9.森のヌシであった者 後編
傷が完全に癒えたピンチビードル…もといパラサイトビードルは、顎を開閉させながらジリジリとラウドベアーににじり寄っていく。その異様な生命力に警戒心を抱いたのか、ライドベアーは子熊を背にして距離を取りつつ隙を窺っているようだ。その様子を観察しつつ、僕はシイの言葉を聞き返す。
「パラサイトビードル…?」
「ん。小さいころに聞いた話だけど、ピンチビードルやソードビートルに寄生して育つ貴重なキノコがあるらしい。そのキノコに寄生されたピンチビードル達は徐々に衰弱して死ぬけれど、極稀に寄生に適応する個体が居るらしい」
リーシェの質問に、シイはパラサイトビードルの動きを注視しながら小さく頷いた。後退を続けている内に逃げ道を塞がれたラウドベアーは、思わず背後を振り返る。その隙をついてラサイトビードルは一気に距離を詰め、顎でラウドベアーを挟み潰そうとするも、ラウドベアーも両腕で顎を押し返す。その光景を前にして、シイは声を震わせながら言葉を続ける。
「異常な再生力と凶暴性を持ち、並の冒険者じゃ太刀打ちできない。それがあの大きさ……今の私達には、太刀打ちできない」
抵抗を続けるラウドベアーを、パラサイトビードルは後ろにひっくり返るようにして豪快に投げ飛ばす。ズシンという重い衝撃音と振動が森に響き渡り、投げ飛ばされたラウドベアーはその衝撃に悶えている。そこにむくりと起き上がったピンチビードルは素早く這い寄ると、顎でラウドベアーを掴み上げる。そのまま二度、三度と地面に叩きつけるうちに、ラウドベアーの胴体は真っ二つに捩じ切られてしまった。断末魔の叫びと血飛沫が撒き散らされる中、パラサイトビードルの光のない瞳と目が合った…ような気がした。
「…ぁ、あぁ……っ」
同時に、僕の中で膨れ上がる恐怖心。ふと周りをみると、リーシェがか細い悲鳴を上げながら地面に崩れ落ちていた。いつも無表情なシイや快活なルナも怯えたような表情を浮かべていた
「…これ以上の調査は、危険。撤退する」
「そうだ、ね……リーシェ、立てる?」
「ぁ……ぁ…」
「い、威圧をまともに食らってもうたんか…」
シイが撤退の合図を出すが、リーシェは僕の腕を掴んで立つのがやっとという様子だ。
「リーシェは、その、大丈夫なの…?」
「魔力によって恐怖心を高められただけ。心を落ち着かせれば、大丈夫」
「心を落ち着かせる…やってみるか」
僕は怯えるリーシェをそっと抱き寄せ、冷えた身体を温めるイメージで魔力を注ぎこむ。
「ほら、大丈夫大丈夫…」
「ぁ…ふぅ……レイ、さ…ん……」
「怖かったね。でも、これだけの距離があれば僕たちの事には気づかないよ。ほら、ゆっくり深呼吸して」
「んっ……すぅ~…ふぅ……」
しばらく背中を優しくたたきながら魔力を注ぎ続けていると、リーシェの震えは徐々に収まり顔色も良くなってきた。そのことを確認して僕はリーシェを抱擁から解放したが、彼女は僕の腕を掴んで離さない。
「…もう大丈夫そうだね。それじゃ、一緒に帰ろうか」
「うん。ありがとう、レイさん」
リーシェはまだぎこちない微笑みを浮かべてそう呟いた。そんな彼女の手を引きながら、僕たちは森を後にするのだった。