デート
週末の朝、イザベラは窓を見た。息で窓が白く曇る。
(ホワイトクリスマス!)
前日に降っていた雨は翌朝には、雪に変わっていた。
しんしんと静かに降る、白い雪。
空は薄暗いのに、雪はまるでそれ自体が輝くように暗がりの中に浮かび上がる。
「ジーク様、雪ですよ、雪!」
昼になると、雪はますます積もっていた。
冬至の祭りのために外に出たイザベラは声を弾ませ、はしゃいでしまう。
「まるで湖ではしゃいでいた時と同じだな」
「雪ってなんだか、ウキウキしませんかっ」
「しないが、そう感じるように努力する」
「何ですか、それっ」
不思議な答えに、イザベラは噴き出してしまう。
「お前と同じ感覚を共有したい」
「うーん……。でもジーク様にはジーク様の感性がありますから、私と同じように感じなくても」
「そういうものか? 俺がお前と違うから、俺を愛せないのではないのか?」
不意打ちな一言に、ドキッとしてしまう。
(いや、いつでも愛せるけど、世界平和を天秤にかける訳には……)
推しから寄り添われているのに、寄り添い返せないのは辛い。
でも世界を不幸にする訳にも――。
「それは違います」
「ではどうしたら俺を愛せる?」
「人の感情というものに最適解というものは存在しませんよ。ジーク様だって、今はともかく、結婚した当初は私を何とも思わないどころか、殺そうとした訳ですから」
「確かに」
「ひとまず折角のお祭りですから、余計なことは考えず、全力で楽しみましょう!」
イザベラは動揺しつつ、先を歩く。すぐに隣にジークが寄り添い、手を握ってくる。
イザベラの心臓はゴングのごとく、激しく高鳴った。
「何だ?」
「……いえ」
身を切るように寒いからこそ、その温もりにあっさり落ちてしまいそうになるが、理性を総動員してじっとこらえる。
(マーガレットに一目惚れしてくれればこんな、修行みたいなことをしなくて済むのに!)
道端に出てきた子どもたちが雪だるまをつくったり、雪を投げ合ったりしていた。
子どもは世界を問わず元気で、雪が大好きらしい。
人々は何かに惹き付けられるように中央広場へ向かっていた。
そこには大きなモミの木が置かれ、それが魔法によって七色の光をまといながら輝いている。
モミの木は一年を通し、鮮やかな緑を繁らせることから、この世界では不滅の象徴と尊ばれていた。
広場には祭り客を相手にする大道芸人や、様々な飲食を扱う出店が開かれ、かなりの賑わい。
「それにしても雪が降っているのに、あの炎は消えないんだな」
「あのトーチには、防水性、防風性を与えてあるんです。ですから、たとえ土砂降りでも消えることはありません」
「詳しいんだな」
「私の最新作なんです。ああいう照明であれば平時だけでなく、緊急時にも重宝しますからね」
「魔道具では駄目なのですか?」
「魔道具は魔石が必要ですよね。魔石はその時の流通状況によって価格が乱高下しますし、緊急時はもっと別の魔道具への補給が優先されてしまいます。あれはトーチと火を付ける道具さえあればいいですし、安価で、取り扱いも難しくないですから」
「なるほど」
「ここでトーチ談義もいいかもしれませんが、折角ですからお祭りを楽しみましょう!」
「祭りを、楽しむ? 祭りならもう楽しんでるだろう」
「ただ祭りに来ただけで楽しいんですか? ジーク様には初めてのお祭りを全力で楽しんで、いい思い出にしてもらいたいんです。だってはじめてのお祭りなんですからね!」
言いながらも、楽しみたいのはイザベラも同じだ。
イザベラもまた祭りを楽しむ生活とは縁遠かった。
確かに過去、フリードに命じられて籠絡するべき標的とは祭りにも出かけたが、その時に考えていたのはどうやって相手から情報をフリードから指定された期日までに入手するか、その一点。
祭りを楽しむ余裕なんてない。
でも前世の記憶のお陰で、祭りというのはどう楽しむべきか知識として分かっているのがありがたい。
イザベラたちは祭り会場を見て回る。
「まずは射的をしましょう。このスリングショットでコルクを撃ちだして、棚に並べられている物品を狙い、落とせば手に入れられます。見ていて下さいねっ」
イザベラは見本を見せるが、五発のうち一発しか当たらなかった。
おまけにその一発もかすったと言ったほうがいいひどいざまだった。
「単純なゲームだな」
ジークベルトは次々と標的を落としていく。
(さすがは最強の暗殺者!)
「あの大物もやっちゃってください!」
見ているイザベラも昂奮してしまう。
筒状の物体には『一等』と書かれてある。一等はアクセサリー。
金銀細工を使い、大粒のエメラルドが輝いている。
とてもお祭りの景品で手に入るような代物ではない。
(どうせ一等は絶対取れないようになってるんでしょうけど)
ジークベルトは狙いを見定め、たった一発で一等を落とす。
「なっ?! 馬鹿な!?」
目を剥いた店主が悲鳴にも似た声を上げた。
転がった一等書かれた物体からは重石がごろんとこぼれる。
さすがの小細工も、ジークベルトには通用しなかったのだ。
(これはさすがにご愁傷様、ね)
「では、そのアクセサリーを」
ジークベルトから要求され、店主は茫然自失の無表情で、渡す。
「さあ」
首にかけてもらう。
「こ、こんなすごいもの、本当にいいのかな」
「当然です。さあ、行きましょう」
次に向かったのは、ホットチョコレートの屋台。
「冬至の祭りと言えば、これを忘れては駄目なんですよ。さ、どうぞ」
イザベラは二人分のホットチョコレートを購入すると、一つをジークベルトに渡す。
二人してベンチに肩を寄せ合うようにして座って飲む。
「どうです」
「甘いが、悪くない」
「良かったですっ」
「楽しそうで良かった」
「そりゃあもう! ……って、ジーク様に楽しんで欲しいんですけど」
「俺は、お前が楽しそうにしてる姿を見てるだけで十分、楽しい」
ジークベルトは目を細め、柔らかく微笑んだ。
「っ!」
動悸を覚えたイザベラは気を紛らわせようと周囲を見回す。と、人混みの中にマーガレットの姿を見つけた。
「マーガレッ――んん!?」
その時、背後から伸びてきた手で口を塞がれる。目だけでジークベルトを見る。彼は耳元に口元を寄せてきた。
「今日はあの女はなし、だ。俺に祭りの楽しさを教えてくれるんだろ。だったら、余計な外野は邪魔だ」
かすかな甘さを含みながらも、そこを譲る気はないと言わんばかりだった。
「わ、分かりました」
「ならいい。次は何を教えてくれる?」
「次は……」
と歩き出した時、通行人とぶつかった拍子にヒールの踵が折れ、バランスを崩してしまう。ジークベルトがしっかり支えてくれる。
「平気か」
「あ、ありがとうございます。でも靴が」
「仕方ない。屋敷へ戻るぞ」
「ですけど、まだ……」
「お前のほうが大切だ」
ジークベルトは不意に、イザベラを抱き上げた。
「ひゃっ」
思わず、イザベラはジークベルトの首にすがりついてしまう。
「その靴じゃ歩けないだろ」
「あ、歩けます」
「こうしたほうが速い。――申し訳ない、皆さん、道を通してください!」
公爵の威厳というものか、その声で、周囲の人たちは道を空けてくれる。
(す、すごい……)
それと同時にかなりの注目を集めてしまう。
そして屋敷の部屋に戻る。と、外でバーン、と音がした。
「何だ?」
「花火です。この花火を見たかったんです」
「だったら、ここで見ればいい」
イザベラはジークベルトに手を引かれ、二人で肩を寄せ合うようにしてバルコニーに出た。
冬の透き通った夜空を、七色のきらめきが包み込んでいる。
部屋着のせいか、ぶるっと震えてしまう。
ジークベルトが背中に寄り添い、後ろから抱きしめてくれる。
長身のジークベルトの腕の中に、小柄なイザベラはすっぽりと包み込まれる。
「どうだ?」
「……あ、温かい、です……」
花火どころではなくなってしまう展開に、イザベラは赤面して俯く。
そんなイザベラを、ジークベルトは優しく見つめるのだった。
※
(あの、裏切り者ぉぉぉぉぉぉ!)
周囲の平民どもが、侯爵夫妻の仲の睦まじさを賞賛し、微笑ましい、うちもあやかりたいと口々に噂しているのが気にくわない。
苛立ちを爆発させたマーガレットは一人、ホットチョコレートの入った器を地面に叩きつけた。
あの悪女の顔をこんな風にめちゃくちゃに出来たら、どれだけ胸が空くだろう。
(このゲームはね、私のものなの! 私を幸せにする世界じゃなきゃならないのよっ! 私以外は全部モブ! 攻略キャラは私を引き立てるためだけに存在するのよ!)
ギリギリと歯噛みする。
しかしすぐに笑顔に変わる。周りに人がいれば目を背けたくなるほどのぞっとするような歪な笑顔。
(そうよ、邪魔者は排除すればいいんじゃない! 簡単なことよ! だってあの女はもっと早くにくたばっているべきモブなんだから! あいつさえ消えれば、ジークベルトだって目が覚めるはずだわ!)
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