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手の平の『創造物』たち  作者: 今木照
ブロウ外伝
10/25

ブロウ外伝⑩ 前日

オータム国 7月31日

アカデミー内食堂にて


最終試験まで残り__『1日』



 少し遅れて、スレナとブロウが食堂に到着した。先に席についていたイトアトスは、屈託のない笑みでブロウと挨拶を交わす。

 しかし、スレナの方はイトアトスの顔を見るや、訝しげに表情を曇らせた。彼女はその曇らせた表情のまま、ゆっくりと椅子に腰を落としてジイっとイトアトスの眼を見つめる。


「うわ~、本当に来ているんですね...」


 スレナはそんなことを言いながらも、イトアトスが先に人数分用意してくれていた水を手に取り、ズズっと啜る。一方のイトアトスは、困ったようにポリポリと頭を掻きながら、苦笑いで口を開く。


「いや~、その、三日前の医務室でのあの言動は、本当に申し訳なかったと思ってるよ。あはは...」


 イトアトスはバツが悪そうな笑顔で謝罪の言葉を並べるが、依然スレナの表情は釈然としていないようだった。

 そんなスレナは、横に座っているブロウの顔をチラリと見ると、すぐに視線をイトアトスの方に向けて再び怪訝そうに口を開く。


「別に私に謝らなくてもいいんですけど。...要は、ブロウとは仲直りしたんですよね?」


 その問いかけに反応したのは、イトアトスではなく、横に座っていたブロウであった。


「あぁ、そのことなら昨日話をしたよ。まぁ今までの18年間、何回も喧嘩みたいなことはしてきたしね。今回もその一つに過ぎないと、俺もイトアトスも思ってるさ。」


 イトアトスはブロウのその言葉に、静かに頷いた。

 スレナもその言葉を信じる事にしたのか、小さく「はぁ~」と息をついて、億劫そうに言葉を並べる。


「確かに、キミ達は昔からよくケンカしてましたからねぇ~。喧嘩するほどなんちゃら、とは言ってもですねぇ、間に挟まれる私の身にもなってほしいですよ、ホント。」


「僕も君とブロウの小競り合いにはよく巻き込まれてたけどね。」


「...キミ反省してないですよね?反省してたら私に向かってそんな事言えないと思うんですけど?大体ですね!今回の件はキミが__」


 どうやら、鎮火しかけていたスレナの炎に、イトアトスが再び油を注いでしまったらしい。スレナがイトアトスに向かって、ガミガミと嚙みついている。

 ブロウとイトアトスが喧嘩することがあれば、スレナとイトアトスが喧嘩することだってある。この三人はそうやってお互いの距離を縮めてきたのだ。雨が多ければ多い程、その分大地は硬くなるという事だろう。

 そんな()()()の光景を見て、ブロウは微笑む。


(あぁ、このまま、スレナとイトアトスと三人で、ずっと笑って過ごせたらいいのに...)


 ブロウはよく妄想してしまう。

 最終試験なんか忘れて、三人で静かな街で生活する。そんな叶わぬ夢想を、彼は一年ほど前からよくするようになった。


 ブロウが少し視線を下げ、深く息を吐くと、スレナがその視界に映りこんできた。いつの間にか、二人の口論は終わっていたらしい。

 スレナはブロウの視線を再び自分の方に向けさせると、咳ばらいをして少し大げさに口を開けた。


「まぁ終わった喧嘩の話はいいとして。...では、ここで二人にお伝えしておきましょうか。」


「お伝えするって、何を?」


 至極当然なブロウの反応に、彼女は、


「それは、昨日のサポーター組最後の授業で、私達が『何を聞かされたか』をですよ。」


 と言い放った。

 そして間髪入れず、彼女はその本題をさらりと言い捨ててしまった。



「結論から言うと、私は明日死ぬかもしれません。」



 あまりにもスレナが堂々と言うので、一瞬理解ができなかった。いや、当然の様に理解してしまったと言う方が適切かもしれない。

 ブロウが言葉を詰まらせていると、イトアトスが横から声をかけた。


「...明日、つまり最終試験の日に死ぬと言うことは、サポーター組も何らかの形で殺し合うということかな?」


 イトアトスはこういう時、冷たいほど冷静だ。まぁ、その冷静さが三人の会話を推し進めている潤滑油にもなっているのだが。

 一方スレナも、落ち着いた様相を崩さないまま、彼に応える。


「最終試験に関係していることは正解ですが、殺し合いではないですね。...私達サポーター組は、創造神討伐遠征に選定された一人以外、全員処分されるそうです。」


 なぜ彼女が淡々とそのような言葉を放てるのか、ブロウには理解できなかった。

 しかし、淡々と話しているつもりであろうスレナの横顔から、微かに悲し気な雰囲気を感じ取ったのも事実である。


 スレナはおもむろに、ブロウとイトアトスの二人に質問をする。


「まず前提として、最終試験でサポーター組の人間がどう選抜されるか、そして選抜されなかったサポーター組の人間がその後どうなるかは、習いましたよね?」


「『創造神討伐遠征に選ばれるサポーターは、最終試験を通過したメイン組が指名する。また、選抜されなかったサポーターは、アカデミー卒業後城下町で国の発展と福祉の為に従事する』。アカデミー生なら物心ついた頃から覚え込まされている常識だね」


 イトアトスは、アカデミー内での基本的な規則を口にした。もちろん、これは二人に比べて勉強のできる方ではないブロウでも、知ってて当たり前の常識に他ならない。

 スレナもその言葉を肯定するように首を縦に振った。


「そうですよね。私も一昨日まではそれが不変の常識だと思って生きていました。...しかし、それが真実と異なっていたらどうです?要は、その刷り込まれた常識が、()()()()()()()()()()()()だったら、どうします?」


 イトアトスは黙ったままスレナを見据え、ブロウも言葉を発せないまま、身を硬直させることしかできなかった。

 そんな二人の様子を見兼ねたスレナは、だらけたように姿勢を崩すと、ため息交じりに口を開けた。


「ま、何となく予想はしていましたがね。だって城下町を走っていても、これまで卒業していった知り合いになんか会ったこともないですし、そもそもメイン組を殺し合わせるようなこの施設で、サポーター組だけ全員生きて卒業、なんて虫が良すぎると思ってたんですよ。」


 彼女はつまらなそうにそう言い捨てた。

 やはりブロウには分からなかった。なぜ彼女がそんなにも他人事かのように、緊張感の一つも見せずに話せているのかが。

 ブロウはスレナに向き直り、冷や汗を額に滲ませながら、問いかける。


「どうして、...どうしてスレナは怖がらないんだ?さっき言っていたように、君は明日、死ぬかもしれないんだぞ...?」


 スレナは少し驚いたように目を丸くすると、「なんでそんなことを聞くのか?」とでも言いたげに、すぐに口を開く。


「どうしてって、信じてるからに決まってるじゃないですか。キミ達二人が、最終試験を通過するって。」


 ブロウの息が詰まる。

 スレナのその瞳と、言葉は、あまりにも真っすぐ彼の胸に突き刺さった。


 イトアトスはブロウの横で「ハッ」と笑い、視線を逸らす。

 ブロウは一瞬目を伏せると、大きく肩で深呼吸をし、今度は何かを覚悟したかのような眼でスレナに向き直った。


「そうか、...そうだな。俺かイトアトスが勝ち残って、遠征のサポーターとしてスレナを指名すればいいだけの話だしな!」


「フフッ、そーですよ。とくに、ブロウは一応私の恋人なんですから、もっとドシッ!と構えててもらわなきゃ困りますよ、全く!」


 スレナはそういうと、咲き誇った花のように、眩しく笑った。

 ブロウもつられて、幾つか笑みを溢してしまう。二人の笑顔が、この食堂にこだまする。


「やっぱり、噂は本当だったんだね。」


 そこに一つだけ、静かな声が響いた。それは無論、イトアトスの声であった。


 ”噂は本当だった”、その言葉に違和感を覚える。


(噂?一体なんの話だ?)


 ブロウがイトアトスの言葉の真意を汲み取れず、彼の顔を見上げようとする。

 しかし、その動きを制するように、イトアトスが先に口を開けた。


「君達二人は、恋仲になったんだね。」


 恋仲。


 そう、ブロウとスレナは互いの気持ちを打ち明け合い、今や恋人同士である。そんな事実が、ブロウの頭の中で反芻される。


 直後、ブロウは緊張の正体に気が付いた。


(し、しまった!イトアトスにはまだ、俺とスレナが付き合ったことを言っていない!元はと言えば、イトアトスもスレナのことが好きだったんだ...!イトアトスが居ない間に俺がスレナに擦り寄った、なんて思われたら、また良くない方向に...!)


 ブロウはスレナに視線を向ける。スレナも同じことを想像していたのか、顔を強張らせながらブロウを見返してきた。

 二人は慌てて身を乗り出し、机の反対側に居るイトアトスになんとか説明をしようとした。


「ち、違うんだイトアトス!俺は君が居ないからってスレナに近づいたとかじゃなくて」

「き、聞いてください!これは私からブロウに告白していて、それはキミの言葉があったからで」



「...本当に、おめでとう。」



 二人が体を乗り出した先に居たのは、怒りと悲しみに顔を歪ませているイトアトス。...ではなく、涙を流しながら笑顔を作っているイトアトスの姿であった。


 彼は満面の笑みで一筋の涙を零し、両手で小さな喝采を二人に送っていた。

 二人はその反応に思わず仰天し、緊張したままイトアトスに聞き返す。


「おめでとうって、...え、怒ってないのか?その、イトアトスも、スレナのことが好きだったんだろ?」


 スレナも横で、「ウンウン」とぎこちなく首を縦に振っている。

 イトアトスは満面の笑みを更に明るくすると、ブロウとスレナの眼を交互に見ながら、言葉を繋いでいく。


「もちろん、僕もスレナの事は好きだよ。だから告白だってしたしね。...けど、実を言うとその告白が失敗することは知ってたんだ。だって、スレナはブロウのことが好きだし、ブロウはスレナのことが好きだったから。だから、僕は後悔を残さないように、そして、あわよくば二人が本当の気持ちを打ち明ける契機にでもなればと思って、告白したのさ。だから怒ったりなんかしないよ。...それに__」


 イトアトスはゆっくり、けれど確実に一語一句を発音する。

 そして頬の涙を拭うと、また目を細めて笑った。


「__それに、僕にとって世界で一番大切な二人が、まとめて幸せになったんだ。涙くらい流したっていいだろう?」


 ブロウはイトアトスのその笑顔に、十数年分の記憶を重ねてしまっていた。

 数日前、イトアトスはブロウに向かって、宣戦布告とも取れるような言葉を投げつけてきた。彼は変わってしまったんだと思った。

 ...しかし、今目の前に咲き誇るこの笑顔は、昔からずっと変わらない、大親友の笑顔に他ならない。


 いや、この三人が、変わるわけがないのだ。


 9歳の頃、消灯時間を過ぎても三人でひそひそと夜更かしをしたあの時、

 13歳の頃、テスト内容を探ろうと三人で協力して教官室に忍び込んだあの時、

 16歳の頃、ランニングを途中で抜け出して皆で城下町に遊びに行ったあの時、


 他にも、色々馬鹿な事をした。けれど全部、馬鹿みたいに楽しかった。

 そんな楽しい思い出の中は、いつも三人だった。


 眼を赤くしたイトアトスは、ブロウとスレナにからかわれながら、笑っている。

 今日も三人の笑い声が、このアカデミーに響いている。


 これが最後の、『いつも』かもしれないけれど。




 最終試験まで残り__『1日』

最後まで読んで頂きありがとうございます。

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