には声の主は教官だと分かっているのだが、その声の主が部屋に居ないのに頭上から声がするという、奇妙な声だ。


 そして直後、ブロウの頭に、違和感が流れ込む。

 ブロウは震える足を労わることなく、呆然と立ち上がった。そして頭上から聞えてきた教官の声に返すように、顔を天井に向けて、ありったけに喉を広げて叫ぶ。


「お、おい、サポーターが選出されたってどういうことだ...?俺はまだ、誰も選んでないぞ...!なぁおい、どうなってんだよ!?最終試験の勝者が、サポーターを選出するんじゃ__!」


 ブロウが乾ききった声で天井に向かって叫んだ、その時。


「ギィ...」


 部屋の扉が、開いた音がした。

 直感的に、選出されたサポーターが来たのだと理解した。ブロウはその音を聞き取るや否や、反射的に首をそちらに向ける。


 ブロウの頭の中に、スレナの顔を想起した。


(きっと振り返ったら、あの赤い眼鏡をかけた彼女がそこに居る。

 きっと振り返ったら、いつもの茶髪が目に入る。

 きっと振り返ったら、あの元気な声が耳に届く。

 きっと__!)


 ブロウは勢いよく振り返って、開いた扉の先に居た人影を凝視した。



「......だれだ、おまえ」




 続く

最後まで読んで頂きありがとうございます。

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