10.報告と考察
翌日。街に戻った僕たちは報告のために冒険者ギルドを訪れると、受付ではもうすっかり顔なじみになった受付嬢さんとアスタロットが話し込んでいた。困ったような表情を浮かべている受付嬢さんは、僕たちに気づくと少々驚いた様子で呼びかけてきた。
「あら、おかえりなさい。随分早かったんですね」
「クスリの森までピンチビードルの討伐に行っていたのだろう? その帰りにしては随分と荷物が少ないようだが、素材はどうした?」
「想定外の事態が起こったので、報告に戻った」
「…その様子だと事態は随分と深刻なようですね。少々お待ちください、談話室を借りてきますので」
「すみません、話を途中で遮る形になってしまって…」
そう言うと受付嬢さんは手元の書類を手早く片付けるとカウンターの奥へと姿を消した。アスタロットに話の邪魔をしたことを謝罪すると、彼女はふっと笑うと手をひらひらと振った。
「なぁに、どうせ今すぐ解決できるような話じゃなかったし、構わないさ。それよりも、クスリの森の件の方が心配だ。中々腕利きの冒険者が居ないもので、対応が後手後手になってしまったからな……貴重な薬草が失われていなければ良いのだが…」
「…残念やけど、以前と比べてあの森の植生はガラッと変わっとったからなぁ。貴重な薬草類も全滅しとるやろうなぁ」
「そ…それは本当か? だとしたら非常に痛い損害だが…」
「その件もまずは報告を聞いてからですね」
そう言いつつ、鍵束を片手に戻ってきた受付嬢さんに連れられ、僕たちはギルド奥の小さな談話室へと通された。ソファを勧められた僕たちが腰掛けると、彼女は紙とペンを用意して対面に座った。アスタロットはどこからか椅子を持ち出して壁際に席を用意している。
「それでは早速、何があったか聞かせてもらえますか?」
受付嬢さんに促され、シイはクスリの森で起こったことを順に報告していく。受付嬢さんは淡々と紙にメモを走らせるが、パラサイトビードルと化したヌシの話題が出た途端に彼女は眼を見開いてペンを止めた。
「ヌ、ヌシがパラサイト化…ですか?!」
「…私はヌシがどれほどの大きさかは知らないし、パラサイトビードルとも出会ったことは無かった。けど、異常に大きなパラサイトビードルが森を荒らしていたことは確か」
「…そうですか。ただでさえ強力な個体であるヌシがパラサイト化しているのであれば、危険度はAランクに匹敵する可能性がありますね…」
「状況証拠的にも、パラサイト化したピンチビードルはヌシだろう。しかし、あのラウドベアーをも挟み殺してしまうとは、恐ろしいものだな…」
シイの報告に受付嬢さんは青い顔をし、壁際で静かに様子を窺っていたアスタロットは頭を押さえて小さくため息を吐いた。そんなアスタロットの言葉に、リーシェは首を傾げた。
「状況証拠、ですか…?」
「ああ、恐らく街でカーバンクルが大量発生しているのも、森の植生の変化もヌシのパラサイト化が原因だろう」
「クスリの森は魔素の濃度が高く、魔素が豊富な場所を好む薬草が非常に多く生える場所だったんです。そしてその魔素の供給源こそが、ヌシと呼ばれるピンチビードルだとされていました」
「非常に強力な魔物や、魔法の才を持つ者の周りには魔素が集まりやすいという性質があるらしくてな。クスリの森も小規模ながら豊富な魔力を持つ森、通称魔法林に変質していたんだ」
「しかし、ヌシのパラサイト化により魔法林の魔素供給が断たれ、森の魔素濃度が低下。結果的に植生の変化という現象を引き起こしたのではないでしょうか」
「成程、街で大量発生しとるカーバンクルは魔素のある場所を求めてクスリの森からやって来たっちゅうことか」
「街中は意外と魔素濃度が高いし、食料も豊富。天敵も少ない上に隠れられる場所も多いから、カーバンクルにとっては非常に済みやすい環境、という事?」
「ああ、恐らくな。しかし…全く、どうして厄介事って奴は次から次へとやってくるんだろうな」
そう言ってアスタロットは再び大きなため息を吐いた。