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手の平の『創造物』たち  作者: 今木照
ブロウ外伝
11/25

ブロウ外伝⑪ 「また後で」

 最終試験 当日

 8月1日


 オータム国 アカデミー 



 最終試験は、アカデミー内にある、長方形型の中庭で行われる。

 広さはおよそ30m×50mくらいといった広さだ。屋根があるという事もあって、雨の日なんかはよく授業でも使われている。...ただ、壁に錆色の染みがついているその中庭を、ブロウは好きになれなかった。


 ブロウとイトアトスの二人は今、その場所に向かって足を進めている。

 二人の後ろにスレナがトボトボとついてきているが、三人とも言葉は交わさない。


 真昼間の太陽が窓から廊下に差し込み、廊下内は嫌気が差すほどに白く光っている。

 もうそこの突き当りを左に曲がれば最終試験会場、といったところで、不意に横から人影が出てきた。いやに高圧的で横に伸びた目つき、笑ったこともなさそうな不愛想な顔。見慣れたその人物は、案の定メイン組の担当教官だった。

 その人影は三人の顔を交互に一瞥すると、スレナの顔を見た途端、重々しい口を開く。


「止まれ。後ろの生徒はサポーター組だろう。...ここから先はメイン組の生徒しか立ち入りを認めていない。サポーター組の生徒は指示通り自室で待機していろ」


 三人はピタリと足を止め、ブロウとイトアトスはスレナの方を振り返る。

 スレナは教官にペコリと頭を下げると、「一言だけ」と懇願した。教官は表情をピクリとも変えず、小さな舌打ちと「すぐに済ませろ。」という言葉だけを残して、試験場の方に歩いて行った。


 スレナはブロウとイトアトスに視線を向け直し、一呼吸おいてから口を開いた。


「...二人共、また会えますよね。二人は最後まで生き残って、最後は殴り合いとかで決着をつけるって言ってましたもんね。...死なないですよね」


 イトアトスは無言で佇み、ブロウは「コクリ」とだけ首を縦に振った。

 昨日まであんな元気に振る舞っていたスレナも、流石に思う所があるらしい。彼女は怖いのか、小さく体を震わせながら視線を落とす。


「私、嫌ですからね。ブロウが死ぬのも、イトアトスが死ぬのも。絶対、ぜったい、二人で帰ってきてくださいよ。...じゃないと、じゃないと私__」


 顔を下げたスレナの表情は見えないが、彼女の声が震えているのはすぐに分かった。

 ブロウはゆっくりと、ゆっくりと手を伸ばし、スレナの肩を優しくなでた。そしてなるべくいつもの口調で、スレナに話しかける。


「なぁスレナ。俺とイトアトスが協力するんだ、誰が敵うっていうんだ?だから、信じて待っててくれ。俺とイトアトスは必ず生き残る。そして必ず、君と旅に出るよ」


 ブロウはそう言うと笑って、力の抜けたスレナの左手を掴んだ。

 スレナは顔を下げたまま、右手で涙をゴシゴシとふき取ると、ブロウの手をギュッと握り返す。


「そうですね。キミ達二人の厄介さは、私が一番分かってましたね。それならいつも通り、二人でパパっと終わらせてきちゃってください!」


 眼は少し潤んでいたが、彼女はいつも通りの笑顔を二人に送った。

 イトアトスも後ろから、「そうするよ」と声をかけ、ブロウも大きく頷いた。


 二人は手を離すと、互いに一歩離れた。スレナが二人に対して、小さく手を振る。


「それじゃあ、サヨナラは言いません。二人共、また後で!」


 ブロウとイトアトスも手を振り、「あぁ、また後で」と口にする。イトアトスは数秒スレナの事を見やった後、覚悟を決めたように体を翻した。

 ブロウも名残惜しそうに最後までスレナと目を合わせ、大きく息を吐いてイトアトスに続こうとした。


 と、ブロウの背中がスレナに向けられた、その時。

 ブロウの肩を、白く細い指がチョンチョンっとつつく。ブロウは反射的に、後ろを振り返った。


 彼の唇に、柔らかい物が当たった。すぐにそれが、スレナの唇だと気が付いた。


 ブロウはたじろぐが、スレナは背伸びをして彼の唇を逃がさない。

 彼女の掛けている眼鏡に、自分の瞳が反射していた。彼女の息遣いが、肌に伝わる。彼女の匂いがする。その唇は、春のような温もりを持っていた。


 スレナが背伸びをやめて、ゆっくりと唇を放す。ぷっくらとしたその感触が、まだブロウの唇には残っていた。

 彼女は頬を赤らめたまま、恥ずかしそうに視線を合わす。さっきまで触れていたピンク色の唇が、ゆっくりと開く。



「私、ずっとキミについて行くから。」



 彼女はそう言うと、もう一度だけブロウに視線を合わせ、廊下の奥へと走り去っていってしまった。

 あまりにも突然の出来事で、ブロウは一言も発せず、身動きも取れず、数秒間その場に立ちすくんでいた。


 ふと、彼の背中に声がぶつけられる。


「おい、ブロウ。何をしてるんだい?最終試験が始まってしまうよ。」


 イトアトスはいつもの静けさで、ブロウを呼ぶ。我に返ったブロウは、慌ててイトアトスに追いつく。

 まだ唇に残っている彼女の温度を思い出しながら、ブロウは顔が熱くなるのを感じていた。


「キスなんて、妬かせるね。」


 イトアトスが悪戯っぽく笑ってブロウをからかう。ブロウは顔を真っ赤にしながら、視線を泳がす。


「み、見られてたのか。ていうか、その、『きす』って今のやつのことか...?」


 ブロウは恥ずかしがりながらも問いかける。

 イトアトスはその質問に答えもせず、ケラケラと愉快そうに笑い声を上げていた。


 ブロウが笑えない時、イトアトスは決まって笑顔を浮かべている。




 続く。

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