嫉妬(ジークベルト視点)
ジークベルトはイザベラを尾行する。
追跡そのものは暗殺を実行する時もあるとはいえ、不思議とイザベラのことを見ていなくてもだいたいどこにいるかを察知することができた。
これはもしかしたら、自分とイザベラを繋ぐ魔道具、魂の枷の力のせいだろう。
彼女の最近の金の使い方がおかしかった。
これまでは商人から原材料を仕入れるのが最も大きな使い方だ。
しかし突然、公爵家の出入りの商人との取引を明らかに絞り、別の業者との取り引きを拡大していっているのだ。
そして人を使って都から少し離れた場所の土地を調べたり、建設業者とやりとりをしていたりする。
それはこれまでに一度としてなかったことだ。
その中で最もジークベルトの神経に障るのが、一人の青年とやたらと接触していることだった。
元孤児出身の商人、ニコラウス・ブーリン。
商売の腕や目利きのできる鑑定眼の持ち主であり、少しずつだが貴夫人たちに取り入って、商売を拡大させている男だ。
二人の間にこれまで一切の接点はなかったはずだが、まるで親しげに会話を重ねている。
それを遠目から見ているだけで、爪が食い込むほど拳を握りしめてしまっている自分に気付かされた。
イザベラは何かをしようとしている。しかしそれは父親とは無関係に。
ジークベルトがこれまでのイザベラのことを調べて気付いたのは、彼女ははっきりと父親のことを嫌っているということだ。
最初は周囲の目を欺くためとも思ったが、彼女はいつでも公爵家の機密を知ろうと思えばできる立場でありながら、一切そうする気配がなかった。
彼女がしたことと言えば、自分の発明品を販売したお金で公爵家を富ませたこと。
イザベラを見るたび、その寝顔を見るたび、体が燃えるような疼きが襲い、胸の高鳴りは和らぐどころかますますひどくなっていた。
その感情がどうしたら消えるのか分からない。
消したいかどうかも分からなかった。
イザベラと出会った時は、自分の心にこんな感情が芽生えるなんて夢にも思わなかった。
そしてその日も、イザベラは柑橘の香りをまとわせながら屋敷に戻ってきた。
今となってはそれがニコラウスがつけている香水なのだと分かる。
その香りを嗅ぐだけで、頭がおかしくなりそうだ。
イザベラが、ニコラウスとにこやかに笑みを交わす場面が繰り返し頭の中で再生される。
勝手に尾行しているというのに、ひどい疎外感を覚えてしまう。
どうかしている。
(……きっと、これが嫉妬ってやつなんだろう)
社交界で恋だ、なんだのと、周りの貴族たちが下世話な話をしているのを聞き流し続けた。
たかが女にどうしてそうも執着できるのか。
どれほどきらびやかに飾り立てていても、特別なものなんて何もない。
男も女も同じ肉の塊に過ぎないというのに。
善良な笑みを浮かべながら、暇さえあれば恋愛にばかりうつつを抜かす貴族たちを、心の底で蔑んだ。
なのに、今はあの馬鹿にしていた貴族連中と同じ心境にある。
(イザベラはあの男が好きなのか)
駄目だ。渡すものか。イザベラは俺の妻だ。
これまで感じたことのないどす黒い感情が、胸中で渦巻く。
食事を終え、二人で寝室に入ると、イザベラが声をかけてきた。
「ジーク様、大丈夫ですか?」
イザベラはいつものあの気遣わしげな表情で、ジークベルトを見つめてくる。
イザベラの瞳が、唇が、ジークベルトの腹の底を滾らせた。
「……何がだ」
「今日はあまり食欲がなかったようですし、顔色も優れなくて。医者を呼んだほうがよろしいのではないですか?」
「……俺が心配なのか」
「当然ではありませんか。私は妻ですから」
ニコラウスを前にした時のように――いや、それ以上に見つめ、笑いかけて欲しい。
「俺を心配するのなら、どうしてこそこそと他の男に会う?」
「えっ」
まさかジークベルトが知っているなどと露ほども知らなかったであろうイザベラが、目を大きく瞠る。
「あの男……ニコラウスが好きなのか」
ジークベルトはたまらず、イザベラを抱き寄せた。
「ジ、ジーク様!?」
イザベラが上擦った声をこぼした。
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