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皇宮へ(ジークベルト視点)

馬車で皇宮に辿り着くと、ジークベルトは降り立った。

「公爵様、陛下の元までご案内いたします」

「ええ、よろしくお願いします」

人畜無害の表の顔で、ジークベルトは答えた。


すぐに皇帝の書斎に通された。

「よく来たな、公爵」

ずっしりとした声が室内を圧する。


皇帝、アレクセイ・フォン・ローリモス。

灰色の神経質な瞳に鷲鼻、豊かな黒髪や蓄えられた髭には白いものが目立つ。

威厳と威圧が服を着ているような男。


もちろんそんな皇帝を前にしながらも、ジークベルトの心は一切揺らぐことなく、凪いでいる。

ジークベルトが仕えるのは皇帝という存在に対してだ。

父のように、アレクセイに絶対的な忠誠心を抱いている訳ではない。

代が変われば、今の皇帝には何の未練もなく、何事もなかったかのように、新しい皇帝に従うだろう。


そう考えれば、帝国の猟犬と言いながら、忠誠心は犬のほうが高いんじゃないかとはうっすらと思う。


「皆、下がれ」

皇帝は臣下を全員、下がらせた。

人畜無害で可も無く不可もないと言われる善良な仮面を瞬間的に脱ぎ捨てる。


「で、伯爵家に関わる秘密は探れているか?」

「申し訳ございません。未だ」


皇帝は椅子に深く腰かけると、鼻から息を吐き出す。

「お前でもそう簡単にはいかぬか。引き続き、探れ。だがくれぐれも子は作るなよ。面倒事は避けたい」


「伯爵家は他に子がいたはず。連中はどうなんですか?」

「情報収拾をしているが、ろくな情報を持っていない。それに、伯爵家の家中で最も出来がいいのは、あの娘だ。他の奴らは頭が空っぽな無能揃い」

「なるほど」

「何か分かれば至急、知らせろ」

「かしこまりました。失礼いたします」


ジークベルトは頭を下げ、部屋を出る。

来た時と同じく、見送りの人間と共に皇宮を出ようとしたところで、


「ジークベルト!」


と弾むような声がかけられた。

「皇太子殿下」

ジークベルトは恭しく頭を下げた。


皇太子、レオポルド・フォン・ローリモス。

柔らかな黒髪に青い瞳。

威厳の塊のような父親とは似ても似つかぬ、柔らかな雰囲気をまとっている。

今は人好きする笑みを浮かべていた。


ジークベルトより二つ年下の十九才。

ジークベルトはレオポルドの側近として、彼とは幼い頃からの仲だ。


「二人で話したいけど、いいかな」

「喜んで」


レオポルドと共に、中庭に出て行く。

「結婚生活はどう?」

「なかなか興味深いですね」

ジークベルトは無表情に答えた。


レオポルドを当然ながら、公爵家の役割、そしてジークベルトの本性を知っている。

「へえ」

レオポルドは少し驚いた風に言った。


「何ですか?」

「まさかの答えだなと思って。大方、“別に”と答えるとばっかり思ってたから」


確かにいつもの自分なら、そう答えていただろう。

だが、イザベルはジークベルトが猟犬であることを知っていた。

この国において皇帝一家しか知らない公爵家の秘密を、だ。


調べてはいるが、何か大きな後ろ盾がある訳ではない。

「これはいい兆候かもしれないね」

「……伯爵家に関しては何も分かっていませんが」

「そうじゃなくて、君が幸せになる、だよ」


「幸せ?」

「こんなことを言っても、信じられないかもしれないけど、僕は僕なりに、君を心配してるんだよ。君は現世に全く執着がない。だから、いつの間にか、ふっといなくなってしまうような気がして、心配してたんだ」

「初耳ですね」

「うん。今、はじめて言ったから。ロンギヌスでさえ、父上への絶対的忠誠心という執着があった」


父、ロンギヌスは、ジークベルトの生物学上の父。

生物学上というのは、父親と思ったことがないからだ。


ジークベルトにとってロンギヌスは恐怖の対象でしかなかった。


『いいか、ジークベルト、お前は皇帝陛下の命令を忠実にこなすためにこの世に生まれた、猟犬だ! 個人の幸せなど捨てよ! ただ言われることを忠実に守り、そして死ね! 任務のために死ねることこそ、最上の幸せと心得るんだ!』


父親らしいことをしてもらった記憶はなく、ただ優秀な猟犬であることを心身に叩き込まれた。

叱責されることはあっても、褒められたことも、寄り添ってくれたこともない。


幼い頃に悪夢に飛び起きて縋っても、

「情けないことを言うな!」

と殴られ、弱音を吐いても同じだった。


まさに優秀な皇帝の猟犬、そしてジークベルトと違って、帝国への強い忠誠心の持ち主だった。

ただそれが務めだからと、こなすジークベルトとは違う。


ジークベルトは、ロンギヌスの最期を知らない。

気付くと、屋敷で見かけなくなり、不意に家令のサンチェスから任務の途中で死んだことを聞かされた。

何も感じなかった。悲しいとも寂しいとも。


『そうか。なら、俺が代わりに仕事をしないとな』


ただそれだけの返答が、父親への想いの全てだった。


そうしてロンギヌスの仕事を代わりにこなせば、皇帝は、

「さすがは余の猟犬!」

と喜んだ。


(レオポルドがそんな風に俺のことを思っていたなんてな)


顔色は変えなかったが、少し驚いた。

レオポルドは世間知らずの皇太子としか思っていなかった。

まさか、ジークベルトの心を正確に読んでいるとは考えもしなかった。


「別にそれを責めたりするつもりはないよ。君は務めをしっかり果たしてくれているから。ただ……心配しているんだ。何の執着心も持たない君は、自分の命さえあっさり投げ出すんじゃないかって。だから、たとえ仕事のための婚姻であっても、少しでも興味を持てる相手なら良かったと思ってね」

「消えません。父のように下手を踏んだりはしないので」

「そういう意味じゃないんだけどね。まあいいか。今日、帝国劇場の貴賓席を押さえておくよ」


眉を顰めた。

「オペラに興味はありませんが」

「イザベル嬢はそうじゃないかもしれないだろ。相手から秘密を探るにはまず親しくならないとね。頑張って」


レオポルドは席を立つと側近たちのもとへ戻っていった。


(オペラ、ね)

潜入任務でどうしても聞かなければならないことがあっても、自主的には聞きたいとも思わなかったが、仕方がない。


(これも仕事のうちか)

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 『ジークベルト・クロイツ。 父の死により、二十五歳の若さで公爵家の当主となった。』 『皇太子、レオポルド・フォン・ローリモス。 ーーー中略ーーー ジークベルトより二つ年下の十九才。』 はて。ジー…
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