ブロウ外伝⑫ 最終試験、開始
8月1日 最終試験当日
ルート国 アカデミー内最終試験会場
試験会場である中庭への入り口を抜け、イトアトスとブロウは一歩を踏み出した。辺りを見渡すと、既に15人ほどの最終試験参加者が集まっている。二人が入った直後に扉が閉ざされたのを見ると、どうやら二人は最後の参加者だったらしい。
ブロウ達と同じ18世代、つまり、18歳のメイン組も当然参加していて、中には良く見知った顔ぶれもチラホラ伺えた。
「ブロウ、こっちに行こう。」
イトアトスがブロウに手招きをして、先導する。
彼らのスタート地点は、長方形型になっている中庭の、手前側の壁際になった。つまり、二人は中庭の全貌を一目で把握できる場所からのスタートとなったという事だ。
最終試験の始まりは、位置が定められている訳ではなく、互いに一定の距離が保たれてさえいれば、各々好きな位置から始めることができる。
ブロウとイトアトスは、全体を見渡せる場所からのスタートになったが、それは同時に、両側から攻め込まれやすいことも意味していた。それでもイトアトスは迷いなく、悠々と立っている。彼と協力すると約束したブロウも、イトアトスが行くならと、彼の横で開始の瞬間を待つことにした。
この場に居る全員が、やけにソワソワとしている。空気が張り詰め、息をするのにも神経を使う。それもそうだ。数分後、いや、数秒後には、ここにいる全員で殺し合いをすることになるのだから。
(それにしても、やけに目が合うな...)
ブロウが辺りを見渡すと、ほかの参加者といやに目が合う。最後に入ってきたから注目を集めているのか、はたまたブロウの気にしすぎか、その真相は分からないが、ブロウの眼にはどうにも良い物に映らなかった。
「ザ...ザザ...」
突然、中庭内に聞きなれない不思議な雑音が走った。その音が何処から流れてきたのかは分からない。
ブロウもイトアトスも、ほかの参加者も、周囲を探るが、その雑音の出所はやはり明らかにならないようであった。
「...ザ......これより、最終試験を行う。開始の合図までは、各自その場を動かないこと。」
その雑音が、人の声に変わった。その声の主がメイン組の担当教官だとは全員気が付いたが、その教官がこの中庭に居ない。最終試験を目前にしたメイン組の生徒たちは、小さい動揺を見せる。
「声の主は居ないのに、声だけを特定の場所に送る。誰かの掌力か、もしくは、やはりアカデミーの技術か...」
ブロウの横でイトアトスが呟く。
しかし、すぐにイトアトスはブロウの視線に気が付き、顔を上げる。
「...あぁ、気にすることは無いよ。それより今は、目の前の最終試験だ。『僕たちは協力して生き残る』、これを忘れてはいないよね?」
ブロウは緊張した面持ちでコクリと頷く。イトアトスはそんな彼を見て笑顔を作った。そんな数秒のやり取りが終わった、直後、再び無機質な声が中庭に響き渡った。
「...ザザ...それでは、国歴247年、最終試験の開始を、ここに宣言する。」
全員の意識が、フッと現実に戻った感触がした。
一瞬、音が消え、呼吸が止まった。こちらを睨むライバルたちの眼が、突き刺すように体に突き刺さるが、それに負けじとブロウも足を踏み込む。
イトアトスの方を一瞥すると、彼は覚悟を決めたような瞳で全体を見据えていた。
(俺とイトアトスは、生き残らなきゃならない。スレナが待ってる。二人で全員倒して、最後は正々堂々イトアトスに勝つ。...今は、それだけを考えていればいいから。)
額から垂れる無数の汗を気にも留めず、ブロウはぎこちなく深呼吸を繰り返す。
手が小刻みに震えているのも、足に思ったように力が入らなくなっていたことも、自分で分かっていた。けれど、ブロウは自分を奮い立たせる。帰りを待つ恋人の為か、隣で共に闘うと約束してくれた親友の為か、そんなことはどうでもよかった。ただ今は自分の為ではなく、大切な人の為に立っていることが勇気になった。
隣に立っている親友の気配を右肩に感じながら、ブロウは辺りを見渡す。
(周りは皆、俺を殺しに来る。...それでいい。俺が死ぬ前に、全員殺せばいいだけだ。)
「開始。」
無機質なその号令は、唐突に中庭に響いた。
それと同時、参加者全員が地を蹴って動き出す。
遂に始まった。18年間、アカデミー生として育てられた彼らは、この日の為に訓練し、飯を食い、生活をしてきた。そんな彼らの、人生を賭けた最後の闘いが、たった今始まったのだ。
「イトアトス!右から対処しよう!俺の掌力はなるべく温存しておきたいおから、イトアトスの『凍結』で左の牽制を!」
ブロウの考える作戦はこうだ。
ブロウの掌力、『一撃』は強力ではあるものの、反動が大きすぎるため、終盤に残しておく。それまでは『凍結』の掌力を使うイトアトスと死角を補い合い、向かってくる敵に対して常に2対1の形をとって戦う。という作戦だ。
ブロウは目線を前方から逸らさないまま、イトアトスに指示を送った。
それと同時に、こちらに迫ってくるライバルの中から誰を最初の目標にするか、限られた時間の中で決めなくてはならない。
その時、視界の隅で影が動いた。
次の瞬間。
「ドンッ!!」
突然、ブロウの背中に鈍い衝撃が走る。
「...は」
ブロウは何者かに壁へ押し付けられ、胸ぐらを掴まれて身動きを封じられた。何が起きたのか理解できなかった。
...いや、理解したくなかった。
「どうして、イトアトス...?」
真っ白になった頭からは、そんな情けない言葉しか吐き出すことができなかった。
一秒前まで背中を預けていた親友が、今は自分の首を絞めつけようとしていた。思うように体が動かせない。
イトアトスは彼の体を抑えつけたまま、小さく口を開く。
「死んでくれよ、ブロウ。」
イトアトスは、ブロウを裏切ったのだ。
続く
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