囚われたイザベラ
祭りが終わった数日後、ジークベルトは皇宮への用事で留守だ。
イザベラは馬車で隣町の店舗兼工房の工事の進捗状況を見に行くことにした。
雪はすでにやんでいて、雲間から太陽が顔を出している。
現場責任者と話すと、順調とのこと。
安堵して現場を後にしたイザベラは街を散策してみようと馬車を待たせると、一人で商店街を見て回る。
たくさんの飲食店が立ち並んでいた。
(食事の宅配事業なんかやってみたらどうかしら。飲み物だけじゃなくて、食べ物も保温できるものを作って。いつでも熱々をご提供。さっきの工事現場の人たちだけじゃなくて、寒空の下で働いてる人たちはきっと温かい食べ物や飲み物が欲しいだろうし)
業種によっては、服が汚れてしまい店を利用できない場合もあるだろう。
(うまくいきそうだわ)
思いついたアイディアを手帳にメモしていく。
イザベラはほくほくした顔で、店を眺めて回った。
そろそろ馬車に戻ろうとしたその時。
すぐ後ろで馬車の車輪が石畳を擦る音を聞き、振り返る。
窓にカーテンを下ろした馬車がゆっくりイザベラの隣に並び、扉が開く。
その刹那、馬車の中から腕が伸びてきた。
腕を掴まれ、もう一本の腕が口を塞ぐ。
「っ!?」
通行人たちは店に意識を向けている人がほとんどで、イザベラが馬車に引きずり込まれる瞬間を見た人間はいなかった。
※
「ん……んん……っ」
イザベラが目を開けた時、自分がどこにいるのか分からずパニックになった。
そこは牢屋だ。
(何なのよ、ここは!)
格子戸を掴み、揺すってみるが、びくともしない。
その時、固い足音が反響する音を聞く。
父であるフリードが姿を現した。
イザベラははっとして格子戸から離れた。
フリードはにこやかな笑顔を浮かべる。
「久しぶりだな」
「……お父様、これはどういうことですか。どうして私は閉じ込められているのですか」
「ここのところ忙しいのか。随分、手紙の返信が遅れがち、だが」
フリードは、イザベラの質問には答えず、にやつきながら告げた。
「それは……さ、探るのに時間がかかっているんです。私たちは政略結婚ですし、まだ完全に信頼を勝ち得ているとは――」
「嘘をつくなっ」
子どもの頃から最も怖れる、フリードの怒声。幼い頃はこの声と共に、いつでもイザベラは時に拳で、時に鞭で折檻を受けた。
「冬至の祭りに、あの公爵と夫人が肩を並べて仲睦まじそうだとすっかり噂になっているぞ」
「私たちは夫婦なんですから、それくらいのことは……」
「お前が裏切ったのは分かっている! 公爵家で色々と商売をしているようじゃないか! なのに私には一言もそんなことは報告してないだろうが!」
(ど、どうしてそのことを……)
そのことを知っているのは限られた人間しかいない。
「忠誠心も忘れ、本来の役目を忘れた役立たずのアバズレが! 金を稼いで、私の元から去ろうと考えていたのか!? ええっ!?」
ひどい罵りに、イザベラもさすがに我慢の限界だった。
「私は最初からあなたに忠誠なんて誓った覚えはありませんっ!」
「やはりか……。あの男が助けにくると思ってそんなに強気なのか? だが残念だったな。ここを見つけることは無理な話だ!」
フリードは牢の鍵を開けると、中に入ってきた。
「こ、こないでっ!」
イザベラは後退るが、すぐに壁にぶつかってしまう。
思いっきり殴られる。その拍子に口の中が切れ、鉄錆の味が口の中に広がる。
「この恩知らず! これまで育ててきてやったのに! 誰のお陰で、真っ当な暮らしを送ってこられたと思っている!? 私がいなかったら、お前なんぞ、野垂れ死にするか、今ごろ、道端で体を売っているところだぞ!」
右の脇腹を蹴られた。
こんなに直接的な暴力を受けるのは、躾をすると言われた子どもの頃以来だ。
瞬きをすると、じわっと涙が滲み、頬を伝う。
「……うう」
「ずいぶん反抗的な目をするようになったな。だがまあいい。お前はじっくり嬲り殺しにしてやる」
「わ、私が死ねば、公爵家の情報は分からないままですよ……」
「ああ、それならもう平気だ。実はな、とある人間からお前を殺してくれれば、多くの利益をもたらすと取り引きをしたんだ」
「あなたみたいな人が、そんなことを信用するんですか……」
「情報に従ったところ、古代王国の遺跡を発見できた。それだけじゃない。そこに収められていた多くの財宝がそっくりそのまま手に入ったんだ。お前を殺せば、もっとたくさんの秘宝の在処を教えてくれるんだそうだ。ハハハハハ! 信じられるか? お前のような孤児同然の女を始末するだけで、世界一の金持ちになれるんだぞ!」
「……財宝……もしかしてユートリア山の財宝、ですか?」
「なぜ知っている」
「やっぱり……」
ユートリア山は王国の北西部にある、峻険な山だ。
そこはゲーム内でサブクエストが発生する場所。
クリアすることで序盤からたくさんの金を稼ぐことができる、いわゆる金策場所として重宝されている。
そんなことを知っているのは――。
「マーガレットに頼まれたんですね」
「なんだ知り合いか」
フリードはにたりと笑う。
ぐっと固く拳を握りしめる。
「あの女からは存分に苦しめた上で殺せと言われているからな。すぐには殺さんから、安心しろ」
フリードは牢の外に出てしっかり鍵を閉めると、歩き去った。
(ジークベルト……)
イザベラは痛みのあまり、意識を失ってしまう。
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