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はじめての誕生日

 数日後、朝食を終えたイザベラは、ジークベルトから誘われた。


「今日はいい天気だし、二人きりでいたい」


「分かりました」


 自然に肩に腕を回されて抱き寄せられる。


 力は強くないのに、逃がさないからと言われているように思えた。


 馬車で郊外に向かい、二人きりの時間を過ごした。


 ただ一緒にいるだけなのに、心臓が早鐘を打ってしまう。


 野原に座り、小鳥が飛んでいる様子や、雲が流れるのを眺める。


 草原を渡る風に目を細め、「また夏になったら湖へ行きませんか?」とイザベラは言った。


「いいな。今度はもっとちゃんと楽しめると思う」


「あの時だって、なんだかんだジーク様は楽しんでいてくれていたと思いますよ。ただ、初めてのことで戸惑われていただけで」


 こうして彼と一緒にいるだけで、ジークベルトへの愛情がどんどん大きくなっていく。


 もう溢れそう、いや、溢れるほど。


 なのに、ここがゲーム世界だということが、頭にずっと居座り続ける。


 前世の記憶がなければとうに死んでいるはずのイザベラ。こんなにもジークベルトを愛せるのも、生きているからこそ。それなのにその前世の記憶のせいで、想いを伝えられない。


(ジークベルトを、あんなイカれた女と一緒にさせるなんて嫌)


 どうしたらいいのか分からない。


 そして日が沈む頃、屋敷に戻った。


 昼は軽くカフェで食べた程度だったから、お腹がぺこぺこだ。


 イザベラがジークにエスコートされて食堂に入ったその時、そこには家令のサンチェスをはじめとした使用人たちが集まっていた。


「奥様、お誕生日おめでとうございます!」


「え……」


 予想外すぎる出来事に、イザベラはすぐに反応できなかった。


 笑顔の使用人を前に、イザベラは顔をくしゃっとさせる。


「奥様、いかがなさいましたか」


「う、ううん。ごめんなさい。私ったら……」


「気に触ったのか。誕生日は、祝うのは初めてなんだ。何か気に入らないことがあれば……」


 ジークベルトが心配するように語りかけてくれる。イザベラは首を横に振った。


「違います。すごく、嬉しくて」


 前世を除けば、イザベラとして誕生日を祝ってもらうのはこれが初めてだった。


 イザベラは望まれない子どもで、父にとっては政略の道具で。


 祝われるような存在ではなかった。


 子どもの頃は鏡に向かって、「イザベラ、お誕生日おめでとう」「ありがとう」と言う、ごっこ遊びのようなことをしていたくらいだ。


 イザベラは気分が落ち着くのを待った。もう、大丈夫。


「でもジーク様に誕生日を伝えましたっけ」


「妻のことだ。知っていて当然だろう」


 ジークベルトの真っ直ぐな眼差しに、イザベラは赤面してしまう。


 火照り過ぎてこのままスライムのようにドロドロに溶けてしまいそうだ。


「さ、席に着け」


 ジークベルトは柔らかく微笑み、椅子を引いてくれる。


「あ、ありがとう、ございます」


 それからジークベルトも席に着く。


 ワイングラスと、赤ワインが運ばれてくる。


「イザベラの生まれ年に作られたものだ」


 乾杯をする。


 それから食事がどんどん運ばれてきた。


 食事はどれもこれもいつも以上に美味しかった。


 食事を終えると、体が温かくなるような幸せな気持ちでお風呂に入り、一日の疲れを落とした。


 そして夜着に着替えて寝室に入ると、ジークベルトがベッドに腰かけていた。


 彼の手元には大きな革張りのケース。


「それは?」


「プレゼントだ」


「そんなものまで用意して下さっていたのですかっ」


「お前だって俺にくれただろう。開けてみてくれ」


「は、はい」


 なんだろう。


 ドキドキしながらケースを開けると、そこにはイヤリングやネックレス、指輪にブレスレットが収められていた。


 どれもこれも金の台座に美しく大きい宝石がはめ込まれている。


 その宝石は、イザベラの赤い髪にも似たガーネットと、緑の瞳を模したエメラルド。


「こんな素敵なもの……私のために……?」


「気に入ってくれると嬉しいが、どうだ?」


 涙が次から次へとこぼれる。


「! 気に入らなかったのか。もしそうだったら、新しいのを作り直すっ!」


 ジークベルトは慌てるように言った。


 イザベラは首を横に振った。


「違います。これは、嬉し泣きです」


 もう我慢できない。涙はとめどもなく頬を濡らす。


「……嬉しくても泣くもの、なのか」


「そうです」


 ジークベルトは目尻を緩めた。


「嬉しいのなら、良かった」


 いつの間に、彼はこんなにも表情が豊かになったのだろう。


 最初、出会った時から比べると考えられない。まるで別人のよう。


 イザベラはジークベルトに抱きつけば、ジークベルトは優しく抱きしめてくれる。


 イザベラの泣き笑いの表情を、ジークベルトは優しく見守ってくれた。


「――それで?」


 唐突な言葉に、イザベラは「え?」と声を漏らしてしまう。


「ずっと何かで悩んでいるだろう。昼間も、楽しそうにしながらも、ずっとどこかで何かを考えていただろう」


 イザベラは驚きに目を瞠る。まさかそんなところまで気付かれていたなんて思いもよらなかった。


「……どうして」


「俺は夫だ。気付かないはずがない。話してくれ」


 そう言われておいそれと話せるようなことでもない。


 ジークベルトからしたら荒唐無稽に過ぎるだろう。


 この世界が全て作り物だったなんて。


「きっと信じてはもらえないと思います。それくらい、現実感のないことなんです……」


「現実感がないかどうか、お前の言葉を信じるかどうかを決めるのは俺だ。話してくれなきゃ、判断のしようもないだろう。話してくれ。さもなきゃずっとこうして抱いて離さない。寝かしてもやらない」


 ジークベルトが目顔で、話を促す。


 かすかな逡巡を挟み、イザベラは意を決して口を開く。


「これから話すことは、この世界の未来の出来事です――」


 イザベラは、世界がやがて闇に飲み込まれるという危機に直面すること。


 そしてそれを救うのが、マーガレット・ハニーベリーであること。


 彼女が聖力という神聖な力の持ち主であり、彼女が救世主となり、今からおおよそ半年後に仲間たちと旅に出ること。


 その仲間の一人が、ジークベルトであることを伝えた。


 ジークベルトは一度も口を差し挟むことなく、耳を傾け続けた。


 話し終え、ジークベルトの様子を窺う。


 彼はじっと何かを考えている様子だった。


「だからあの女とやたらと、二人きりにさせようとしたのか」


「……そうです」


「で、俺があの女と一緒に旅立つことでパーティーメンバーが揃い、闇を払うことになる、と」


「そうです。マーガレットには聖なる力があります。あれがなければ闇を払えません。でも、彼女は……私を殺そうとしたんです」


 ジークベルトの目に殺気が宿る。


「それは確かか」


 マーガレットは、ジークベルトに執着している。


 関係がうまく運ばない諸悪の根源をイザベラだと断定し、その排除を意図したに違いない。


 ゲーム上のマーガレットはそんなことを考える子ではないが、今の彼女の中身は欲望にまみれた、同担拒否の悪魔だ。


 人の生命などどうでもいい。


 それこそ自分以外の存在は、自分を引き立てるために存在していると思っていてもおかしくはない。


「殺すのは容易い」


「そんな、殺すなんて!」


「そうなった時に世界が救えない、か」


「……そうです」


 我ながら嫌な考えをしてしまっているとは思う。


 殺されそうになったのだから復讐をするべきと想いながら、その代償は世界の破滅。


 ゲームの流れを知っているイザベラが決断するにはあまりに重たい。


「だからどうしたらいいのか、と頭を悩ませているところです」


「脅して、世界を救わせるか? それから殺す」


「力を使うのが彼女である以上、無理矢理させるのも限界があるかと……」


「厄介な女だ」


 ジークベルトは激しく舌打ちをした。


 と、イザベラはとあることを閃く。


「ジークベルト様、協力して頂いてよろしいですか?」


「俺にできることなら」


 イザベラは自分の考えを離す。


 ジークベルトは特にそれについて深く考える訳もなく、「分かった」と頷く。


「え、いいんですか!? もっと色々と考えたほうが」


「お前を信頼している。だから、お前に従う。考えるのは、俺より、イザベラが得意な領分だろ。公爵領の問題を解決した時もそうだった。俺は荒事専門だ。何も考えず、目の前の標的を殺せば済むから分かりやすい」


 ここまで信頼してもらえて、イザベラは恐縮してしまう。


 と、ジークベルトにじっと見つめられる。


 すると、彼は優しい微笑をこぼすと、イザベラの顔を優しく撫でる。


「もう影はないな」


「自分では分かりませんが……はい、多分」


「なら、聞かせ欲しい。俺をどう想っているか」


 ジークベルトはイザベラの手を優しく握ると、頬ずりした。

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