4.シイとタクミの冒険者指導
その後、冒険者登録は何事もなく終わり(僕はこの世界の文字が書けないので、リーシェに代筆を頼んだが)、僕たちはFランク冒険者になることができた。先ほど助けてくれた少女にお礼を言おうとギルド内を見渡すと、彼女はバーのカウンター席で紅茶を飲んでいた。
「先ほどは助けていただき、ありがとうございました」
少女に駆け寄ってお礼を言うと、彼女はティーカップをカウンターに置いて小さくうなずいた。
「あの三人組…ガルマ、ゼイ、ドルグはこのギルド1の問題児。DランクだけどCランク級以上の実力はあるから、絡まれたら周りの冒険者に助けを求めるといい」
そう言って、少女は残りの紅茶を一息に飲み干すと、背の高いスツールから飛び降りるように立ち上がった。そして、おもむろに右手を差し出してきた。
「私はシイ。ランクはCのⅠクラス。よろしく」
「僕はレイです。こちらこそよろしくお願いします」
「リーシェです」
「ん……そうだ、この後時間ある?」
互いに握手を交わすと、シイは突然そう尋ねてきた。リーシェが「えっと、はい。空いてますけど…」と答えていると、背後から若い男が近づいてきた。
「む、遅い」
「悪い、思ったより店が混んでてさ…って、シイ。彼らは?」
「新入りのレイとリーシェ。次の狩りに同行することになった」
「ええっ…急に決めないでくれよ……」
男は困ったような表情を浮かべると、事の成り行きに困惑している僕たちの方を振り向いた。
「あ~…っと……俺はBランク冒険者のタクミ。君たちは?」
「り、リーシェです」
「レイです。…あの、いつの間に僕らが狩りに同行する話になったんでしょうか…?」
僕がそう尋ねると、タクミは「はぁ~、やっぱりか」と大きなため息を吐いた。
「悪いな2人とも。コイツは昔っから無口な上に口下手でな。2人も大方『そうだ、この後時間ある?』とか言われて呼び止められたんだろ?」
「あ…はい、まさにその通りです」
「やっぱりな……シイはきっと、君たちに冒険者としてのノウハウを教えてやりたいんだろう。まぁ悪い奴じゃねえからさ、もし良かったら、しばらくコイツに付き合ってくれないか?」
「僕は別に構いませんよ。むしろこっちからお願いしたいくらいで…」
「本当?!」
タクミのお願いを二つ返事で引き受けるや否や、シイは僕に飛びかかってきた。
「なら早速行こう! 北の森でいいよね? 武器は持ってる? 魔法は?」
「えっと、行先は任せます。武器は使ったことが無くて…魔法も……」
「分かった、全部教える。先に武器屋に行く。短刀は持っておいた方がいい。魔法も…」
「おいおい、まずはパーティ登録と、クエストの受注が先だろ?」
早口でそう捲し立てるシイに引きずられるように、ギルドの外へ向かう僕らをタクミが制した。苦笑いを浮かべるシイに溜息を吐くと、そっと右手を差し出した。
「改めてレイ、リーシェ。これからよろしくな」
「「はい、よろしくお願いします」」
固い握手を交わしたのち、タクミはギルドにパーティ登録を行うために案内カウンターへと向かった。僕たちはシイに案内され、ギルド奥にある、たくさんの紙や板が貼られている壁の前に来ていた。
「これがクエストボード。ここに依頼が貼られているから、これをクエストカウンターに持っていく。ただし、受けられるのは自分たちのランクの1つ上まで」
そう言うと、シイは数枚の依頼用紙と板を手に取り、隣のクエストカウンターに向かって歩いて行く。
「その、紙に書いている依頼と板に書いている依頼って、何か違いがあるんですか?」
「紙の依頼は指定依頼。達成できないとペナルティがつく。板の依頼は常設依頼。達成できなくてもいい依頼だから、指定依頼のついでに受けるといい」
そこでシイはおもむろに立ち止まり、「あと、」と言いながら振り返った。
「確かに私たちの方がランクは上。だけど、私たちはパーティ。仲間。だから、敬語はいらない」
「え? わ、分かりました…」
「む、駄目」
シイはむすっとした表情で近寄ると、僕の口元に人差し指を押し当ててきた。
「もっと気さくに話しかけて。わかった?」
「は…う、うん。分かった」
「ん」
僕がドキドキしながらそう言うと、シイは上機嫌でカウンターへと駆けていった。
「お前さん、随分とアイツに気に入られてるみたいだな?」
「うわ?! た、タクミ…さん?」
背後からの声に驚いて振り返ると、いつの間にか背後には、珍しいものを見る目でシイを見ているタクミの姿があった。彼はニコッと笑うと、「タクミでいいよ」と言った。
「アイツは他人と関わるのが苦手だったはずなんだがなぁ。一体何があったやら…」
そう言いながら、タクミは僕とリーシェを交互に見ると、神妙な顔をした。
「お前さん…もしかしたら近い将来女泣かせになるかもしれねぇな」
「え、僕が?! ある訳ないですってそんなこと。僕みたいに何の才能も無い男になんて、誰も振り向いたりなんかしませんよ」
「どうだかねぇ…ま、そう言うことにしておくか」
そう言うと、タクミは再び目線をシイに向けた。クールな外見の彼女が、幼い子供のように鼻歌を歌って歩いていく姿に、僕の胸は少しだけ高鳴った気がした。