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魔石事件

 二度寝してしまった。扉をノックする音に起こされると、もうお昼近い。


「は、はい……」

 扉が開けられ、メイドが入ってくる。


「奥様、体調のほうはいかがでしょうか」

「体調?」

「はい。公爵様から、奥様のご気分が優れないと伺いまして」

「もう大丈夫よ」

「でしたら良かったです。旦那様から、可能ならお昼をご一緒に、と言伝を承っておりますが、いかがいたしますか?」

「食べるわ」

「かしこまりました。では、身支度をお手伝いいたします」


 メイドたちが部屋に入ってくると、お風呂の支度が進められた。お風呂では髪や肌の手入れをしてもらい、お風呂から上がった後は新しいドレスへの着替え、そして化粧をしてもらう。


 準備を終えると、メイドに案内してもらう。

しかし初日に案内された食堂を通り過ぎた。


「食堂ではないの?」

「公爵様のご命令で、植物園で、とのことです」


 植物園は庭の一角にある、ガラス張りの温室にある。

 温室の中は暖かくて心地いい。

 温室には色とりどりの花々が咲き乱れ、蝶が飛び回る。


甘い香りと、鮮やかな色の花々に見とれた。


「イザベラ、こっちです」


 テーブルセットにはすでにジークベルトがいた。

 今朝のあの姿が素の姿だなんて、前世の知識があったとしても何かの間違いじゃないかと錯覚しそうになる。


「顔色が良さそうで安心しました」


 彼は羊の皮をかぶっている。

 ジークベルトの本性を知っているのは、幼い頃から仕えている家令のサンチェス(五十代のダンディなナイスミドル!)だけ。


「おはようございます、ジーク様」

「おはよう」


 イザベラは頭を下げて席に着くと、メイドたちが食事を並べる。

 香ばしい香りをたちのぼらせる焼きたてのパンに黄金色のオムレツ、サラダにシチュー……。


「朝食がまだでしたから、少し大目に揃えさせました。もちろん無理して食べなくても大丈夫ですから」

「お気遣いありがとうございます」


 正直、伯爵家では食べられるだけでもありがたいと思えとばかりの粗食生活だっただけに、どれもこれも美味しい、それも温かな料理の数々に、イザベラは生きてて良かった、と思ってしまう。


(こうして食事に感動できるのも、今朝を乗り越えたからよね!)


食事を終えると、メイドが紅茶を淹れてくれる。


「ありがとう」

「みんな、下がっていいよ」


 ジークベルトがメイドたちを下がらせると、二人きりになる。


「食事中の様子を見る限り、俺の本性を知っている人間も把握済み、か」


 数秒前までの善良な笑顔を消し、獰猛な猛獣めいた笑みを浮かべた。

 姿形も銀髪にウルフアイだ。


「い、いきなり羊の皮を脱ぎ捨てるのはおやめください、ジーク様」

「羊の皮、か。言い得て妙だな」


 イザベラとジークベルトはよく似ている。

 イザベラは幼い頃から従わざるを得ないように追い詰められていた。


 フリードに貧民街へ連れて行かれるたび、飢え、苦しむ人々の姿を見せられ、

「自分の意に染まぬ行為をすれば、そこで藻掻き苦しむ連中と同じになるんだぞ」と脅され、意のままに操られてきた。

 イザベラに従う以外の選択肢はなかった。


 イザベラは悪女の仮面をかぶり、ジークベルトも夜の顔を隠すために昼の仮面をかぶる。

 そして父親に命令されて男を誑かす悪女の役目を強いられたイザベラと同じく、ジークベルトもまた家業を押しつけられている。


 ゲーム中の彼は、暗殺家業をそれしかする術を知らないのだとヒロインに語っていた。

 皇帝から命じられるがままに命を奪う。

 後悔を抱くことも、思い悩むことも、憐れみを持つこともない。

 淡々と、よく躾けられた猟犬として務めを果たすだけ。


 だからこそ、心を凍り付かせたジークベルトが、ヒロインとの触れあいを通して一度は失った人間性を取り戻していくストーリーに胸が震え、推しになったのだった。


「お聞きしたいことがございます。私の公爵家での仕事ですが」

「別にすることは特にない。好きに過ごせ。他の夫人たちのように宝石やドレスを買い漁るのも、人を呼んで茶会を開くのも好きにしろ」

「私は遊びではなく、仕事についての話をしているのですが」

「家や領地のことはサンチェスに任せている。お前が何もしなくてもこの家は回る。やるべき仕事はない」


 ジークベルトは席を立った。

 イザベラも立ち上がり、その背中を見送る。


(好きにしろ、か。純粋なイザベラの人格のままだったら、喜んで羽を伸ばしてたところだけど)


 前世の人格が影響していることもあって、それも難しい。

なにせ自宅と仕事場の往復だった前世の自分は遊ぶということを忘れ過ぎているし、推し活以外の楽しみもなかった。


 学生時代からの付き合いの友人はいたが、社会人になってからは時間も合わず、

 数ヶ月に一、二度、会社の愚痴を言いあいながら飲むくらいのことしかしていない。


(こんなことだったらもっと他の遊びも覚えておくんだった……まあ、ゲームの世界に転生するなんて誰も思いもよらないんだから、今さらどうしようもないんだけど)


 温室を出たイザベラは敷地内を散策する。

 メイドたちは忙しそうに働いている姿を見ると、何もしていないことへの罪悪感がひどい。


「あら、おかしいわね」

「ちゃんと魔石は入れた?」

「入れたわ。ほら」

「……本当ね。魔力切れを起こしてる訳ではないし」


 そんなメイドたちの声が聞こえてくる。

 声のするほうへ足を伸ばすと、大きな箱形の魔道具を前に、メイドたちが難しい顔をしながら、ああでもないこうでもない、と話し合っていた。


「どうかしたの?」

「これは奥様!」

「何でもございませんっ」


 メイドたちはあわあわと慌て、頭を下げた。


「でも魔石がどうこうって聞こえたけど、問題があるんじゃない?」


 メイドたちは顔を見合わせる。

「……実は、こちらの魔道具が動かなくなってしまって」


 それはいわゆる、前世で言うところの洗濯機である。

 もちろんこんな高価な品物があるのは公爵家だからこそであり、この世界の住人のほとんどは手洗いで洗濯をしていた。


「ちゃんと魔石を挿入しているんですが」

「ここのところ、よくこういうことがあって。魔石を交換したんですけど、今回はそれも駄目で」


 イザベラはセットされている魔石を取り出す。

魔石は魔力を秘めた鉱物のことで、魔道具と呼ばれるいわゆるこの世界で言うところの機械を動かす燃料として用いられる。


 中にある魔力がなくなると、今は宝石のように輝く魔石も石ころのように変わってしまうのだ。

 だがこの魔石は美しい青色に輝く。


(そう言えば、ゲーム内で同じような事件があったっけ)


「奥様、新しい魔石を持って参りますので……」

「待って。ちょっと試したいことがあるから」


 イザベラは自分の魔力を、魔石へ込める。

瞬間、パン、小さな音を立てて、魔石がみるみる輝きを喪失し、石ころのように変わっていく。


「ど、どうしてっ」

 メイドたちは驚きの声を上げた。


「魔石が保管されている場所まで案内してくれる?」

「鍵がかかっておりますので、家令様を呼んで参ります」


 しばらくすると、メイドがサンチェスと共にやってきた。


(リアルサンチェスはかなりダンディだわ!)


 シルバーの髪は撫でつけられたオールバック。肌は若々しく、執事服ごしにも鍛えられた体が分かる。

それでいて、にこりと微笑んだ時に目尻の寄った皺が可愛らしい。


「奥様。魔石の保管庫をご覧になりたいという話ですが」


 イザベラは今あったことを話す。

サンチェスは信じられないという顔をするが、メイドたちの証言で真実だと理解したらしい。


「こちらでございます」


 連れられていったのは、屋敷の地下倉庫である。


 魔石はかなり貴重だ。

 純度の高いものになると、それ一つで一軒家が買えてしまうほど高価だ。

それだけに厳重に保管され、保管庫の鍵はサンチェスが管理している。


 倉庫の扉が開かれる。

 赤や緑、黄色など、美しい魔石が保管されていた。


 公爵家のような大貴族では、それなりの魔道具を使うから、どれもこれも品質は十段階中、八以上の高純度のものを購入している。


 イザベラはいくつかの魔石をランダムで取り出すと、先程と同じことをしてみた。

 すると、十個中、三つの魔石が石ころに変わった。


「これは、どういう……」


 サンチェスは驚きを隠せない様子だ。


「付与魔法で、使い終わったはずの魔石に美しいテクスチャを貼りつけて、新品であるかのように偽装してたの。私はそれを剥がしたのよ」


「付与魔法でそんなことも可能なのですか?」


「付与魔法は魔法の中でも影が薄いから、つい見落とされがちになるけど、使いようによってはこうした詐欺が出来てしまうのよ」


「すぐに公爵様にお伝えしに参ります」


 サンチェスは出ていった。

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