ブロウ外伝⑬ 命より大切なもの
8月1日 最終試験開始後
ルート国 アカデミー内最終試験会場
ブロウは何者かに壁へ押し付けられ、胸ぐらを掴まれて身動きを封じられた。何が起きたのか理解できなかった。
...いや、理解したくなかった。
「どうして、イトアトス...?」
真っ白になった頭からは、そんな情けない言葉しか吐き出すことができなかった。
一秒前まで背中を預けていた親友が、今は自分の首を絞めつけようとしていた。思うように体が動かせない。
イトアトスは彼の体を抑えつけたまま、小さく口を開く。
「死んでくれよ、ブロウ。」
イトアトスは、ブロウを裏切った。
「ッ!?」
彼の言葉が耳に届くのとほぼ同時、ブロウの左腕に痛みを伴った冷気が伝う。
反射的に目をやると、イトアトスは自身の掌力、『凍結』でブロウの左腕を凍らせ始めていた。
「君を殺せば、この最終試験で一番危険な存在は消える。君のその掌力は、一瞬で最終試験を終わらせかねない。」
「な、なんで...、俺と協力して、生き残るんじゃ...カハッ!」
ブロウは息も絶え絶えに、イトアトスに訴えかける。
けれど、イトアトスの心にブロウの想いが届くことは無かった。彼はブロウに顔を近づけながら、淡々と口を開く。彼の瞳は暗く、氷のように冷たくなっていた。
「協力?...そんな曖昧なものに、命を預けられるのかい?もし君が僕を裏切って、僕ごと『一撃』で吹き飛ばしたら?スレナの為に、生き残る為に、君が僕を裏切る可能性はあるよね?...だったら、先に僕が裏切って、君を殺せばいい。」
「...ッ!」
ブロウはもう、言葉を出せなかった。
喉が熱く、苦しい。左腕もイトアトスの掌力、『凍結』によって凍り付き、もはや感覚がなくなっている。
意識が朦朧とする中で、ブロウはイトアトスの顔を、姿を、目に焼き付けた。
(イトアトス、俺を裏切ったんだ。コイツのせいで俺は死ぬ。スレナとの未来があったかもしれないのに、アカデミーから解放される未来が来るかもしれないのに、イトアトスの嘘で俺は死ぬ...!)
ブロウはかろうじて動かせた右腕を何とか持ち上げ、手の平をイトアトスの方に向けた。
イトアトスの背後を見てみると、何故か他の参加者たちは戦いもせずに、こちらへゆっくりと近づいてきていた。
本来ならば敵も味方もなく殺し合いになっているはずなのに、目の前のライバルたちは事前に計画を立てたかのように、誰かの糸に操られているかのように、無言でこちらに歩いてくる。
...そうか、計画を立てていたんだ。きっとイトアトスは裏切りをすることも、ほかの参加者全員に共有していたのだ。
でも、今ここで『一撃』を使えば、イトアトス諸共、大半の参加者を殺すことができる。今、この右手から一撃を放ちさえすれば、裏切り者も、ライバルたちも、殺せるかもしれない。
ブロウは右手に力を込める。
...込めようとした。けれど、イトアトスのお腹に向けたその右手には、力が入らない。
ブロウの両眼から、涙があふれた。
(...駄目だ、やっぱり殺せない。イトアトスの事をどんなに悪く思おうとしても、俺はきっと許してしまう。目の前のイトアトスがどんなに暗い目をしていても、俺は彼を親友だと思ってしまう。)
もう呼吸の苦しさなんて感じない。もう左腕の凍て刺す痛みなんて届かない。ただ、心が痛かった。
ブロウは混濁する意識の中、最後の気力を振り絞ってもう一度だけ右手を持ち上げた。
...ただ、今度は、イトアトスの向こう側に向かって、手の平を開いた。
(...スレナ、生きて帰るって約束しておいて、ゴメン。けど、やっぱりイトアトスはスレナと同じくらい大切な人なんだ。俺はイトアトスの為に、なるべく多くの人を巻き込んで一撃を放つ。少しでも多く殺せれば、きっとイトアトスの生き残る確率は上がるから。...イトアトスは多分、サポーターとしてスレナのことを指名するよ。だから、イトアトスと君は俺の分まで、外の世界を見てきてくれ)
ブロウは、震える右手に持てる全ての力を込め、意識を集中させる。
向こうは結託して一塊になっているが、逆にそのおかげで一撃に巻き込める人数が増えそうだ。
なぜか、ブロウの脳内にこれまでの記憶が次々と浮かんだ。
ボンヤリとしている記憶から、鮮明に色付けされたものまで。そのすべての記憶に、スレナとイトアトスの顔が映りこんでいた。
(...あぁ、ホント、俺の人生、二人のおかげでいっぱい笑ったな。...もし叶うなら、俺が居なくなった後も、二人にはずっと、笑っててほしいな)
「...ハッ....、じゃあ...な......」
ブロウは殆ど潰されかけたその喉で、イトアトスの耳元に呟いた。
直後、彼の右の手の平から、眩い光が溢れる。そのピンク色の光が、一瞬で中庭を明るく照らした。次の瞬間、それはすぐに一つの巨大な光の束となり、彼の手の平の延長線上に発射された。
一瞬で、光の束が参加者たちを飲み込んだ。
光線上にあった床はあまりの熱に爛れ、光線がぶつかった壁は、ジッと音を立てて大きな凹みを作った。幾つもの悲鳴が、中庭に響く前に消えていった。微かに、肉の焼ける嫌な臭いがする。
かろうじてその熱線を回避できた人間も、あまりにも圧倒的な火力を前に、ただただ恐怖で足を竦ませることしかできなかった。
2秒後、光線が消えてそこに残ったのは、焼け爛れた床と、煙を出して風に舞う何かの灰であった。
イトアトスの脇腹から伸ばしたブロウの右手は、見事イトアトスを傷つけることなく、一撃で背後に迫っていた参加者たちに壊滅的な被害をもたらしたのだ。
しかし、ブロウはそんな結末を見届ける前に、とっくに気を失っていた。
高火力を誇る『一撃』は、使用するとその反動で使用者は気絶する。
イトアトスは力の抜けきったブロウの体から手を放す。彼の体がぐしゃりと横たわり、凍り切った左腕はカチンと音を立てて床に落ちた。
イトアトスは床に転がるブロウを見下ろすと、小さく口角を上げて口を開く。
「やっぱり君は、馬鹿だよ。」
焼け焦げた空気の中、イトアトスの吐息だけが白く染まっていた。
ブロウが笑えない時、彼は決まって笑顔を浮かべている。
続く
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