5.冒険の下準備
「冒険者なら、短剣の1つくらいは持っておいた方がいい」というシイの提案で、ギルドを出た僕たち4人は、街の北西部にある職人街に来ていた。金属をたたく音や、釘を打ち込む音、木材を切断する音がそこかしこから聞こえてくる。
おすすめの店があるというタクミの案内で、狭く曲がりくねった裏通りを歩いていく。しばらく進むと、突然タクミが立ち止まった。
「ここ?」
「ああそうさ。ちょいと目立たない店だけど、腕は確かだぜ」
そう言って指し示した先には、剣と金床をあしらったレリーフの小さな店があった。狭い店内には鉄の全身鎧や盾などが飾られており、カウンターでは背の低く髭の濃い男が椅子に腰かけて眠っていた。
「おーいドル爺。来客だぞ、来客」
タクミがそう声をかけると、ドル爺と呼ばれた男は薄眼を開けてタクミを一瞥すると、フンと鼻を鳴らした。
「なんじゃお主か。剣のメンテナンスにしては随分と早いな」
「俺はただの付き添いさ。今日はコイツ等の武器を作ってもらいたくてな」
「付き添いじゃと?」
「ああ。と言っても新人だから、適当な短刀でも見繕って…って、どうしたドル爺。妙に押し黙っちゃってさ?」
ドル爺は険しい顔で僕を睨んだが、僕と目が合うと目を見開いて固まった。その様子を見たタクミが怪訝な顔でドル爺に問いかけるが、ドル爺は心ここにあらずといった様子でおもむろに近寄ってきた。
「お主…時空の旅人じゃな?」
僕が頷くと、ドル爺は感慨深げに息を吐いた。そしてすぐに元の仏頂面に戻ると、カウンター横の戸棚を開けた。
「お主、名前は?」
「レイです」
「武器を持った経験は?」
「いえ…ないです」
「予算は?」
「ええっと…」
ドル爺はペンと紙を取り出し、メモを書きながら矢継ぎ早に質問する。予算を聞かれて、(そういえば僕、一文無しだったなぁ…)と思いながらちらりとリーシェの方を見ると、僕の意図を察したリーシェが口を開いた。
「テス神父から、銀貨を5枚ほど渡されています」
「5枚か…」
ペンを走り終えたドル爺はしばらくの間腕を組んで唸っていたが、やがて膝を叩いて立ち上がった。
「よし分かった、それで手を打とう。初めて武器を使うのなら、取り回しが良くて色々な使い道があるナイフで良いな。隣の嬢ちゃんの分も合わせて2本、作ってやろう」
「はい、それでお願いします」
「凄いなお前さん。ドル爺は堅物で、特注武器は気に入った奴にしか作らないんだぜ? しかも銀貨5枚でナイフ2本なんて、タダ同然の値段じゃないか。良いのかドル爺?」
「うむ。こ奴なら儂の武器を粗末には扱わんじゃろう。それに、久しぶりに時空の旅人に会えたしのう」
「えぇ?! 時空の旅人……コイツが!?」
「なんじゃ、お主は気付いておらんかったのか。嬢ちゃん達はとっくに気付いておったようじゃぞ?」
「な?! シイお前…!」
タクミは驚愕の表情でシイに責めよったが、シイは素知らぬ顔をした。
「全く……お主もまだまだじゃな」
そう言って高笑するドル爺の言葉に、タクミは苦い顔をした。
完成は1週間後になるとのことなので、前金である銀貨1枚を渡して僕たちは店を出た。今度はシイの案内で街の南東部にある商店街に来ると、広場の周囲には沢山の商会が並んでいた。シイはその中の1つに入ると、僕たちを招き入れた。
店の中には衣服や外套、鞄などが置かれていたが、そのどれもが少しくたびれているようだった。
「この商会は古いデザインの物や、買い替えて使われなくなった道具を安く売っている。品質も悪くないから、私はよくここで道具を買っている」
「わたしもよくここで服とかを買ったりしているんだよ。冒険者用の道具もあったんだ…」
「ん。冒険者用の道具は、2階」
そう言ってシイは階段を上っていく。2階にはテントや外套などが所狭しと置かれていた。
「う~む、こんなにあると、どれを選べばいいのやら…」
「最低限必要なのは、テントと外套、それと水筒。テントは小さめでいいから、軽くて畳んだ時にかさばらないもの。外套は防水性で、動きやすいものがいい。水筒は持ち運びやすければ何でも。高くても良いならたくさん入る魔道具式がおススメ」
「夜は交代で見張りをしないと危険だから、テントは案外小さめでもいいぞ。中にはテントを建てずに外套に包まって寝ている奴もいるがな。ま、おススメはしないが」
「なるほど…じゃあこのテントで良いかな」
「レイさんレイさん。この水筒、魔道具式なのに銅貨5枚だよ?!」
「お、そいつは掘り出し物じゃねぇか。ただ壊れてないかがちょっと心配だな…」
といった感じでやいのやいのと話し合いながら、旅に必要な道具を集めていった。最終的に買ったものは、僕とリーシェの外套とバッグにテント1つ。それと魔道具式の水筒に、ロープと灯りの魔道具。代金は全部合わせて銀貨3枚ほどになったが、良い買い物だった。