寝顔(ジークベルト視点)
ふわ、と甘い香りが鼻をくすぐり、右肩にかすかな重みを覚えた。
見ると、イザベラが右肩に頭を傾けている。
「おい」
声をかけたが、イザベラから聞こえるのは規則正しい寝息。
これまでなら煩わしいと、肩を揺すってでも無理矢理起こしていただろう。
だが、できなかった。
むしろ邪険に扱うことそのものが頭に思い浮かばなかった。
鼓動がかすかに速くなる。
ジークベルトは自分の体の変化が理解できない。
彼女から伝わる、少し高めの温もり。
さらさらとした美しい髪が肌をくすぐる感触。
何もかもが、ジークベルトにとっては新鮮だった。
決して揺らぐことのない心が、揺らぐ。
しかし、それが何を意味するのかは分からない。
ある人はそれを恋と言うかもしれないし、ある人はそれをときめきというのかもしれない。
はたまた運命と……。
どれもジークベルトは体験したことのない、未知のもの。
これまで、不快か、何も感じないか。
その二つしか、ジークベルトは知らなかった。
心地良いという感覚を知っていても、理解したことはなかった。
先程の水浴びのことを思い出す。
水浴びは正直、イザベラが言うほど心地良いとは思わなかった。
ただ、水の冷たさにはしゃぎ、虹が見えたと破顔するイザベラの表情、そして今、ジークベルトの肩にもたれる彼女の穏やかな寝顔――
それをずっと見ていたいという気持ちが、ジークベルトの心を占めていた。
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